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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第三章 襲撃

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第33話 小隊長ルーファス

 返り血を浴び、全身を真っ赤に染めたフィンは、肩で息をつきながら、黙ってその屍を見つめる。

 首領が討たれたことは、いまだ村人たちと戦っていた盗賊団の残党たちにも衝撃を与えた。

 

「お頭っ⁉︎」

「そんなバカな……?」

 

 イゴールとエリックの一騎討ちがはじまったときには七人いた残党も、農夫たちの必死の抗戦によってその数を五人にまで減らしていた。騎乗していた盗賊もすべて馬からひき降ろされ、地上での混戦となっていた。いずれも腕に覚えのある盗賊たちである。コルト村の住人たちにも甚大なる損害を与えていた。

 だが、手が付けられないほどの強さを誇り、無敵だと信じて疑わなかった首領が討たれたことで状況が一変する。ここまで窮地におちいりながらも盗賊団の最終的な勝利を疑わなかったのは、ひとえに魔剣を持った首領への絶対的な信頼感があったからにほかならない。

 その最後の切り札が失われたいま、野盗たちのあいだに動揺が広がっていた。

 

「くそっ! やってられっかよ!」

 

 ひとりの盗賊が捨て台詞とともに逃げ出したのをきっかけに、ひとりまたひとりと盗賊たちが背中を見せて駆け出していく。

 農夫たちは疲弊しきった顔で呆然とその姿を眺めていた。

 すでに追いすがる余力も残されていなかった。ただ、遠ざかる敵の姿に安堵するとともに、どっと押し寄せる疲労感に襲われていた。

 

「……やったな、フィン」

「うん」

 

 双剣を鞘に収めたフィンが、地べたに転がるエリックを助け起こそうと歩み寄ると、エリックは満面の笑顔で讃えてくれた。

 フィンも微笑みで応えながらも、その視線はどこか寂しげで憂いを帯びていた。それに気づいたエリックが不思議そうに尋ねる。

 

「どうした?」

「……いや……虚しいもんだなって……」

 

 フィンの胸中には、複雑な思いが立ち込めていた。

 戦いには勝利したものの、数多くの命も失われてしまった。見ず知らずの他人ではない村人たちが、いまや変わり果てた姿となり、村のあちらこちらで息絶えていた。

 フィン自身も、あの不思議な光の奇跡がなければ、いまごろ死体としてこの街道の上に転がっていたかもしれない。

 死ぬのは初めてではなかったが、やはり怖いことに変わりはなかった。

 エリックは、そんなフィンの思いを感じ取ったのか、そっと微笑むと「そうだな」とだけ言った。

 フィンは倒れたエリックに手を差し出し、重量級の巨躯をぐいっと引っ張り上げる。

 その背後に、透き通った玲瓏な声がかけられた。

 

「フィネス!」

 

 振り返ると、そこには透明感あふれる育ての母の姿があった。傍らには幼馴染の魔術師も立っている。丘の上から急いで降りてきたらしく、ダーシーなどは苦しそうに胸を上下させていた。

 

「……フアナ」

 

 安堵したような表情を浮かべるフアナを見て、フィンは思わず泣き出しそうになったが、その隣でちょっと怒ったような表情で見つめてくるダーシーの視線が、それを思いとどまらせた。

 

「あんたねぇ……危なっかしいんだって! 無事でよかったけど、死んだらどうするつもりだったの⁉︎」

 

 腹立たしげなダーシーの言葉にフィンよりも先にエリックが野太い声で笑い出した。

 

「ははは! 怒ってるんだか心配してんだかよくわかんねぇな!」

 

 まだ奪われた体力が戻りきってはいないようで、いまも若干足元のふらつくエリックであったが、軽口を叩く余裕は取り戻したようだ。すかさず姪っ子から「エリックもだからね!」と反撃され、その勢いにたじろいでいる。

 

「さて、とりあえず被害の状況でも整理しないとな」

 

 エリックは顔をしかめながらつぶやいた。

 周囲を見渡す。

 戦場となった街道沿いには、敵味方あわせて多数の死傷者が倒れていた。生き残った村人たちがいまだ立ち上がれないグレンや傷ついた村人たちを助け起こして回っている。

 

「ダーシー。ちょっといいか?」

 

 エリックは姪の名前を呼ぶと、村でいちばん薬草に詳しい産婆のジョアンを呼んでくるように依頼した。

 

「わかった!」

 

 ダーシーは村を訪れたときの旅装のまま、軽やかな足取りで慣れ親しんだ村の道を駆けていく。

 エリック自身は他の場所の被害状況を確認しつつ、領主館にいる代官スペンサーへ報告しに行くという。

 

「フィンとフアナさんは、ジョアンさんが来るまでのあいだ、傷を負った村人の面倒を見てくれると助かる」

「了解」

 

 フィンは二つ返事で了承した。

 エリックはにこやかな微笑みとともに頷くと、領主館に向かって歩き出し、ふとなにかを思い出したように足を止めて振り返った。

 

「そうだ。フィン。あとで、さっきの光がなんだったのか教えてくれよな?」

 

 フィンは困ったように微笑むと、めんどくさそうに頷き返し、早く行けよとばかりに掌で追い払うようなしぐさを見せる。

 フィンだってなにが起こったのか理解していないのだ。

 そんな教え子のうんざりしたような態度を豪快に笑いながらエリックは村の中心へと歩み去っていった。

 エリックが立ち去った後、知らせを聞いた見張り台の農婦たちが弓を置いて駆けつけてくれた。フィンたちは手分けして街道を歩き回りながら、まだ息がある生存者たちを探し出していく。なかには一命をとりとめた盗賊の残党もいたが、フィンたちは容赦なく引導を渡していった。

 やがて怪我人を集めると農婦らが川岸に生える薬効のある野草を活用して簡単な手当を施していく。貧しい農村ならではの生活の知恵だ。とはいえ、あくまでも専門的な知識を有するジョアンが来るまでのその場しのぎにすぎない。フィンもなにかしらの助けになりたくて、前世で学んだ応急処置のひとつである、傷口を強く押さえて出血を止める「圧迫止血法」を農婦たちに伝授して歩いた。

 そのときフアナが険しい表情を浮かべながら、つかつかとフィンの元へと近づいてくる。

 

「え? ど、どうしたの? 止血法って教えちゃダメだった?」

 

 慌てるフィンの言葉に黙ってかぶりを振ると、フアナはフィンの耳元に唇を寄せ、小声で告げた。

 

「宏基様、馬が近寄ってきます」

「……馬? どこから?」

「北です。レンヌ村の跡地へとつづく街道をコルト村方面に駆けてきます。とても急いでいるようで、すぐにでも村のなかに侵入してくるでしょう」

「数は?」

「六頭です」

 

 フィンは顔をしかめた。

 

「……敵かな?」

「断定できるだけの情報はありませんが、蹄が大地を蹴る音を聞くかぎりでは、全員体格の良い男性のようです。おそらく武装もしているかと思います。可能性としては、領主クレイディア伯からの援軍か、もしくは他の村を襲った野盗の仲間かの二択ですが……援軍が六騎だけというのもおかしいですし、クレイディア伯の援軍ならばこの街道を南から来るはずです。つまりは……」

「……敵ってことか」

 

 フィンは呆れたように呟いた。

 ようやく激戦を終えたと思ったら、また襲撃だ。

 極度の緊張を長時間強いられたことによる疲労が、べっとりとフィンの心にへばりついている。ふたたび迎えた危機に対して、どことなく集中力を欠いた状態で、フィンはそんな気持ちが乗り切らない自分の精神状態に困惑していた。

 街道の道端には大量の怪我人とその治療にあたる農婦たちの姿があった。せめて弓があればよかったが、見張り台に置いてきた現状では、彼らに戦う能力はほぼ残されていないといってもいいだろう。そうするとたった六騎であっても武装した野盗が相手では一方的な殺戮にならざるをえない。

 戦えるのは、フィンとフアナだけなのだ。

 フィンは緊張の面持ちでフアナを見つめた。フアナはその視線に小さく頷き返す。

 

「俺たちがやるしかない。……フアナ」

「はい」

 

 フアナは清涼感のある澄んだ声で澱みなく応じた。

 それからフィンは、ふたたび敵の襲撃があることを周囲に告げた。村人たちのあいだに張り詰めたような緊張が走り、その目が一瞬にして険しくなる。

 

「……そんな! もうこの人たちは戦えないよ!」

 

 盗賊に与えられた傷によって起き上がることもままならない伴侶らしき男性の手を握るひとりの農婦の訴えにフィンは大きく頷いた。

 

「俺と母さんが戦います」

「……フアナさんが⁈」

 

 フアナの活躍を知らない農夫が驚いたように声を上げた。折れそうなほどほっそりとしたフアナの細腕で、粗暴な野盗を相手に戦えるとは思っていないようであった。当然の反応だろう。しかし、その強さを知る農婦たちは笑顔で「頼んだよ!」と口々に囃し立てた。

 

「とはいえ、この人数を俺たちだけで守るのも大変なので、みなさんもできるかぎり武器を持って敵を寄せ付けないように威嚇してください」

「わかったよ!」

 

 農婦たちはそう言うと、戦場に落ちていた剣や槍を拾い集め、仲間たちに配布していく。

 首領の側近との戦いを生き延びた農夫たちも、ふたたび武器を手に取り、ひどく緊張した様子で身構えた。

 フアナが叫ぶ。

 

「来ました! いま水車小屋の前を通りすぎて、橋を渡っています。もうすぐこちらに来るでしょう」

 

 その声に周囲はいっそう慌ただしさを増す。

 フィンは深い呼吸をくり返し、気持ちを落ち着かせた。

 やがて、大地を力強く連打する蹄の音を響かせながら、騎乗する男たちが街道にその姿を見せた。統一感のない装いと薄汚れた顔からにじみ出る悪意から明らかに野党の一員であることがわかる。ただひとり先頭を駆ける赤い髪を持つ若い男だけが曇りない瞳でまっすぐに前方を見つめていた。

 野盗の集団は行く手に立ちはだかるフィンの存在に気がつくと、馬の手綱を引き絞り、疾走する脚を緩めた。隊列のなかにいた剣呑な雰囲気をただよわせる細身の男が、怒気をはらんだ目で睨みつけながら、前方のフィンへと近づいていく。

 

「……なんだ、てめぇは?」

「コルト村の者だ。イゴールの仲間か?」

「あ⁈」

 

 男は激昂したように叫ぶと、激しい怒りの表情をあらわにした。

 

「てめぇごときが出していい名前じゃねぇぞ? ふざけんなよ⁈」

 

 細身の男は凄みを利かせながら剣を抜くとフィンへと突きつける。周囲で見守る村人たちから小さな悲鳴が上がった。同時に男の背後から「やめろ」という叱責が飛んだ。重厚な響きを持つその声に、細身の男はびくりと身体を震わせる。見ると、隊列の先頭を走っていた精悍な顔つきの若い男が、少し怒ったように剣を抜いた男を睨みつけていた。

 

「ル、ルーファス、なんだよ……?」

「目的が違うだろ? いまはお頭に報告することが先だ。……違うか?」

 

 年齢としてはフィンと変わらない、まだあどけなさすらも残る若者であったが、落ち着いた物言いと自信に満ちた態度が、その言葉に逆らいがたい迫力を与えていた。明らかに年上であるはずの細身の男が口をつぐむと、ルーファスと呼ばれた青年はフィンに視線を移し、穏やかな口調で質問を投げかけてくる。

 

「あんた、ちょっと聞きたいんだが、レンヌ村ってのはもう誰も住んでいないのか?」

「……ああ。三年前に盗賊に襲われてな。村人も全員いなくなったはずだ」

 

 フィンは「盗賊に襲われて」という部分を強調して伝えた。だが、青年にはその嫌味が通じなかったようで、むしろ少し同情するように眉をひそめると「……そうか」と残念そうにつぶやいた。

 

「俺たちはレンヌ村に行けとお頭に命じられていたんだが、そもそも村そのものがなくてな、困っていたところだ。そういうことだったのか。……そういえば、あんた、さっきイゴールって名前を出していたが、どこにいるか知らないか?」

 

 ルーファスは平然と尋ねてきた。

 村を襲うということがどういうことかわかっていないのか、届け物のおつかいにでも行くかのような、あっけらかんとした態度で語っている。そのことにフィンは気持ち悪さにも似た違和感を覚えた。

 

「イゴールは……ここにいる」

 

 フィンは身体を横にずらすと、背後に転がるイゴールの遺体を指し示した。身体から外れかけているその首は、血が抜け落ちて蒼白になり、驚きの表情で天を仰いでいる。変わり果てた首領の姿にルーファスたちは言葉を失った。

 

「……まさか……ありえねえ……」

 

 部下のひとりが震える声でつぶやいた。

 

「てめぇがやったのか⁈ ま、魔剣は……魔剣はどうしたんだよ?」

 

 さきほどまで因縁をつけていた細身の男が、唾液を撒き散らしながら目を剥いて騒ぎ立てる。

 騒々しい男だ。

 フィンは蔑むような目つきで一瞥すると、少し離れた場所に落ちている魔剣だったものを黙って指差した。男は「ひっ」と短く息を呑むように喉を鳴らした。

 

「……すごいな。正直、魔剣を持ったお頭に勝てるやつがいるとは思ってなかった」

 

 感心したようにルーファスは言った。

 

「あんた、名前は?」

 

 ルーファスの問いにフィンは沈黙で答える。

 取りつく島もないその態度にルーファスは呆れたように苦笑を浮かべた。

 

「まあいいや。俺はファド村のルーファス。この小隊を率いている者だ」

 

 赤毛の青年は、馬からひらりと飛び降りると、鞘から長剣を抜き払う。どこにでもありそうな平凡な鉄製の剣だが、その剣身は丁寧に磨き上げられ、錆ひとつ残されていなかった。

 これから成長期を迎えるであろう年齢ながら、その身長はすでにイゴールやエリックといった恰幅の良い大人にも匹敵するものであった。見上げるようにフィンは盗賊の小隊長を睨みつけた。

 

「お頭の弔いだ。悪いが仇は討たせてもらう」

 

 フィンはさきほどまでと同様に、なにも答えることなく、腰に差した双剣を抜いた。

 その動きに呼応してルーファス以外の盗賊たちも馬にまたがったまま剣を抜き放つ。さらにそれに応じるように道端にいた村人たちも慌てたそぶりで武器を構えた。

 フアナが白木の棒を手に盗賊の前へと歩み出て、背後の村人たちを守るように身構えた。

 静寂が、場を支配する。

 相対峙する者同士、互いの力量を推し量るように無言で向かい合った。

 膨れあがる緊張感に圧倒され、その場にいる者のほとんどが動き出す機会を見失っていた。ほんのわずかな異変が生まれるだけで、それをきっかけに激しい戦いが始まることは誰しもが理解していた。そして、その権利は、街道の中央で向かい合う、フィンとルーファスの二人だけに与えられるべきことも理解していた。

 フィンは、小さく息を吐き、余白の生じた肺に酸素を取り込むように鼻から深く吸い上げる。気管を通りぬける吸気が”過限駆動(オーバークロック)”を発動させた。

 同時にルーファスが動く。

 フィンの胸の動きを見て、息を吸い込む瞬間を狙って豪剣を振り下ろしてきた。油断の生じやすいタイミングだと誰かに教わったわけではなく、経験的に身につけた術であった。

 だが、加速したフィンはさらにその動きの先を行き、空気を切り裂く音を立てながら振り下ろされる刃の下をかいくぐると、その厚い胸板めがけて双剣を叩き込む。

 しかしルーファスは膝の力を瞬間的に抜くと、まるで崩れ落ちるようにフィンに上からのしかかる。不意に生まれた標的の変化に戸惑うフィン。ルーファスは倒れるような動きのまま、握っていた長剣の柄頭をフィンの脳天へと落下させた。

 

「——っ⁉︎」

 

 思わぬ攻撃に声にならぬ悲鳴を漏らすフィン。あわてて地面を転がりながら離脱し、膝をつきながら深く息を吸い込んだ。

 ”異能”が解除され、視界の中の世界がぐにゃりと大きく歪む。激しい息遣いとともに、こめかみを刺すような痛みに顔をしかめた。強打された頭頂部も痛い。他の村人のように頭巾でもかぶっていれば少しは違ったのではないかといまさらながら後悔する。

 そして、フィンは改めて驚いた。

 

 ……速い。

 

 ”過限駆動(オーバークロック)”を用いても対応された。その事実は、年端も行かぬこの若者が、熟練の戦士であるエリックに匹敵するほどの技術を持っているということを示していた。

 そんなはずはない。

 フィンは疑惑の真偽を確かめるべく、ふたたび”過限駆動(オーバークロック)”を発動させる。

 土煙を上げ、旋回するようにルーファスに接近すると、大きく伸ばした右腕で横から叩きつけるように斬りつける。だがルーファスは前方に踏み込みながら長剣を振り下ろし、その斬撃を弾き飛ばした。

 フィンは、すかさず身体をひねりつつ左の小剣を突き出す。間髪をいれずに放たれた至近距離からの攻撃だったが、またしてもルーファスは機敏に反応し、引き戻した長剣の刃元で受け止めた。

 

「……なっ⁈」

 

 ”過限駆動(オーバークロック)”での連続攻撃も防がれ、フィンは驚きの声を漏らす。

 

 こいつ、見えてるぞ?

 

 まだ信じられない気持ちも幾許かは残っていたが、戸惑いつつもその事実は認めざるをえなかった。とはいえ、フィンには”過限駆動(オーバークロック)”以外に選択肢はない。見えているならば、心理的な揺さぶりをかけて、虚を突くだけだ。

 フィンは規則正しい呼吸によって”異能(オーバークロック)”の発動を継続させながら、低い姿勢で急旋回すると、ルーファスの膝めがけて飛び込んでいく。それに合わせるように、上から振り下ろされるルーファスの長剣。だが、フィンは急停止すると、方向を転じて爆ぜるように一気に飛び上がった。振るわれた小剣がルーファスの胸を下から真っ直ぐ切り裂く。身につけていた厚手のキルト生地ごと断たれた肉体から真っ赤な鮮血がほとばしった。

 

「——うぐっ⁉︎」

 

 ルーファスはのけぞりながら、低くうめき声を上げた。

 

 ……まだだ!

 

 フィンは、さらに追撃を叩き込もうと大きく開かれた両腕を閉じるように左右から斬撃を加えようとする。フィンの変幻自在な剣技に翻弄されたルーファスが驚愕の形相で凍りつく。だが、そのときフィンの心臓あたりに強い痛みが走り、それに連動するかのように激しく胃が痙攣しはじめた。

 

「……お……ぐうっ……⁈」

 

 呼吸が乱れる。

 フィンは内臓を激しく殴打されるような痛みに堪えながら、必死に後方へと退くと、四つん這いになって大地に胃液をまき散らした。

 ”過限駆動(オーバークロック)”が切れた反動も襲ってくる。

 心臓の鼓動とともに、まるで全身の血管が腫れ上がったかのように激しく脈打ち、頭を締めつけるような偏頭痛が襲う。

 フィンはふたたび吐いた。

 野盗の襲撃以来、まともに食べていないので、吐き出されるような胃の内容物もない。ただツンとした異臭を放つ胃液だけがだらだらと垂れ流され、地面に黒い染みを作った。

 

「フィネス!」

 

 その姿に心配したフアナが切り裂くような声で叫ぶ。

 しかし、彼女自身も襲いかかる騎馬姿の野盗五人との応戦中であり、駆け寄ることは叶わなかった。傷ついた村人たちに近づけまいと、たった一人で五騎の盗賊を相手どって立ち回っている。そればかりか村人の目もあるため本来の力も発揮できず、斬りかかる剣を棒で受け流す防戦一方の展開となっていた。

 業を煮やしたフアナは、盗賊たちが騎乗する馬の脚をすべて叩き折った。

 暴れる馬からたまらず盗賊たちが転げ落ちる。したたかに打った腰や肩を押さえつつ苛立たしげに顔をしかめる盗賊たち。

 

「てめぇ!」

 

 口々に罵りながらフアナを取り囲もうとする。

 フアナは小さくため息を漏らすと、片手で棒を旋回させ、そしてスッと身構えた。

 フィンを助けに行くためには、もはやなりふり構っていられない。

 一瞬で片づける。

 フアナは決意した。

 だが、そのときフィンが立ち上がった。

 すぐさま身体をくの字に折り曲げて激しく咳き込んだが、やがて口元を拭いながらふたたび身体を起こす。目元が幽鬼のように落ち込み、げっそりと黒ずんでいたが、むしろ意志に満ちた強い光を放っていた。

 

「……フィネス!」

 

 ふたたびフアナが叫ぶ。

 フィンは、ちらりと育ての母を一瞥すると、にやっと笑みを浮かべる。

 そして、屈強な盗賊団小隊長に視線を戻すと、うわごとのようにぽつりとひとりごちた。

 

「……そういうことか……」

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