第31話 カルナシュタット傭兵団
少し離れたところでは、残る七人の盗賊相手に、残された村人たちが果敢に戦いを挑んでいた。泥玉や投石といった文字どおり泥臭い戦法を駆使し、じわじわと追い詰めている。
グレンだけでなく、彼らもこの戦いのなかで成長しているのだ。
魔剣アルドゥングによって生命力を奪われたグレンたち三人の村人も、残された力を振り絞り、なんとか安全な場所に退避しようと必死にあがいている。
ここで俺が負けたら、あいつらも共倒れだよな……。
エリックは、改めて自身が最後の砦であることを認識した。
とはいえ、攻撃手段があまりにかぎられている。
見張り台からの援護射撃でもあればよかったが、おそらくは矢の在庫もすでに切れているだろう。
……いまごろフィンが戦場で矢を回収しているのかもな。
エリックは、まだ若いのにやたら気の利く優秀な教え子の姿を思い浮かべた。当然、その母親であるフアナもセットだ。
ふと、そのとき、フィンから教わった武器の存在を思い出した。意外に便利なので、いつのまにか肌身離さず身につけるようになっていた。
その数、わずか五本。
——これなら、あの鎖帷子の守りを突破できるかもしれない。
この奇妙な武器に運命を委ねることをエリックは決めた。
後ろ手にベルトに挟み込んでいた金属塊を握りこむ。飽くなき反復訓練によって手に取るだけで掌のちょうどいい位置に収まるようになっていた。
エリックの鍛冶屋としての技術も注ぎ込んだ特別製だ。フィンから教わった形状とは違い、先端に鋭利な刃をつけている。いわば小型のナイフとして日常使いにも重宝していた。
「……イゴールだっけ? お前、本気で王になれると思うのか?」
ゆっくりと近づいてくる首領の隙をうかがいつつ、エリックは声をかける。それにイゴールは嘲笑をもって応えた。
「当たり前だ。強い者が王になる。この世の理だろう?」
「違うね」
エリックは、冷たく言い放った。
「王とは統治する者のことだ。どれだけ強くても、たった一人でその領土と民衆を統べることなんてできるはずもない。だからこそ周囲に協力者が必要不可欠だ。だが、お前のまわりを見てみろ……誰がいる? 部下は盾がわり、馬も消耗品扱いで、俺ひとりで十分だと嘯くお前みたいなやつの前には、王の道は開けてない」
その言葉にイゴールは驚いたような表情を浮かべ、しばらく沈黙した。やがて、みるみるうちに顔を真っ赤に染めて「黙れ!」と大音声で恫喝してくる。
「てめえごとき田舎の自警団風情になにがわかる‼︎ 知ったような口を聞くんじゃねえ!」
「……わかるさ。とてつもなく優秀だったのに、これっぽっちも人心を把握できなかった王位継承者を俺は知っている。その下で傭兵として戦ったこともある。そしてひとりまたひとりと臣下たちが離反していき、最後には反逆者として処刑されたという事実も、な……」
エリックは、どことなく悲しげな表情で答えた。
傭兵を辞めるに至った、過去の痛ましい記憶のひとつであった。
イゴールも酒場の噂話として聞いたことがある。
十年以上前のこと、西の大国にて大規模な内紛があったという。残虐非道な王太子を排除すべく重臣たちが反旗を翻し、あらゆる臣下に見捨てられた王太子は、金銭で契約した傭兵隊だけを従え、逃亡を余儀なくされる。だが、最後には圧倒的な兵力差で包囲され、命を奪われたという。
稀に見る陰惨な戦いだったと聞く。
そんな絶対的不利な状況のなか、主従関係も義理もなく契約だけで結ばれた傭兵部隊だけが、唯一最後まで諦めず王太子を守りつづけたという。
その悲劇的なエピソードは、やがて民衆の好む噂話として広まっていき、その傭兵部隊は、最終決戦のおこなわれた地名から、このように呼ばれている。
「……カルナシュタット傭兵団」
イゴールは呆然としながら、記憶からよみがえった名前を呟いた。
「懐かしい名前だな」
エリックは少し気恥ずかしそうに笑った。
その返答にイゴールは目を大きく見開く。伝説的な傭兵団のひとりが目の前にいるという事実に激しく感情を揺さぶられる。イゴールは思わずぶるっと身震いした。
その瞬間をエリックは見逃さなかった。
一歩踏み込みながら、下から斬り上げるかのように腕を振ると、その遠心力に乗せて握りしめた金属塊を放つ。そのまま続けざまにベルトから金属を抜き取ると、打ちつけるような動作で連続してイゴールめがけて投擲した。
イゴールは胸から腹にかけて激しい衝撃を感じ、苦悶の声を漏らす。
胸部を支配する、灼けるような痛み。
視線を下げ、鎖帷子で守られているはずの胸元を見たとき、そこに真っ黒な金属の棒が複数、鎖の隙間をこじ開けるように食い込んでいるのを目撃した。
「——いってぇぇッ! なんだこりゃ⁈」
「手裏剣って言うらしい」
エリックはその貫禄ある肉体を突進させ、一気に距離を詰める。そして無防備にさらしたイゴールの頭部めがけて、横薙ぎの一撃を叩き込んだ。
魔剣で受け止める余裕すらも与えない渾身の一撃。
だが、イゴールは迫りくる刃から逃げるのではなく、むしろ一歩前に踏み出し、鎖帷子で守られた前腕で斬撃を受けとめる。長剣の衝突するポイントをずらされ、中途半端な一撃となってしまったエリックは、さらに体ごとぶつかってくるイゴールの圧力に押され、バランスを崩しながら後方へとたたらを踏んだ。
「——ちっ!」
忌々しげに舌打ちするエリックに対し、イゴールは獰猛な唸り声をあげながら魔剣を振りかぶり、無慈悲な一撃を加えようと肉薄する。しかし、エリックは不安定な姿勢から巧みに手裏剣を放つと、イゴールが魔剣で撃ち落とした隙に、ふたたび体勢を立て直した。
そして再度、力任せに振り下ろされる魔剣に対して、迎撃するように長剣を振り上げる。
……ひっかかったな。これで、魔剣の餌食だ。
イゴールが勝利を確信した瞬間、エリックは手首を返し、剣を大きく弧を描くような軌道に修正する。触れあうはずだった魔剣と長剣はすれ違い、振り下ろされた魔剣はそのままの勢いで地面に先端をめり込ませた。
「——ッ⁉︎」
イゴールは言葉にならない声を漏らす。
エリックの剣は、旋回しながらイゴールの顎めがけて打ち込まれていく。顎や首を守る兜も鎖帷子もない。避けることもかなわない体勢への攻撃に、エリックは勝利を確信する。
「これでも喰らえ‼︎」
エリックは吠えた。
しかし、その切っ先は、イゴールには届かず、失速しながら大地へと落ちていった。
想像だにしていない現象に我が目を疑うエリック。だが、すぐにその理由を知った。
下から差し出された魔剣が、エリックの膝あたりに触れていた。真っ赤に染まった魔剣は、みるみるうちにエリックの生命力を吸い取っていく。
「……なっ……⁈」
今度はエリックが言葉にならない叫びをあげ、崩れ落ちるように地面に膝をついた。
その傍らにイゴールが歩み寄る。その顔は得意げにニヤつく笑みで覆われていた。
「——史上最強とも言われるカルナシュタット傭兵団でも、この魔剣には勝てないようだな」
「……ぬかせ。いまの俺は、ただの村鍛治だ。傭兵じゃねぇよ……」
いまにも倒れそうな状態ながらイゴールを睨みつけ、気丈にも言い返すエリック。
そんなエリックの態度を、かえって満足そうにイゴールは笑い飛ばした。
「いいねぇ! そうでなくっちゃ! それでこそ倒す楽しみがあるってもんだ!」
醜く歪んだ表情にふさわしい下卑た笑い声を響かせながら、膝立ちになったエリックの顔を靴底を押しつけるように蹴倒した。小さく呻き声を上げて地面へと転がるエリック。さらにその腹部めがけてイゴールは強烈な蹴りを叩きこんだ。
「ぐおっっっ‼︎」
苦悶の声とともに逆流する胃液をまき散らすエリック。魔剣によってエリックから奪われた生命力が、そのままエリックを蹴り上げる脚力となっていた。凄まじい威力だった。
「……たいしたもんだ。これだけ力があれば、なんでもできそうだな」
イゴールは嬉しそうに笑った。
そして、倒れているエリックの首をわしづかみにすると、反動もつけずに片腕だけで持ち上げようとする。
エリックは、ただなされるがままで、あがいて抵抗することもできず、片腕一本でその重量級の肉体を宙吊りにされてしまった。
恐るべき膂力であった。
エリックは、バケモノじみた握力によって喉を潰されまいとなんとか首だけは守ろうとするが、弛緩しきった筋肉ではそれも叶わない。頸動脈を圧迫されているせいで、みるみる間に顔が朱に染め上げられていく。
「こいつはすげえな! このまま首をへし折ってやるよ! 王になれないって言ったことをあの世で後悔しな!」
イゴールはつぶれた声でげらげらと哄笑した。
やがて、少しずつエリックを握る手に力を込めていく。ミシッと嫌な音が響き、エリックが喉の奥から絞り出すような呻き声を漏らす。
ますます邪悪な笑みに顔を歪めたイゴール。
だがそのとき、脇腹に猛烈な衝撃を感じた。
「——⁉︎」
さすがのイゴールであっても、不意打ちかつまったく想定しない角度からの攻撃にバランスを崩し、突き飛ばされるように横へ数歩よたよたと歩みを進める。
その勢いでエリックの身体は拘束を逃れ、崩れるように地面へと倒れ込んだ。
「エリック!」
幼さの残る声が、ボロ雑巾のような元傭兵の名を叫ぶ。
フィンであった。
見張り台から盗賊団の首領に苦戦するエリックたちの姿を見て、いてもたってもいられず、救援に駆けつけていた。
転がるように丘陵地を駆け降り、最後はエリックのピンチと見て、異能を発動させ、加速度をそのままイゴールの分厚い身体に叩きつけるように身体ごと激突させた。
いまはその反動で襲ってくる頭痛と吐き気に、眉間に皺を寄せながら必死に耐えている。




