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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第三章 襲撃

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第29話 雷を招く

 街道の先に騎馬姿の盗賊たちが十数騎ほど待ち構えている。

 その中央には、膝下まで鎖帷子で覆われた堂々とした体格の髭面の男がいた。


 あれが野盗団の首領イゴールだろう。

 首領を中心とした一団は、ちょうどフィンたちのいる見張り台から死角となっている森の陰に陣取り、落ち着いた様子で前方の戦いの行方を見守っていた。

 すでに最前線で戦う野盗の姿は、村人たちの奮戦の甲斐もあり、十名以下にまでその数を減らしている。もはや敗戦寸前といってもおかしくない。

 それにもかかわらず悠然と構える首領の態度に、かえって薄ら寒いものをエリックは感じていた。


 そして疲弊しきっているのは、コルト村の住人たちも同じである。

 盗賊の刃に倒れた者だけでなく、負傷し離脱した者など数多くの農夫たちが戦場を離れ、いまではエリックとグレンを含めて十名ほどが残るだけであった。

 もはや、これ以上、仲間を失うわけにはいかなかった。

 あわよくば首領をおびき寄せ、見張り台からの一斉射撃で仲間もろとも討ち取りたいところだが、すでに弓矢による攻撃が待ち構えていることは周知の事実であろう。

 エリックは、どうにかして誘き出す手がないかと思案しながら、遠く馬上にいる首領の姿をじっと見つめた。すると、なにかを察したかのように首領もエリックに視線を向ける。離れた位置ながら交差する二人の視線。

 エリックはあらんかぎりの憤りを込めて睨みつけたが、首領はそんなエリックをあざけるように笑った。

 そして背後にいた幹部らしき野盗を呼びつけると、エリックを指差しながら、なにやら指示を与える。見事な口髭を生やした幹部は、首領の言葉に大きく頷くと、やがて乗っていた馬を操り、ゆっくりと前へ歩き出した。


「……おい、なんか来るぞ?」


 戸惑ったエリックがグレンに声をかける。

 武器を構えるでもなく、馬を駆って急襲するでもなく、のんびりと近づいてくる敵の姿に、グレンも首を捻った。


「なんだろね? 降参かね?」

「いやぁ……そりゃねぇだろ。とりあえず油断すんなよ」


 エリックがそう告げたそのとき、突如、幹部が疾風のように駆け出した。

 その動きに呼応するように、首領の周囲から馬に跨った野盗が五騎、その幹部の後を追うように飛び出してくる。

 騎馬姿の盗賊たちは、その機動力を活かして一気に詰め寄ろうとする。

 あまりにも急な動きだったため、見張り台の弓矢の準備も間に合わない。


「来るぞ! 構えろ!」


 忌々しげに舌打ちしながら、エリックはグレンたちに指示をかけた。

 だが、次の瞬間、幹部に率いられた野盗たちは急激に進路を曲げ、街道を外れて左手にある丘陵地を駆け登り始めた。


「しまった!」


 エリックは思わず叫んでしまった。

 騎乗した六騎の盗賊は、真っ直ぐフィンたちのいる見張り台めがけて、土煙を上げながら丘を駆け登っていく。

 気づいた農婦たちが近づけまいと矢を放つが、散開しながら一気に距離を詰めてくる騎馬相手に一本も命中させることができなかった。


「——当たんないっ!」

「近づいてくるよ! 矢を早く‼︎」


 見張り台の中は、大混乱となっていた。

 強靭な弓を引き、大きな戦績を上げているとはいえ、本来は温和な農婦たちである。武器を持った盗賊が次第に接近してくる圧迫感に耐えきれず、パニック状態になっていた。

 慌てているために、せっかく磨き上げた弓の精度も落ちてしまっている。それがなおさらに農婦たちの焦燥感を駆り立てていた。明らかに悪循環であった。


「……この調子じゃ、さっき拾ってきてくれた矢もすぐに尽きちまう……弱ったね……」


 リーダー格の婦人がため息混じりにフィンへと告げる。フィンも腕を組んだまま「うーん」と唸くしかなかった。

 ちらりとフアナを見るが、こういうときのフアナはあまり積極的に発言しようとしない傾向にある。案の定、今回も微笑みながらフィンが打開策を編み出すのを心待ちにしている様子であった。フィンの判断力を育むため、あえて手を出さないという教育方針らしい。

 助けを求めて、フィンはダーシーにも視線を向ける。

 床にしゃがみ込んでいたダーシーは、視線に気づくと、少し不機嫌そうに顔をしかめながら、低い特徴的な声で答えた。


「本来なら、フィンやフアナさんに地上へ降りて迎撃してほしいところなんだけど、相手が複数人で、なおかつ馬に乗ってるから、機動力で翻弄される危険性もある。フィンたちがわずかでも離れた瞬間を狙って、ここが襲われる可能性だってないわけじゃない。……たぶんフィンにはここにいてもらった方がいいと思う」

「でもさ、もう矢もなくなるんだよ? どうやって戦えっていうのさ⁈」


 会話を周囲で聞いていた一人の農婦が表情をひきつらせたまま、ダーシーの言葉に食ってかかる。ダーシーはその言葉に大きく頷きながら答えた。


「とりあえず手当たり次第に、そのへんにあるものを投げつけるしかない。しばらく持ち堪えれば、きっとエリックたちが駆けつけてくれるから。それまでの辛抱だよ」


 そこまで言うと、ダーシーはさっと立ち上がる。


「あとは、私の魔法で、どこまで持ち堪えられるかだけど……」


 見張り台にいる全員が期待に満ちた目で、立ち上がったダーシーを見つめた。

 その視線に気づいたダーシーは、少し焦りながら、


「いや……。とはいっても残ってる呪文も少ないからね? 期待しないでよ⁈」


 と弁明する。

 やがて背中にのしかかる期待の重圧を感じながら「なんで言っちゃったんだろうなぁ……」とため息をつきながら、諦めたように前の方へと進み出た。

 右手で杖を構えると、地に響くような発音で呪文を唱える。

 すかさずそれに応じるようにダーシーの頭上に淡い光が灯った。次の瞬間には、まるで輝きがあふれ出てくるかのように急速に明るさを増していき、あっという間に目を焼くような強烈な光へと変貌した。

 そのまま、ダーシーは丘陵地を蛇行しながら駆け上がってくる盗賊を指差して命じる。


「——魔法の矢(マジック・ミサイル)‼︎」


 その声とともに、頭上に浮かぶ閃光のなかから三本の光の矢が生まれ、目にも留まらぬ速度で、真っ直ぐに尾を引きながら盗賊めがけて飛んでいく。

 盗賊たちが気づいた瞬間、回避する余裕も与えず、魔法の矢はダーシーの狙いどおり幹部風の盗賊と配下の盗賊二人にそれぞれ命中した。弾けるように閃光がまき散らされ、盗賊たちが馬から転げ落ちるのが見えた。


「やった!」


 見張り台の婦人たちが歓喜の声を上げる。

 だが、


「いや、まだだ!」


 フィンの声が鋭く飛んだ。

 落馬したのは部下の盗賊二人だけで、口髭を生やした幹部らしき男は痛みに顔を歪ませながらも勢いを失わず馬を駆って走りつづけていた。落馬した盗賊たちも、そのうちの一人は衝突した勢いで転げ落ちただけで、すぐさま起き上がると馬にまたがり、先頭を進む幹部の後を追いかけていく。


「……効いてないじゃん!」

「絶対効くなんて言ってないでしょ! こういう魔法なの‼︎」


 フィンの言葉に噛みつくように言葉を返すダーシー。


「なんか他にはないのかよ? あの爆発する火の玉みたいなやつとか……」

火球(ファイアーボール)は、あれで打ち止め! あんな魔法、そう何発も撃てないって! いいから黙ってて‼︎」


 忌々しげな表情でフィンを威嚇すると、ダーシーはふたたび杖を構え、さきほどと同じ呪文を唱えはじめる。またも光り輝く魔法の矢が出現し、空中に光の残像を残しながら最短距離で疾走する盗賊へと炸裂した。今度は攻撃を分散させず、すべての矢を口髭の幹部に集中させる。

 さすがの幹部もその衝撃には表情を歪めた。魔法の矢が突き刺さった勢いで、人馬ともにバランスを崩し、たたらを踏むようにその場で二、三歩足並みを整える。だが、またしても落馬することなく、幹部は呼吸を整えると進撃を再開させた。その表情は怒りで真っ赤に歪んでいる。


「……なんか逆効果だったっぽいね……」


 フィンは、ますます勢いづいて接近してくる野盗たちの姿を見ながら、呆れたようにつぶやいた。


「んもうっ! 効かないにもほどがあるでしょ! どんだけ丈夫なのよ、あいつッ!」


 ダーシーは行き場のない怒りに声を荒げた。

 突然の叫び声に見張り台には重い空気が立ち込める。農婦たちは心配そうに小柄な魔法使いを見つめていた。

 しばしの沈黙。

 なんとか気持ちを落ち着かせたダーシーが、ため息をつきながらフィンへと振り返る。いまにも泣き出しそうに薄い唇を小刻みに震わせながら、呟くように言った。


「……ごめん。あとはもう眠りの呪文とかしか残ってない……。私じゃ無理だったみたい……」


 その悲痛な様子に、どのような言葉をかけてやるべきなのか、フィンにはわからなかった。

 お互いに言葉を失う二人。

 しかし、その静寂を破るように背後から朗らかなフアナの声が響いてきた。


「じゃあ、あれ使っちゃいましょう。——雷撃のスクロール」


 ぎょっとして二人は声の主を見つめる。その反応にフアナは逆に驚いたように目を見開いた。


「……あ……。ダメなんでしたっけ?」

「いや、ダメじゃないけど……。ダーシー、いいのか?」

「い、いいわけないでしょ⁉︎ あんた、どれだけ貴重な……」


 間髪をいれず反対したダーシーだったが、すぐに状況を思い出したのか、次第に尻すぼみとなっていく。そして下を向くと「むー」と唸りながら、さまざまな葛藤と対峙する。

 やがて意を決したように顔を上げると、


「わかった。使おう……」


 と呟くように告げた。

 

 ダーシーは身につけていた皮袋から羊皮紙を引っ張り出すと、素早い手つきで巻きついた革紐をほどいた。

 開けば、やはり未練がわいてくるらしい。

 名残惜しそうに羊皮紙に書き込まれた神代文字を何度も眺めている。だがすぐに諦めたようで、スクロールを掲げると複雑な発音で呪文を丁寧に読み上げていく。

 呪文を唱えるうちにスクロールに書かれた神代文字が、まるで熱を帯びたかのように真っ赤に輝き出す。

 それとともに急激に見張り台を中心とした上空の天候が荒れはじめた。

 真っ黒な雲が空を塗りつぶし、丘陵地を突然の強風が吹き荒れる。

 季節外れの遠雷が分厚い雲の奥でゴロゴロと轟く音が聞こえてきた。


 やがて、ぽつりぽつりと雨が降りはじめる。

 恐ろしく局所的に、丘陵地だけを濡らす雨。

 その不自然なまでの天候の変化にうろたえた盗賊たちが馬の足を止める。全身を濡らす雨に眉をひそめながら、幹部の名を呼び、指示を仰いだ。

 口髭の幹部は険しい表情で周囲に視線を巡らし、なにかを察したらしい。顔を歪めて舌打ちした。


「……くそっ! 魔法だ! 逃げろ!」


 だが、そのとき呪文を唱え終えたダーシーが叫ぶ。


招雷(コール・ライトニング)!」


 その声とともに天が閃光を放った。

 急激な光の洪水に視界が真っ白に染まる。

 次の瞬間、耳をつんざく激しい破裂音が大気を震わせ、同時に強烈な衝撃が連続して大地を揺さぶった。

 見張り台の農婦たちも耳をふさぎながら悲鳴を上げるが、轟音によってその声もかき消されてしまう。

 至近距離での落雷は、フィンたちの想像するよりも凄まじい迫力であった。

 立て続けに降った数本の雷撃によって丘陵地の大地は黒く焼け焦げ、周囲の草木からチロチロと小さい炎が立ち上っている。焦げた臭いとともに鼻を突く嫌な臭いが周囲に立ち込めていた。

 

 稲妻を生み出すと、魔法の効果は切れたようで、空を埋め尽くしていた暗雲もどこかへと消え去っていく。すぐに夏の午後の晴れやかな日差しが戻ってきた。


「……すげえな」


 あまりの威力に見張り台の全員が呆然と立ち尽くした。

 農婦たちは言葉を失い、フィンも一言を絞り出すのがやっとであった。

 スクロールによって呼び起こされた落雷は、見張り台に迫りつつあった盗賊を一人残らず打ち倒していた。馬も人も、強大な電撃の直撃、あるいは付随して発生した一帯への放電によって、あやまたず絶命している。

 やがて、落雷の衝撃から醒めた農婦たちが「やったぁ!」と歓声を上げはじめた。

 ふうっとダーシーも緊張の糸が切れたのか、大きく息を吐く。

 やがて、呆れたようにつぶやいた。


「……やばすぎだって」

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