第3話 ひとりきりの転生者
「宏基様の異能は、まだ未成熟ですから、これからどんどん成長しますよ」
フアナは、月明かりの淡い光の中で微笑みながらフィンに告げる。
おもむろに立ち上がると、火の消えた炉に新たな薪を投入し、慣れた手つきで燃えさしの炭から新たな火を起こした。再生した赤い炎に照らされ、端正なフアナの顔が鮮やかに闇の中に浮かび上がる。
「魔法も異能も、原理的にはそれほど異なるものではありません」
フアナは子どもを安心させるような声色でつぶやく。
「いずれも肉体という器に収まりきらない過剰な魂の生み出すものです。そのエネルギーを魔術と呼ばれる術式に利用するのか、それとも、すでにある能力を拡張させるのか、の違いでしかありません」
フアナは、特に表情も変えず、淡々と説明を続ける。
「特に宏基様のような転生者は、前世からそのまま魂を持ち込むので、どうしても魂が余剰になるんです。俗にいうチートというやつです」
「……チート、ね」
フィンは思わず失笑する。小走りにも劣る異能が、チート、とはね。
「じゃあさ、やっぱ転生者って特別扱いされたりするの?」
「それはないですね」
フアナは優しい口調で断言した。
「こちらの世界には輪廻転生のような死生観はありません。死んだ人間の魂は地下にある冥界へと旅立ち、そこで永遠の時間を過ごすと考えられています。それゆえ転生という考え方そのものが、こちらの人間たちには理解されないのです」
要するに、事実はさておき、魂とはリサイクルされるものではなく、永久不滅なものと考えられているらしい。
「そりゃそうか。リサイクルされたら、死後の世界には誰もいなくなっちゃうもんね」
フィンは、閑古鳥が鳴く閑散とした地獄のイメージを思い浮かべ、小さく笑った。
その言葉に笑顔で頷きながらフアナは「もう一つ補足しますと……」と続ける。
「転生者は、宏基様だけです。つまり、他に前例がないので、特別扱いができないのです」
「——え? 僕だけ?」
フィンは一瞬言葉を失った。
「……死生観はさておき、本当のところは、転生神が魂をリサイクルさせてるんだよね?」
「そうですね。しかし、通常は魂をバラバラに解体してから再利用しています。宏基様のように前世の魂そのままで再生されることは、異例中の異例です」
フアナは慈愛に満ちた笑顔のまま、表情も変えずに言った。
その言葉にフィンの背筋が凍りつく。
「……ってことは、僕以外が転生する可能性は……?」
フィンの小声の問いに、フアナは残念そうに首を横に振った。
「ありえません」
「……そっか……」
フィンは途切れ途切れに言葉を漏らす。
なんとなく覚悟はしていたが、やはり断言されるとショックは大きい。
「友人には、もう会えないのか……」
落胆を隠しきれない様子で呟く。
フアナは立ち上がると衣擦れを伴ってフィンの元へ歩を進め、無言でフィンの頭部をそっと腕で包み込んだ。母親代わりであるフアナの慣れ親しんだ匂いと体温は、フィンの心を柔らかく解きほぐしていく。 生みの親が亡くなったのは、フィンが産まれてすぐのことだったと聞いている。流行り病で両親をともに失い、幼くして孤児となったフィンを引き取ったのが、新たな水車番としてコルト村にやってきたばかりのフアナだった。
その一方で、前世の記憶が蘇ったフィンにとっては、妙齢の異性であるフアナの透き通る美貌は若干の緊張をもたらすものでもあった。
「……あ、ありがとう」
身を固くしながら、うわずった声で礼を告げる。
フアナはそれに応えるようにフィンの髪をぽんぽんと慈しむように叩いた。そして身体を離すと、吐息も肌に感じられる至近距離でにこやかに微笑む。
「そういえばご友人ですが、転生ではないものの、魂のかけらは残って再生しているようです」
なにげないフアナの一言。
フィンは、一瞬、時間が止まったように感じた。
「——え?」
フィンにとっては青天の霹靂だった。
「……再生? みんなが?」
脳裏に宏基として命を失った最後の夜の記憶が蘇る。
無差別殺傷事件に巻き込まれ、抗うことすらできずに、人生を奪われた。肉体を切り裂いた刃が生み出した灼けるような激痛が視界を真っ赤に染める。宏基は薄れゆく意識の中で友人たちの断末魔の苦鳴を聞いた。
宏基はサークルで剣術を学んでいた。
ようやく初心者から脱したと、手応えを感じているときの出来事であった。
その剣術は、まったく役に立たず、自分自身はおろか、仲間ですら守ることができなかった。
この世界で記憶を取り戻してから、その後悔がずっと付きまとっていた。だからこそ、この世界の剣術をきちんと学び直そうと誓った。もう二度と仲間を失いたくはなかった。
だが、失ったと思っていたものは、失われていなかった。
不意にぼろぼろと感情を伴わない涙がこぼれ落ちる。
「……あれ? なんで?」
フィンは戸惑いながら、慌てて涙を拭う。それでも涙腺は壊れたように頬を濡らし続けた。
ようやくフィンは自身の気持ちに気がついた。
そうか、僕はつらかったんだ。
フアナは、ふたたびフィンを無言で抱き寄せた。
今度は緊張することなく、フィンはその身をフアナに委ねた。
「……ありがとう」
その言葉にフアナは微笑で応えつつ、フィンの頭を優しく撫でた。フィンが落ち着くまで、フアナは黙って抱擁を続けた。やがて自分を取り戻したフィンは身体を起こすと、改めてフアナに問いかける。
「さっきの、魂のかけらが再生しているって話だけど…記憶とかも残るのかな?」
「……難しいですね。ただ、ありえない話ではありません」
フアナはどう表現したものかと少し困惑した表情を浮かべながら、その問いに答える。
「通常であれば、魂は最小単位までバラバラに解体されます。しかし、どうやら宏基様のご友人は魂の結合がほどけきれず、前世の魂をある程度そのまま受け継ぐ形で再生しています。もしも、その魂が記憶を司るものならば、前世の記憶を保っている……かもしれません」
フアナいわく、魂が解体しきらずに再生されることもたまにあるらしい。
しかし、その場合も記憶は断片的なものであり、多くの場合は突拍子もない夢だと思われ、そのまま忘れ去られてしまうらしい。
確かに、この水車小屋での生活をしていて、巨大なコンクリートのビルに囲まれた光景を思い出したとしても、現実だと認める前に妄想だと笑い捨てる可能性が高い。フィンは説明に納得した。
「フアナ……僕は会ってみたい……」
「そうですね……」
フアナは眉間に皺を寄せ、一瞬迷いの表情を見せる。
「……可能ですが、誰がどこにいるかまでは私にもわかりません……それでもよろしいですか?」
フィンは言葉もなく、深く頷いた。
「……わかりました」
フアナは、ため息を漏らすように、静かに言った。
フアナによると、魂がいつ再生され、どこに生まれ落ちるかは、決まっていないらしい。
解体された魂たちは、いつ再生されるのかもわからず、ただひたすらに新たな命が誕生するのを待ち続けているという。たとえば百年前に亡くなった魂よりも、昨日亡くなった魂の方が早く再生することもあるようだ。
「ただし、ご友人を構成していた魂には、前世で宏基様に触れた痕跡が残っています。再生後も、その魂が一定量以上残っていれば、私はその痕跡を感知することができます」
フアナはいつものように穏やかな表情で語った。
「あまりに遠いと感知できないんですが……」
フアナは、にこりと微笑んだ。
「……奇遇ですね、すぐ隣のレンヌ村に一人いるようです」
その言葉にフィンは息を呑み、わずかな間、呼吸の仕方を忘れてしまった。




