第4話 レンヌ村
レンヌ村は、フィンの生まれ育ったコルト村の北東に位置する小さな農村であった。
大陸の中央を支配するように広がるエルガー大森林との境域に二十世帯ほどが集まり、豊かな森がもたらす四季折々の恵みとともに穏やかな暮らしを送っていた。
いままでコルト村から出たことのないフィンにとっては、初めての外界である。
旅慣れた様子でスタスタと歩くフアナの後ろを小さな歩幅で追いながら興味深そうに周囲を見回していた。農場で仕事に勤しむレンヌの村人も見慣れぬ来訪者の姿に作業の手を止めて見入っている。
慣れない注目にフィンは居心地悪そうにしながらフアナに小声で話しかけた。
「ねえ、フアナ……めっちゃ見られてるんだけど?」
「農村の人々は、ほとんど村の外に出ませんから。ましてや女性と子どもの二人だけで出歩いているなんて違和感しかないのでしょう」
「……隣村だよ?」
「隣村でも、です。たとえば、あそこの森ですが、家畜を育ててくれる餌場である一方、危険な獣やモンスター、盗賊などの犯罪者が身を潜める場でもあります」
フアナは、レンヌのすぐそばまで迫っている鬱蒼としたエルガー大森林を指さした。
「そんな危険を冒してまで、村の外に出るメリットは、普通の人々にはありません」
「え? でも、フアナはよく……」
「私は粉挽きです。もともと水車小屋が村外れにあるので、散歩みたいなものです。それに——」
そこでようやく足を止め、フィンを振り返ると、にっと笑う。
「私は、意外に腕に覚えがあるんですよ?」
フアナは肘を曲げて力強さをアピールしようとするが、シャツの上からでもわかる華奢な細腕に筋肉の気配は感じられなかった。自信満々なフアナの表情とポージングの滑稽さに、たまらずフィンは吹き出してしまう。
しかし、力仕事であるはずの粉挽きの仕事を軽々とこなす姿を毎日見てるだけに、その言葉を疑うつもりはまったくなかった。
「な、なんで笑うんですか?」
心外そうなフアナの訴えに「いや、笑ってないよ?」と笑いながら答えつつ足を進めると、やがて道は村の中央にある小さな教会へとたどり着いた。扉に掲げられていたシンボルを見るとフアナは「フェリシア教の教会ですね」と呟くように言う。
「フェリシア教?」
「はい。献身と友愛の神フェリスを信奉する宗派です。主に都市部で信仰されることが多いので、農村にあるのは珍しいですね」
フアナは興味深げに答える。
教会に隣接する広場には数人の村人が集まっていた。中には司祭らしき服装の人物もいて、村人たちとにこやかに歓談している。しかし、フィンとフアナが広場に近づくと、例に漏れず、全員が不審な二人組に怪訝そうな視線を向けてきた。
その視線の圧力に息を呑むフィン。だが、フアナはそんな様子など一切気に留めるそぶりもなく、爽やかな笑顔で「こんにちは」と村人たちに声をかけた。
その勢いに飲まれた村人たちは、びくりと身体を震わせる。
村人たちの真ん中にいた司祭と思しき初老の男性が、わずかに声色に緊張を含みつつも、笑顔で「こんにちは」と挨拶を返してきた。友愛を司る神への信仰心が、奇妙な来訪者への恐怖に勝ったらしい。
「見慣れぬ旅の方。ようこそ。歓迎いたします」
司祭は、にこやかな笑顔を向けた。
「ありがとうございます。コルト村から来た粉挽きのフアナと息子のフィネスです」
フアナもにこやかに微笑みながら答える。
それを聞き、司祭はホッとしたように表情を緩めた。身近な隣村の住人だということに安心したらしい。「そうでしたか」と明るい声で相槌を打ちながら、身にまとった法衣の袖に手を突っ込み、ボリボリと腕を引っ掻いた。
「レンヌには、どういったご用件で?」
「人探しです」
フアナは優しい笑みを浮かべたまま、フィンの隣に歩み寄ると、その頭にそっと掌を添える。
「この子の友達が、こちらにいるはずです」
「友達……ですか?」
司祭は眉間に皺を寄せ「……誰かなぁ……」とぶつぶつと呟く。
「コルトまで行くような子どもは思い当たらないのですが……どんな子だった?」
司祭は近づくと、腰をかがめてフィンの顔を覗き込みながら子どもの特徴について尋ねてくる。
どうやら司祭は、レンヌ村の子どもがコルト村の境界あたりまで出かけていき、そこでフィンと出会ったものと思っているらしい。しかし、転生だの前世だの説明するわけにもいかないので、その勘違いは好都合だった。
当然、説明する言葉を持たないフィン。その窮地をフアナが救った。
「そこにいます」
フアナは、探し求める魂の痕跡の位置をはっきりと察知しているのだろう、透き通る声で宣言しつつ、広場に集まる村人たちの輪の中を指差した。
「え? ……いや、でもそこに子どもはいない……」
唐突なフアナの宣言に動揺する司祭。「ちょっと確認しましょう」と言い、二人を引き連れて広場の村人たちの元へと急ぎ歩み寄る。
見知らぬ来訪者を従えて近づいてくる司祭の様子に村人たちは表情を曇らせた。そんな大人たちの緊張が伝わったのか、恰幅の良い中年女性に抱きかかえられた赤子が、火がついたようにわんわんと泣き叫び始めた。
「見てください」
司祭は、村人たちが不安に満ちた表情で見守る中、フアナに告げる。
「ここにいるのは、今日生まれたこの子だけです」
赤子は張り裂けんばかりの強烈な泣き声を繰り返す。フアナはその顔をじっと見つめた。
「……名前は?」
「ミア、と名付けました」
赤子を抱いていた中年女性が、恐る恐るといった様子で伝えてくる。どうやら赤子の祖母にあたるらしい。
「……ミア」
ゆっくりと赤子の名を繰り返しながら、フアナは泣き叫ぶミアの頬をそっと指先で触れた。
「おかえり、ミア」
小さく微笑むと、振り返ってフィンに告げた。
「この子が、ご友人です」




