第30話 首領イゴール
一方、野盗団の首領イゴールは、しばらく放心状態に陥っていた。
腹心の部下である“口髭”が、閃光とともに大地に突き刺さる雷撃によって、手下もろとも打ち倒されてしまったのだ。
彼は、イゴールの盗賊団でも最古参のメンバーの一人だった。
悪知恵の働く、頼れる男だった。
イゴールはそのふてぶてしい表情を歪め、舌打ちした。
「……口髭め。どーすんだよ、この戦い……」
周囲を見渡すが、残された仲間は少ない。
イゴールのまわりを固める騎馬姿の腕っこきが六人。前方でこの小さな田舎村の住人と戦っているのが三人。
壊滅状態じゃねーかよ。
ふたたび舌打ちする。
盗賊団をいくつかに分けて、複数の農村を同時に襲撃しようという計画だった。
「相手は農民ども。簡単に蹂躙できますよ!」
自信たっぷりにイゴールへ断言した当の本人は、雷に打たれて、もうこの世にはいない。
近隣のティネー村やレンヌ村を襲った別働隊の連中が駆けつけてくれればいいが、ヤツらもまさか首領のいる本隊が、こんな状態に陥っているとは想像すらしてないだろう。
……ま、しょうがねぇか。
「よし」
イゴールはまばらに生えた髭のなかに薄汚れた歯を剥き出しにして、にんまりと笑った。
腰から愛剣を抜き、周囲の手下たちに「お前ら、行くぞ」と命じる。
あわてて付き従う手下を引き連れて、イゴールは進軍を開始した。悠然とした足取りで、エリックたちのいる最前線へと向かっていく。
当然、見張り台から残る最後の矢が射掛けられた。
最盛期の一斉射撃にははるかに及ばないものの、弧を描き、空から落下してくる矢の群れは、イゴールのまわりを取り囲む盗賊やその騎乗する馬たちに突き刺さり、次から次へと落馬していく。
盗賊たちは必死に首領の盾として、降り注ぐ矢の雨からイゴールを守ろうとした。
やがて矢が尽きたとき、残されたのは無傷のイゴールと、なんとか生き延びた四人の手下だけとなっていた。そこに前線で戦っていた徒歩の盗賊たち三名が合流し、首領を守るように周囲を取り囲む。
イゴールは満足そうに笑みを浮かべたまま、エリックへと近づいていった。
コルト村の守りの要らしき、体格の良い中年男性だ。
隙なく長剣を構えるその姿から、正規の武器の扱い方を学んだ元傭兵か、騎士崩れであることがわかった。
その傍らには、いかにも悪人然とした風態の巨漢が従い、暴力的な目つきでこちらを睨みつけてくる。その威圧感たるや、名を知られたイゴールたち盗賊団の部下にも引けを取らない。
おそらくは、村を守る自警団の隊長と部下のような関係なのだろう。
この二人が、コルト村の最大戦力であることを、イゴールは見抜いていた。
やがて馬を進めたイゴールは、エリックと対峙するように足を止める。村人たちがすぐさま、緊張の面持ちで集まってくると、武器を構えながら遠巻きに見守った。
「てめぇら、田舎者のくせに、ずいぶん手間をかけさせてくれたな?」
イゴールが、馬上から見下ろしながら、しわがれ声で恫喝する。
それには応じず、エリックが冷静に問いかけた。
「お前が盗賊団の頭領か?」
その場慣れした態度に、イゴールは相手が修羅場をくぐり抜けてきた経験の持ち主であることを確信する。嬉しそうにニヤリと笑った。
「……そうよ。イゴール様だ。覚えておけ」
「粋がるな。残るはお前たちだけだ。あきらめて降伏しろ」
エリックの言葉に首領は豪快に笑い出した。
「降伏? ふざけんな、なんで降伏なんかしなきゃなんねーんだ? こっからが本番だろーが」
そう言うと、手にした長剣をエリックに向けて突きつけた。
わずかに赤みを帯びた真っ直ぐな剣身。その根元から十字型の鍔にかけて燃え上がる炎のような意匠が施されている。さらにその柄頭には、太陽を模した豪華な装飾が刻まれていた。
元傭兵にして鍛冶屋でもあるエリックですら、このような奇妙な色の金属は見たことがなかった。その表情に初めて翳りがさす。
「……呪いの魔剣?」
グレンが思わず漏らしてしまったその言葉に、イゴールは満足げな笑みを浮かべた。
「なぁんだ、知ってんのか? そうだ、呪いの魔剣だ」
イゴールはこみ上げてくる笑いに、不恰好に生えた髭を小刻みに揺らす。
「こいつはな、俺がちっぽけな墓荒らしだったころに遺跡で見つけた魔剣でな。こいつのおかげで、俺は盗賊団の首領までのし上がることができた。だが、それだけじゃねえぞ。オレはいつしか王になる」
「……王、だと?」
急に降って湧いた夢物語に、エリックが戸惑いながら繰り返した。
だが、イゴールは揺らぎない表情で断言する。
「王だ。……この魔剣アルドゥングは『選王の剣』とも呼ばれるんだが、その名のとおり王を選ぶ魔剣らしい。だからオレはいつしか王の軍隊をも打ち砕き、この国の王になる」
「はは…おもしろいな。未来の王様がなんでこんな農村ひとつに苦戦してるんだ? まわりを見てみろ。お前ら、あと八人だけだぜ?」
挑発的なエリックの言葉を、イゴールは鼻で笑い飛ばした。
「ははっ! てめえはわかってねぇな? 魔剣があれば、こんな農村、オレひとりで十分なんだよ。存分にわからせてやるから、かかってこい!」
イゴールが吼える。
その叫びに背中を押されるかのように、取り囲んでいた村人たちが一斉に襲いかかった。出遅れたグレンもあわてて剣を振りかぶる。
包囲しての一斉攻撃。
いかに馬上という高さの優位があるとはいえ、絶体絶命の危機である。
後ろに控えていた盗賊たちも突如始まった戦闘に面食らいながら、なんとか首領を救おうと駆け寄ってくる。
混戦状態になるか、と思われた瞬間、イゴールに斬りかかった農夫が、突然、二人まとめて支えを失った布のように地面へと崩れ落ちた。
「へっ?」
当人たちもなにが起こったのかわからないような、気の抜けた声を漏らした。
その理解しがたい現象に、一瞬、見る者すべての思考が硬直する。
そこに生まれた隙をついて、イゴールはさらに別の村人の胴を横に薙ぎ払った。赤い剣身を胴体へと喰い込ませながら、その身体ごと軽々と吹き飛ばす。周囲にいた村人も巻き添いを食い、地面へ転がっていった。
大した反動もつけていないのに、とんでもない怪力であった。
その膂力は、ひょっとすると化け物じみた体躯を持つグレンすらも上回るかもしれない。
いつのまにかイゴールの握る魔剣アルドゥングは、その剣身を明るい赤色へと変えていた。
——魔剣の力か!
エリックは顔をしかめた。
「グレン、一旦離れろ!」
その巨躯を反り返らせながら、渾身の力で打ち込もうとするグレンに制止の声を投げかける。
だが、その声はグレンの耳には届かず、次の瞬間には、すべてをねじ伏せるような圧倒的な一撃が振り下ろされた。
迎え撃つように振り上げられた魔剣と交差する。
金属と金属が激しくぶつかり合う鈍い音が響く。
その勢いの差から、グレンの一撃が魔剣ごと首領を叩き潰すように思われたが、さにあらず、赤熱したかのような強い光を発する魔剣が、グレンの歪んだ長剣をしっかりと受け止めていた。
やがて力の均衡は傾いていき、イゴールの持つ魔剣がグレンの剣をゆっくりと押し上げていく。
グレンは、驚いたように目を白黒させながら、なんとか剣を押し下げようともがきつづける。
だが、その力の差はどんどんと開いていき、最後にはまるで子どもの手を払うかのように、いとも簡単に打ち払われてしまった。鹿の足ほどもあるグレンの逞しい腕が、その反動で、まるで弛緩した紐のようにだらりと肩から垂れ下がる。
そこには、もはや、剣を持ち上げるだけの腕力も残されていなかった。
イゴールは邪悪な笑みを浮かべると、グレンめがけて魔剣を上から振り下ろした。
「グレン‼︎」
エリックが叫ぶ。
グレンは最後の力を振り絞り、大きく身体を揺さぶった。その反動で弛緩した腕が踊るように宙へと跳ね上がる。その右手には布でしっかりと剣が縛りつけられていた。臆病なグレンが反射的に剣を離してしまわぬよう、戦いの前にエリックが縛りつけておいたものであった。
振り下ろされた魔剣の刃を、宙に舞ったグレンの剣身が受け止める。そのまま剣ごと地面に叩きつけられたものの、剣身がいわば板金鎧のように凶刃からグレンの肉体を守ることとなった。
「大丈夫か!」
駆け寄ったエリックが、剣を構えつつ、グレンとイゴールの間に割って入る。
最初に倒れた村人とグレン、いずれもがなかなか身体を起こせずにいた。
グレンは初めての感覚に戸惑いながら、絞り出すようなか細い声で、
「……エリック。なんか力が抜けて、思いどおりに動かせないんだ……」
と呟く。
エリックは油断なく長剣をイゴールに向けながら、ふんっと鼻を鳴らした。
「……力を奪う魔剣ってことか?」
その言葉に、イゴールは不敵に笑う。
「そうだ。奪ってオレのものにするんだ。盗賊のオレ様には、おあつらえ向きの魔剣だろ?」
それで、あのような怪力を出せたのか。エリックは納得したように小さく頷いた。
とはいえ、どうすれば勝てるのか、その方法は見えていない。
グレンの常人離れした腕力であっても、剣を打ち合わせた瞬間に力を奪われてしまった。
つまり、剣に触れたらおしまい、ということだ。
それならば、速さでちょっとずつ刻んでいくしかない。
どちらかというと、フィン向きの戦法だよな、と思いつつ、エリックは覚悟を決めた。
「こいつは俺がやる。みんなは他の盗賊を頼む!」
村人たちに指示を出すと、さらに身を低くして、イゴールの隙をうかがう。
イゴールはさらに嬉しそうに笑みを浮かべると「なかなか腕が立つな。元傭兵か?」と尋ねた。
「……ああ」
ぶっきらぼうに答えるエリック。
「名は?」
「……どうだっていいだろ」
エリックは冷たくあしらった。その反応に愉快そうに笑い出すイゴール。
「いやあ、その歳まで五体満足に傭兵稼業を勤め上げたんだったら、よっぽどの臆病者か、歴戦の勇者かのどちらかだ。ってことは、それなりに名を上げた傭兵だったんじゃねぇかな、と思ってな」
しばしの沈黙の後、エリックは「俺は臆病者の方だよ」と呟いた。
そしてエリックは、イゴールがまたがる馬の腹を軽く切りつけた。突然の痛みに後ろ足立ちになる馬。イゴールは舌打ちしながら手綱にしがみつく。そのふくらはぎへエリックは次なる攻撃を加えた。
鎖帷子の鉄壁の守りからはみ出た部位への攻撃に苛立ちを募らせながら、地上の敵に向けて魔剣を振り下ろそうとするイゴールだったが、興奮状態の馬がその動きを妨げる。
エリックはすばやく回り込むと、続けて反対側の足首を狙い、剣先を突き立てた。
いずれも靴などに阻まれ、攻撃としては浅い。
だが、執拗にくり返すことで、剣を触れるだけで負けるかもしれないこの難敵を打ち倒す勝機が生まれることをエリックは狙った。
「くそっ!」
業を煮やしたイゴールは、無謀にも自らが騎乗する馬の首元に魔剣を突き立てた。魔剣が妖しく光りを放ち、馬は暴れる間もなく、萎れるように地面へと崩れ落ちていく。
やがて、イゴールは馬から離れ、大地にその足をつけた。
エリックに刻まれた小さい傷が刺すような痛みを伝えてくるが、馬の生命力を吸ったイゴールにはさほど問題ではない。
「……お前、馬を——⁈」
その行為に絶句するエリック。エリックにとっては馬は戦の大切な相棒であり、慈しむべき対象である。それを無碍に扱うイゴールの態度は、あまりにも信じがたいものであった。
「ヘッ! これでちょこまかと逃げられねえぞ?」
魔剣を雑に構えながら、ニヤニヤと近づいてくるイゴール。エリックは眉間にシワを寄せながら「クソッ」と罵倒の言葉を漏らした。
膝下までの鎖帷子に守られたイゴールの身体は、鉄壁の要塞のようなものである。
まず、剣による斬撃は効果がない。
弱点があるとすれば、矢や槍のような刺突攻撃か、鎖帷子で守られていない頭や膝下を狙うぐらいしかないだろう。
——そのうえ相手の剣に触れられてはいけないんだとよ……。
あまりの制約の多さに、エリックは思わず笑ってしまいそうになる。




