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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第三章 襲撃

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第34話 決着

 ふらっとした足取りで、一歩また一歩とルーファスへと近づいていく。

 かたやフィンに胸を切り裂かれたルーファスは、いったんは後ろに倒れ込んだもののそれほど深い傷ではなかったのか、ふたたび立ち上がり、血潮でべっとりと汚れた胸元を片手で押さえながら抜き身の長剣をぶら下げ、フィンへと向かい合った。

 

「……お前、強いな」

「そっちもだ。さすがだ……」

 

 フィンは微笑を返す。どことなく嬉しそうなその様子に、離れた位置から見ていたフアナは眉をひそめた。

 だが、そうしているあいだにも周囲を囲む野盗どもが襲いかかってくる。ふたたびため息をつくと、フアナは斬りかかってくる悪意に満ちた盗賊の剣をふんわりと弾き、撫でるような動作で身体ごと盗賊をひっくり返すと地面へと叩きつけた。

 あきらかに場にそぐわないフィンの雰囲気には違和感を抱きつつも、もう少し様子を見守ることにした。

 

「……なにがおかしい?」

 

 急に上機嫌になったフィンの様子に薄気味悪さを感じたのか、ルーファスがいぶかしげに尋ねてくる。フィンは微笑みながら「別に」と答えた。

 依然として異能解除の反動による吐き気と頭痛に苛まれ、身体は鉛でも詰め込んだかのように重かったが、気分だけは高揚していた。


 この直感が正しいのか、確かめなくては……。

 

 自身の焦りを感じながら、フィンはその方法を模索しようとする。

 ルーファスは当然それを待つことなく、斬りかかってくる。切り裂かれた胸の傷からはいまも出血が止まらず、身につけた衣服を血で濡らしている。焼けるような痛みを推しての攻撃。フィンは両剣を重ね合わせて受け止めたが、想像以上の膂力に身体ごと持っていかれそうになる。

 踏ん張った途端に鼻血が噴き出した。

 

「——くっ!」

 

 瞬間的に異能を発動させ、距離を取る。すぐさま解除するが、積み上げられた負荷のダメージは大きく、視界が白濁しはじめた。思考のまとまらないぼんやりとした頭脳で必死に考えるフィンの目に、盗賊の首領が落とした魔剣だったものが飛び込んできた。

 フィンはひらめきのままに双剣を鞘に収めると、盗賊団の首領が愛した長剣を拾い上げた。

 フアナと交戦中の野盗たちが一斉に「あっ」と声を漏らす。

 ルーファスですらその表情が動揺に歪んだ。

 イゴール盗賊団のシンボルともいうべき魔剣は、所有者亡き今でも部下たちの心を捉えて放さなかった。それは首領イゴールへの慕情というよりも、魔剣そのものの力を奪う能力、そして「選王の剣」という異名への憧れだったのかもしれない。

 魔剣が奪われると思った盗賊たちは焦った様子でフィンの元へと駆け寄ろうとする。だが、その進路にフアナが立ち塞がる。

 フィンは、ルーファスと一対一で対峙しながら、流れるような動作で霞に構えた。

 転生以来、エリックに教わった異世界剣術の稽古に明け暮れ、なおかつ戦闘方法に双剣術を選択してからは、たった一本の長剣を構えるという機会もほぼ失われていた。それゆえ古流剣術の構えの一つである「霞」に構えるのは、かなり久しぶりのことであった。

 どのように構えるべきかは、転生してもその身体が覚えていた。

 交差させた両腕で構える剣の感触に、思わず笑みがこぼれてしまう。

 前世で飽くほど握っていた日本刀を模した居合刀と、いま手にしている両手持ちの長剣とでは、あまりにも重心の位置が違っていた。その違和感を楽しみつつ、フィンはゆっくりと息を吐きながら、体幹から余計な力みを抜いていく。

 

 ——来い。

 

 フィンは挑発的な目つきをルーファスに向けた。

 ルーファスもなにかを感じ取ったのか、ニヤリと唇をねじ曲げると、フィンと同じく霞に構えた。いや、こちらの世界では雄牛の構えというべきだろうか。しかし、ルーファスのそれは完全に見よう見まねのようで、たとえば剣先で正中線を押さえるなどの守るべき要点が守られていなかった。フィンから見れば隙だらけだ。

 それでも驚異的な反射神経と腕力で、”過限駆動(オーバークロック)”された攻撃すら防いでしまうのが、このルーファスという男なのだ。

 フィンはため息をついた。

 ルーファスは一瞬のフィンの気の緩みを見逃さず、「ふんっ!」という裂帛の気合とともに横薙ぎに豪剣を振ってくる。

 フィンは霞に構えたまま一歩下がり、迫りくる刃をかわした。

 ブンッという空気を切り裂く乾いた音を立てる長剣の遠心力をその剛腕でねじ伏せながら、ルーファスはふたたび真上から真っ二つに断ち切るような斬撃を打ち込んでくる。

 フィンは小さく息を吸って、”過限駆動(オーバークロック)”を発動させると、ふたたび斬撃をかわし、すかさず踏み込むと上から剣身で押さえつけるような動作で斬りつけた。

 新陰流でいう「山陰」の動きだ。

 古武術サークルで剣術の基本を学ぶために、稽古のたびに、それこそ準備運動と同じくらい、繰り返してきた型のひとつである。本来ならば相手の両腕を切り落とすような動きになるはずだが、剣の重さと加速による影響で、さらに深く斬り込まれる一撃となった。無駄のないなめらかな斬撃が弧を描き、ルーファスの頬から胸へと大きく切り裂いた。

 

「……あっ」

 

 思わぬ会心の一撃に、驚愕に目を丸めながらフィンが声を漏らす。

 ルーファスは胸の傷から真っ赤な血しぶきを撒き散らしながら大きくのけぞると、苦しげに詰まったような息を吐き出した。そして、その手から剣を落とし、ゆっくりと地面へと倒れていく。

 長剣が地面で跳ねる金属音とともにルーファスの鍛え抜かれた肉体が、どうっと地面を揺らす。頬からあふれる血潮がべっとりとその野生味ある精悍な顔を赤く濡らしていった。

 

「ぐ……ぅう……」

 

 半ば意識を失い、朦朧としながら絞り出すような呻き声を漏らしつづけるルーファス。

 フアナと交戦中だった盗賊たちも、小隊長が討たれたことで動揺し、口々にその名を叫ぶ。

 フィンは思わず握っていた剣を放り出し「大丈夫か⁈」と叫びながら駆け寄っていった。

 

「フアナ!」

 

 あらんかぎりの大声を張り上げ、育ての親にして忠実なる庇護者の名を呼んだ。呼ばれた本人は、険しい顔つきで威嚇しながら野盗たちを前にたった一人立ち向かっていたが、すぐに諦めたような表情で「はい」と答えると、フィンの元へと駆け寄っていく。

 いきなり放置された盗賊たちは、周囲の村人たちを襲うことも忘れ、拍子抜けしたような表情で互いに顔を見合わせた。

 倒れるルーファスに覆いかぶさるように座り込むフィンの隣にしゃがむとフアナは声をかけた。

 

「どうしました?」

「フアナ……治せないかな?」

 

 自らが切り裂いた傷口からの絶え間ない出血に戸惑いながら、ルーファスが身に纏っていたぼろ切れのような衣服の一部を押し当て、必死に圧迫止血しようとするフィン。

 その姿を見つめる瞳に憐憫の色を浮かべるとフアナは小声で告げた。

 

「治癒の能力は持ち合わせていませんが、魂糸の状態を操作することで失われゆく魂の離散を抑えられるかもしれません。……やってみます」

 

 そう言うと、フィンの手にそっと触れ、ゆっくりとその手をどけた。ファンと交代するようにルーファスの前に座り込むと、頭に巻きつけていた頭巾を外す。美しい繊細な金髪がはらりとこぼれ落ち、夕陽になりつつある日差しを浴びてキラキラと輝いた。

 

「彼の衣服だと、ちょっと汚すぎますので……」

 

 フアナは困ったような笑顔のなかに少し照れたような笑みを浮かべると、ルーファスの傷口から血と泥で濡れそぼった衣服を取り除き、その代わりに頭に巻いていた純白の亜麻布を広げる。そしていかにも清潔そうな真っ白な布の上にふわりと両掌を置いた。

 唐突にその視線から焦点が失われる。

 フアナは、ルーファスの傷のさらにその奥を見つめるように瞳を凝らし、なにかしらの手法で魂糸の性質を変化させようとしているらしい。だが、すぐに「……え?」と声を漏らすと、驚いたように目を見開いた。

 戸惑いながらフィンの顔を見つめてくる。

 

「……宏基様……」

 

 フィンはその視線に黙って頷き返した。

 

「ああ……なんてことでしょう」

 

 フアナは信じられないといった様子でかぶりを振ると、自らの膝の前で小刻みに痙攣するルーファスへと向き直り、その顔を若干の畏怖を滲ませつつ、まじまじと見つめた。

 

「なんとしても助けます」

「——頼む」

 

 懇願するようなフィンの真摯な言葉に、フアナは深く頷いた。

 その掌の先にあるルーファスの肉体に意識を集中させる。狙うは、細胞や原子よりもさらに細かい、物質を物質たらしめているエネルギーとしての魂糸である。劇的な変化を生むことは、いまのフアナにはできない。ほんのわずか、その集まり方や回転の向きや速度などに些細な影響をもたらすことしかできなかった。

 だが、それだけであっても有限の命と能力を持つ人の世にあっては、奇跡に近い効果をもたらすことがある。すぐにルーファスの胸から濁流のように湧き出していた出血は止まり、フアナはほっとした様子で顔を上げた。

 

「とりあえず血液の凝固を早められました。あとは、彼自身の回復力でしょう」

 

 その言葉にようやくフィンも緊張の糸を解き、大きく安堵のため息をついた。

 

「……ありがとう」

 

 心の底から絞り出すような感謝の言葉に、フアナも嬉しそうに微笑む。

 だが、その穏やかな空気を切り裂くように残影が視界の端をかすめ、フアナの眼窩に直撃した。

 その衝撃に思わずのけぞるフアナ。どこから飛んできたかもわからぬ矢は、激突の反動で真っ二つに折れながら弾け飛び、宙を舞う。

 

「フアナ!」

 

 フィンは叫んだ。だが、続けざまに射られた第二第三の矢の存在を察知し、慌てて身を伏せる。

 さきほどまでフィンのいたはずの場所に小気味良い音とともに二本の矢が連続して突き刺さった。飛来する方向はわかったものの、相変わらず射手の姿は見えない。恐るべき腕前だった。

 

「フアナ!」

「大丈夫です。油断しました」

 

 フアナは身を低くしながら答えた。矢が当たったはずの右目にも別状なく、無事のようであった。

 

「表面だけは硬くできたのですが、内部までは間に合わず……まだちょっと右目はぼやけています」

 

 そう言っているあいだにも狙いすましたかのような射撃が、次々とフィンやフアナに襲いかかる。警戒しつつ射線をかわしながら、時には小剣で撃ち落とす。的確な攻撃によって次第に二人は倒れたルーファスの身体から遠ざけられていった。

 

「援軍だー! いくぞぉぉっ!」

 

 盗賊たちが雄叫びをあげる。

 正確無比な射撃の援護を受けて盗賊たちは一斉に駆け出した。

 しかし、それは戦いではなく、退却の決断であった。数人がかりで、倒れたルーファスの身体をさらうように抱えると、街道に並行する小川へ飛び込み、激しく水しぶきをまき散らしながら対岸へと走り去る。

 

「——遼太郎っ!」

 

 突然の出来事にフィンは声を裏返らせながら叫び、追いすがろうとするも、断続的に撃ち込まれる矢がそれを阻む。

 野盗たちは、未だあり余る体力を振り絞り、やがて村の東に広がる森へと飛び込むと、その茂みの中に消えていった。

 じっとその方角を見つめるフィンとフアナ。

 その耳に村人たちのざわめきがようやく戻ってくる。

 振り返ると、エリックからの盗賊撃退の報を受け、避難していた女性や子どもたちが街道へと駆け寄ってくる姿が見えた。傷つきながらも村を守った英雄たちは、嬉しそうに顔をほころばせながら、名前を呼び、大きく手を振る。やがて互いに手の届く距離まで来ると、涙を流しながら固く抱き合い、あるいはその肩を叩きながら命を懸けて戦った勇者たちの労を嬌声とともにねぎらった。

 村に、ふたたび笑顔が戻ってきた。

 

「フィン! 大丈夫だった⁈」

 

 産婆のジョアンを連れて戻ってきた幼馴染も心配そうにフィンへと駆け寄ってくる。

 

「野盗の残党が襲ってきたんだって?」

「……ああ」

 

 フィンは少し寂しそうに微笑んだ。ルーファスたちが消えた森への未練をにじませつつも、やがてその思いを断ち切るかのように力強い動作で抜き身の剣を鞘へと戻した。

 

「無事でよかった。怪我はない?」

「そうだね……鼻血くらいかな?」

 

 フィンは自嘲めいた笑いとともに、顔に張りつきはじめた血の跡を拳で拭う。

 

「……どうしたの?」

 

 わずかにいつもと異なる幼馴染の態度に怪訝そうにダーシーは尋ねた。フィンはあえて優しく微笑むとゆっくりとかぶりを振る。

 

「なんでもない。でも……さすがに疲れたかな」

「……大活躍だったもんね。お疲れ様」

 

 ダーシーはフィンの背中をぽんっと優しく叩くと、怪我人の治療に当たるジョアンを手伝うため去っていった。

 フィンはフアナを見つめる。

 

「……遼太郎だった」

 

 動揺を抑えるようにゆっくりと一音ずつ発音するフィン。フアナは抑えた声で同意を示した。

 

「そうですね……驚きました。魂の結合がほどけきらなかったご友人たちが、こんなにも宏基様のそばに集まってくるとは……いつどこに再生するかは、それこそタイミング次第なので……正直考えにくいです」

 

 過去には転生を司る能力を持ちながらも、この事態はまったく想像していなかったようである。うつむいて、ほっそりとした指先を肌目細やかな美しい顎に当ててながら考え込んだ。

 

「宏基様の(えにし)が、ご友人の魂を呼び寄せているのでしょうか……」

 

 フィンにはわかりえぬことである。沈黙するしかなかった。

 とにかくさきほどまで命のやりとりをしていたルーファスの姿を思い起こす。顔や髪色など遼太郎とは確かに違う。だが、野性味あふれる精悍な顔立ちや、体格の良さ、そして馬鹿力という単語がふさわしい屈強な膂力は、どうしても遼太郎を思い出さずにはいられなかった。

 宏基の人生を救ってくれた、中学時代の夜の公園での遼太郎の笑顔をいまでも忘れることができない。あの日、あの夜、たまたま遼太郎が通りかかっていなかったら、その後の人生はどうなっていたのだろうと、そら恐ろしさすら感じる。

 フィンは小さく声を漏らした。

 

「……無事でよかった」

 

 独白めいた、そのフィンのつぶやきにフアナは表情を曇らせる。やがて遠慮がちに口を開いた。

 

「言いにくいですが……無事ではないかと思います」

 

 そもそも前世で死を迎えているからこそ、の異世界である。だが、あえてフアナは指摘を諦めた。感傷的な表情を浮かべるフィンを目の前に、母親の顔で優しく告げた。

 

「それでも、無事を祈りましょう」

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