第28話 エリック
フィンはエリックに別れを告げると、ふたたび見張り台のある丘陵地を登り始めた。
途中、農婦たちが放った矢のうち当たらなかったものが、大量に地面に散らばっているのを見つけると、フアナとともに拾い集めて見張り台へと持ち帰った。
「おかえり! 見てたけど、坊や、すごいじゃないか!」
農婦たちは持ち帰った矢にも喜んでくれたが、それ以上に、フィンとフアナが無事戻ってきたことを喜んでくれた。
フィンたちを取り囲んで迎える婦人たちの後ろで、ダーシーも嬉しそうに微笑んでいる。
「いやあ、フアナさんも強いのねぇ……たまげちゃったよ」
神の眷属たる能力を秘めておきたいフアナは、思いがけず話題の中心となってしまい、なんともばつが悪そうにしている。幸い、常人離れした能力のことは気づかれていないようだ。フィンは悪戯そうに笑いながら「母さんは、幼い頃から僕の稽古相手になってくれていたんですよ。僕よりも母さんのが強くなっちゃったかもしれません」と助け舟を出した。
へぇ〜と感嘆の声を上げる農婦たちの背後で、助かったと言わんばかりに目をぱちくりさせるフアナ。フィンはニヤニヤが止まらなかった。
ひとしきり再会を喜び合った後、フィンは見張り台の皆に向けて、これから敵の本隊がやってくること、そしてエリックの指示でそれまでは待機することを伝えた。
街道では、盗賊の残党相手にエリックが鬼神のような奮迅ぶりを見せている。
「うわー、エリックすげえな」
「本当。あれで引退した傭兵なの?」
「エリックさんが敵じゃなくて良かったねえ」
居間でテレビでも見ているかのように、見張り台の上からエリックの活躍を農婦たちと眺めながら、ああだこうだと好き勝手に呟いていた。待機を命じられるまでもなく、エリックの危なげない戦いぶりには助勢の必要性をこれっぽっちも感じることができない。
気の抜けた表情で、フィンは所在なげに呟いた。
「敵の本隊はどこから来るんだろ?」
「……さあ? それを見張るのがわたしたちの仕事でしょ? まあ、敵さんは自信があるみたいだし、小細工なしでこのまま街道から攻めてくんじゃないの?」
ぶっきらぼうに答えるダーシー。果たしてその読みどおりとなった。
街道にいるエリックが接近してくる敵の姿に気がつき、見張り台のフィンに向かって大袈裟になにかを叩く仕草を見せる。フィンたちはそれに従い、吊るされた鉄板を激しく打ち鳴らした。
野盗の本隊が現れたことを、村じゅうに知らせる合図だ。
警鐘に引き寄せられるように、村の要所に配置されていた腕に覚えのある農夫たちが街道へと集まってくる。その中にはコルト村で最凶の顔面を持つ巨漢グレンも含まれていた。
エリックとしても、これが最後の戦いだと考えているらしい。
他の守りが手薄になっても戦力を集中させる考えだ。
「ここが正念場だぞ!」
エリックは、集まってきた農夫たちに向けて檄を飛ばした。
彼らは、フィンが打ち鳴らした警鐘によって呼び寄せた選りすぐりの戦士たちで、コルト村にいくつかある防衛拠点の要として配置していた人材である。伝令を送り「次に合図があったときには街道に集まるように」と伝えていたのだ。
本当であれば、最初の襲撃だけで済んでいればよかったのだが……。
エリックは、街道一帯に倒れる数多くの骸に目を向けた。野盗だけではない。昨日までは隣人として村で暮らしていた農夫たちも少なからず物言わぬ姿となり、街道に倒れていた。
皆、身を挺して村を守った英雄であった。
彼らが守ろうとしたものを、なんとしても守らねばならない。
エリックは強く決意した。それは、まるで鍛冶仕事をするときのように、自分の内にある炉に真っ赤な炎を燃え上がらせるかのような決意であった。
「来たぞ!」
村人の誰かが吠える。
その声とほぼ同時に盗賊たちのいる方向から無数の投石が突然の豪雨のように降ってきた。頭上から激しく身体を打つ大小さまざまな石つぶて。エリックは落ちていた小型の丸盾を拾い上げると、それで頭を守った。拾った石を投げるだけの単純な攻撃だが、硬い石が勢いよく飛んでくるわけで、意外にその効果はバカにできない。
「盗賊が持っていた盾が落ちてるから、それで身体を守れ!」
エリックは周囲の村人に向けて指示を飛ばした。
そして、見張り台のフィンに大きく手を振った。わずかな間を置いて、そのジェスチャーの意図を明確に把握したフィンによって見張り台から一斉に矢が放たれる。
密集する雨のように降りしきる矢によって投石紐を持った盗賊たちが、地へと倒れていく。その隙にエリックたちは突撃を始めた。
「行くぞ! 好機を逃すなっ!」
雄叫びをあげて、エリックやグレンたちが長剣を構え、盗賊めがけて突進していく。盗賊たちもそれに応えるかのように怒号をまき散らしながら駆け寄ってくる。
ほどなく中間地帯で両者は激突した。
戦巧者のエリックは、長剣を巧みに操り、一瞬にして二人の野盗を葬り去る。
腕力が飛び抜けているわけでもない。スピードもそれほど速いわけでもない。
エリックは自身の強さの秘訣を、位置取りにあると考えていた。
まだ青臭かった青年時代にコルト村を飛び出し、戦いの世界に身を投じてから十数年。それこそ文字どおり命を懸けて身につけた技術である。
いまでは特に考えずとも、どこに立てばいいのかわかるようになった。
新たに目の前に現れた敵の攻撃を、さきほど拾った丸盾で受け流す。その隙に相手の首筋に思いっきり剣先をねじ込んだ。
次は右だ。
野盗の喉元に剣を刺したまま、左側へまわり込むように歩を進めると、右手から襲ってきた敵に向かって、剣先で絶命する野盗の身体を押しつける。思わぬ障害物に相手がバランスを崩すと、横薙ぎに耳の辺りを斬りつけ、その命を奪った。
敵の練度はさほど高くない。
装備を見ても、事前情報どおり寄せ集めが中心らしい。
……この程度なら、いけるか?
エリックは戦いながら、この戦況の行く末を冷静に見極めようとした。
気になるのは、敵の首領が持っているという、呪いの魔剣とやら、だ。
そんな夢物語みたいな、と代官たちとの協議の場では、よくあるホラ話として話題にもならなかったが、本当だったらなかなかに面倒臭い話である。
……そのときは覚悟を決めるしかないな。
エリックはそう考えながら、押し寄せる盗賊たちを次から次へと葬っていった。
「グレン、大丈夫か?」
ふと思い出したように、背後にいるグレンへと声をかける。
グレンはその恵まれた体軀を誰かに押し潰されたかのように縮めながら、びくびくと怯えた表情で落ち着きなく周囲に視線を泳がせていた。いまにも緊張で死んでしまうのではないと思うくらい、顔面蒼白で小刻みに震えている。
エリックの声に、小さくうんうんと頷き返していた。
「……いや、全然大丈夫じゃないだろ?」
呆れた表情でエリックが呟くと、それにも頷くグレン。言葉の意味など伝わっていないようであった。
エリックは、ふうぅっと長いため息を漏らした。
剣を下ろすとグレンの隣に移動し、ぽんと軽くその肩を叩く。
「あのな。思い出してみろ。訓練でそのお前の馬鹿力を止められたやつがいたか?」
グレンは、目をぱちくりさせながら、小さくかぶりを振る。
エリックはその表情を覗き込むように見上げながら、笑顔で「だろ?」と言った。
「あの生意気なフィンの小僧だって、グレン、お前さんの一撃には耐えられず、すっ飛んだんだぞ? 覚えてんだろ?」
グレンはうんうんと頷く。
「安心しろ。お前は強い。俺が見ててやるから、やってみようぜ?」
エリックは満面の笑顔でそういうと、ぶ厚いグレンの胸板を拳で叩く。
ようやくグレンの表情に正気が宿ったようで、控えめな笑顔とともに力強く頷き返した。
ちょうど野盗がひとり駆け寄ってくるところだった。
「構えろ」
エリックの指示でグレンが長剣を構える。そして、タイミングを見て放たれた「薙ぎ払え」の指示で、不幸な盗賊の身体を真っ二つに折り曲げながら吹き飛ばした。
「あー。剣の腹で叩いちまったな……。剣は刃を立てないと切れねぇんだ……」
エリックは呆れたように言った。グレンは困惑した表情で首を捻りながら、繰り返し剛腕を振るいつづける。そのたびに何人もの盗賊の身体が木の葉のように宙を舞った。
「エリック。俺、だんだんわかってきたよ!」
「さすがだなー、その調子で頼むぞ! ……間違っても俺に当てるなよ?」
グレンは笑顔で釘を刺した。
日々の訓練の様子から想像はしていたが、筋骨隆々としたグレンの生み出す破壊力はそれ以上である。期待以上の戦力が補強できたことで、エリックの中で勝算が見えてきた。
押し寄せる盗賊団を相手に一歩も引かず、コルト村の農民たちは戦いつづけている。
確実に盗賊団の頭領とやらに迫りつつあるのだろう。次第に敵もその強さを増しつつあった。腕も装備も格段に上がっている。その刃に倒れる村人も増加する一方だ。
いつも真面目に訓練に参加していた年若い農夫の剣が空を切り、嘲笑とともに野盗の戦斧で首筋を裂かれる。
グレンが怒りとともに横凪ぎに剣を振るうが、戦い慣れている野盗はサッと退き、間合いを外した。次の瞬間、身体を回転させながら戦斧をグレンの脇腹めがけて叩き込んでくる。
エリックは舌打ちしながら、二人のあいだに割って入ると、戦斧の柄を抱えるように受け止めた。
肋骨に激痛が走る。
顔をしかめながら、エリックは手にした剣で野盗の側頭部を薙ぎ払う。
どうっと倒れる野盗の姿を見届け、大きめのため息をついた。
その傍らには若い農夫の遺体が横たわっていた。
……ロブの息子だったな。
酒場でいつも下品に笑う丸顔の農夫の姿を思い出す。年老いた農夫の楽しみは酒場で息子の自慢話をすることだった。
エリックは眉をひそめ、小さく息を吐いた。
「グレン、大丈夫か?」
同じくロブの息子の遺体を見つめながら悔しそうに顔をしかめていたグレンに声をかけた。
「あ、ああ、うん。エリック、ありがとう」
「気にするなって。頑張ったな」
いつもどおり気弱そうな表情を浮かべたグレンの肩を笑顔でポンと叩くと、ふと、エリックは視線を見張り台へと向けた。
フィンがいてくれたら、とも思うが、戦場からさほど離れていない場所に射撃部隊を置き、その護衛を安心して任せられるのはフィンをおいて他にはいない。
いまは、この戦力で乗り切るしかないのだ。
エリックはまとわりつくように近寄ってくる盗賊たちと切り結びながら、次なる手を考えていた。
少し離れた場所ではグレンが大暴れをしている。怪力に耐えられなくなった長剣はすでに歪み、軽く曲がっているものの、グレンは一切気にせずに次から次へと盗賊たちを吹き飛ばしていた。そのうちの一人などはごろごろと地面を転がりながら、街道のかたわらを流れる川のなかへと落ち込んでしまう。
その滑稽な姿に思わず笑みを漏らしたエリックだが、なにかに思い当たったように突然、真顔で「……なるほど、その手があったか」とつぶやいた。すぐさま近くにいた村人を呼び止めると、エリックは顔を近づけ、小声でなにかを伝える。 それを聞いた村人は、一瞬怪訝そうな表情を浮かべたものの、頷くと後方へと走り去っていった。
「グレン! 前へ押し込むぞーーッ!」
エリックは剣を振り上げながら割れ鐘のような大声で号令をかける。
「おうっ!」
呼応してグレンも大気を揺らすような野太い声を張り上げた。
コルト村でも一二を争う巨漢が揃って猛突進をかける。その迫力に押され、足の止まった盗賊たちの真っ只中へ飛び込むと、二人は鬼神のように暴れまくった。
おのずと二人を取り囲むように盗賊たちが密集していく。
そこにエリックのあとを追ってきた農夫たちが援護するように盗賊の背後から襲いかかった。だが、その手には剣ではなく、真っ黒な塊が握られている。
「これでもくらえ!」
農夫たちは泥の玉を盗賊たちの顔めがけて叩きつけた。粘着力のある泥が盗賊の顔にへばりつき、容赦なくその視界を奪う。
いつどこから襲ってくるのかわからない恐怖。とたんに野盗らは大混乱に見舞われた。
恐慌状態となり悲鳴を上げながら、やみくもに剣を振るう盗賊たち。密集していたため、あちらこちらで同士討ちが発生する。
その隙にエリックたちは片っ端から野盗たちを切り捨てていった。
前線が総崩れになっていることに気づいた盗賊が慌てるように後方から救援に駆け寄ってくる。だが、その横っ面めがけて見張り台からの一斉射撃が浴びせられた。
前方ばかりに気を取られ無防備だった盗賊団に容赦なく矢の雨が降り注ぐ。野盗らは、いくつもの矢を身体に突き立てたまま地に倒れていった。
「……やるな、フィン」
エリックは、絶妙なタイミングでの援護射撃に賞賛の声を漏らした。笑顔が止まらない。
「いまだ! 一気に攻め込むぞ! 二度とコルト村に来れないようにしてやれ!」
「おお!」
エリックの鼓舞の声に周囲の農夫たちは力強く応える。戦いに傷つき、疲弊しきった農夫たちであったが、振り絞るような勇猛な攻撃によって、次第に敵の本隊へと近づいていった。




