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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第三章 襲撃

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第27話 初陣

 幼馴染が戦場に向かう姿を横目で見届けたダーシーは、「さあて……」と呟く。

 真剣な表情で見張り台の上から街道の様子を眺めた。

 

 いまだ壮絶な戦いが繰り広げられている。

 十数名いたコルト村の住人は、残り数人までに数を減らしていた。

 その一方で盗賊たちは、弓矢の一斉射撃によって倒れた先発隊を補充するように十名前後の手勢が新たに送り込まれていた。その圧倒的な武力差によって戦闘は次第に蹂躙へと様相を変えつつある。

 

 ダーシーの表情が、ふたたび歪む。

 ダーシーは杖を構えると、低い声で複雑な音節の呪文を唱え始めた。

 なにも持たない左手の指が空中をかきむしるように激しく動かされる。

 その異様な様子に、見張り台の婦人たちも固唾を飲んでダーシーを見守った。

 やがて杖の先端が、わずかに赤く光をまとう。

 それまで背中を丸めていたダーシーがスッと背筋を伸ばし、そして命じた。


「——火球(ファイアーボール)‼︎」


 途端に生じた真っ赤な渦巻く炎の塊が、ダーシーが突き出した杖に従い、眼下の野盗の集団めがけて火の粉を撒き散らしながら飛んでいく。


「なっ……⁉︎」


 大気を焼く激しい燃焼音によって急襲する火球に気づいた野盗たちであったが、もはや逃げ惑うこともできず、その真っ只中に火球は激突した。轟音とともに爆発する火球に盗賊たちの身体が吹き飛ばされる。炸裂の衝撃によって命を落とした者、撒き散らされた炎に焼かれ、苦しげにのたうち回る者、数多の野盗が地に倒れる。


「魔法使いがいるぞ! 気をつけろ!」

「んなの聞いてねぇよ⁉︎」


 そんな悲鳴にも似た叫び声が野盗団の中に飛んだ。

 そこに農夫たちがふたたび襲いかかる。

 野盗もかろうじて応戦するが、火球の爆発による混乱で連携もままならず、次第にその数を減らしていく。なによりも元より寄せ集めの集団である。たまらず逃げ出す者も出てきた。


「テメェら、お頭が来るまで持ち堪えろ‼︎ 逃げ出したヤツは俺がぶっ殺すぞ⁉︎ いいな!」


 がっちりした体格の禿げた盗賊がドスのきいた声で周囲に怒鳴り散らす。だが、いきなり何者かによって背後から切りつけられ、あえなく絶命してしまった。

 フィンとフアナであった。

 転がるように丘陵地を下ってきた二人は、勢いそのまま、農夫たちと戦う盗賊団の背後に飛び込んでいく。手始めに、なにやら叫んでいた坊主頭の巨漢を葬ると、フィンは両手に構えた小剣で舞い踊るように盗賊たちに切りつけていく。いかに経験豊富な盗賊たちといえども、フィンの練度との差は明らかであった。

 振り下ろしてくるロングソードを右の小剣で受け流し、体勢が崩れたところを左の小剣で急所を貫く。突いてくる剣を左の小剣で叩き落とすと、回転しながら右の小剣で首筋を切り裂く。

 押し寄せてくる盗賊たちを少しも近づけず、次々と戦闘不能に至らしめていった。


「——このガキ、手強いぞ!」

「おい、あっち見ろ! 女だ!」


 盗賊たちはフアナに目をつける。

 はかなげな表情と華奢な体格、そして清楚な立ち姿から、血塗られた戦場にいるのが目の錯覚ではないかと疑いたくなるフアナであったが、盗賊たちのギラギラした目に囲まれると、胸の高さほどの棒を手にしたまま、にっこりと微笑みかけた。


「こんにちは」


 その玲瓏な声を合図とするかのように、一斉に盗賊たちが襲いかかる。

 フアナは笑顔のまま棒を手繰ると、下卑た笑みを浮かべた顔面めがけて棒の先端を一気に突き入れる。その衝撃で首の骨が折れ、野盗の身体はありえない形で折れ曲がったまま地面に転がり、動かなくなった。

 周囲にいた盗賊たちは、なにが起こったのか理解することができなかった。

 その隙にフアナは素早く棒を引き寄せ、今度は旋回させると、別の野盗のがら空きの胴体へと叩き込む。その一撃に胸郭はひしゃげ、格納されていた臓器ともども押し潰された。なにかが漏れるような音を喉から発すると、男はそのまま倒れ、絶命する。

 こともなげに屈強な男どもを瞬殺する姿を目撃し、欲望の捌け口にしか見えてなかった絶世の美女が実は危険な存在だということに周囲の盗賊たちもようやく気づき出した。それでもまだ自分の直感を信じられない者が数人、奇声を上げながら襲いかかるも、あっさりとフアナに打ち据えられ、いびつな形状で葬り去られる。


「……お、お前、何者だ……?」


 高まる緊張感に顔を引き攣らせながら盗賊の一人が呟く。

 その声にフアナは小首を傾げながら、


「……ただの粉挽きですが」


 と答えた。

 

 理解できる範囲を超えた回答に凍りつく野盗たち。その背後をフィンが襲い、器用に片づけていく。

 寄せ集めなだけに盗賊たちの装備もまちまちであったが、革鎧すらも身につけず、盾と剣だけという者が多いようだ。リーチの短いフィンの小剣では攻撃が届きにくい相手ではあったが、機動力を生かし、急所攻撃をくり返して行った。


「調子に乗るなよ、小僧!」


 そこに怒号を撒き散らしながら、膝下まである鎖帷子を着込んだ重装備の盗賊が襲いかかってきた。その身格好からするに、傭兵くずれ、もしくは騎士の副業のようである。

 腰のあたりに下ろした両手で構えたロングソードをややフィンの方に傾け、足を止めず動きまわりながらフィンの出方を窺う。その位置の取り方から相当な熟練者であることがわかった。

 試しに左剣を突き出すが、ステップで微妙に距離を外され、フィンの攻撃は空を切る。代わりにフィンの足元を薙ぎ払うように盗賊がロングソードを旋回させた。武器のちょっとした長さの違いが、圧倒的な優劣の差を生み出してしまっている。

 フィンは舌打ちすると、引き戻した左剣でその攻撃を受け止め、勢いに乗じて一気に間合いを詰める。そして渾身の一撃を盗賊の胸元に叩き込んだ。

 ガンッッ! という鈍い音が鳴り響く。

 フィンの小剣は、身体を覆う鎖帷子にはばまれ、その刃を男の皮膚まで届かせることができなかった。至近距離からニヤリと笑う男に恐怖を感じ、フィンはあわてて男の腹部を蹴り飛ばすと相手を遠ざけた。


「どうした小僧、チェインメイルは初めてか?」


 嘲るように笑う男。

 フィンもふんっと鼻を鳴らし、負け惜しみを言う。


「初めてだけど、まあ、そんなもんかって感じだね。——次は斬る!」

「ははっ! 勇ましいな。やれるもんならやってみろ」


 男は、ロングソードを片手で持つと、空いた手で樽のような自分の腹をバンッと威勢よく叩いた。つなぎあわされた金属の輪がこすれ、グシャリと鳴る。斬ってみろということらしい。


 そっちがそのつもりならば——。


 フィンは再度一撃を浴びせるべく体勢を立て直す。

 だが、さきほど試したとおり、ふつうにやっても刃は通らないだろう。それならば剣身を立てて一点に力を集中させて突き込めば破れるかもしれない。

 フィンは手首を重ね合わせ、右剣を前に差し出した状態で腰に構えると、そのまま突撃していく。

 だが、その選択すらも男は予期していたらしく、にやりと笑うと「バカめ!」と真上から全身の力を込めた一撃を振り下ろしてきた。


 間に合わない!


 フィンは死を予感する。

 咄嗟に鼻腔から大量の空気を吸い込み、過限駆動(オーバークロック)を起動させようとした。

 そのとき、視界の端を白い影が横切る。


「……?」


 ゴッという鈍い音。

 振り下ろされないロングソードの鋭い刃。

 フィンは発動しかけた異能を解除しながら、頭上を見上げる。そこにはフアナが片手で差し出した白木の棒があった。

 フアナの持つ細身の木の棒は、男が放った渾身の斬撃をしっかりと受け止めていた。

 片腕で支えるその膂力も驚きだったが、ただの木の棒にもかかわらず鉄の刃を受け止め、なおかつ傷ひとつついていないことに、フィンも、そして盗賊の男もその目を疑った。


「……な、なんだ? てめえ……それ……」


 盗賊の男は驚きのあまり語彙力を失う。

 その胴体に勢い止まらぬフィンが激突した。構えた小剣が見事に鎖帷子(チェインメイル)を突き破り、根元まで貫く。


「……な⁉︎」


 男は唖然とした表情で自らの身体に突き立てられた小剣を見下ろすと、やがて力尽きたように大地へと崩れ落ちた。

 フィンは刺さった小剣を抜き去りながら、ふうっと大きくため息をつく。


「フアナ、ありがとう、助かったよ。……すごいね、それ、魔法なの?」

「これですか?」


 意外そうにフアナは自ら握る棒に視線を投げる。なんの変哲もない細身の木の棒だが、さきほどの激しい斬撃にもまったく傷つくことなく、携えてきた当初の姿をそのままに保っていた。

 フアナは少し思案した後に、


「……魔法ではないのですが、似たようなものかもしれませんね」


 と答えた。


「要は……魂糸の力の流れを揃えて、性質を強化しただけなんですが、魔法も魂糸に宿る力をかき集めて利用しているものなので、あながち間違いでもありません」

「あれ? 魔法のエネルギー源は魔力でしょ?」


 フィンは不思議そうに尋ねた。

 ダーシーも魔法を使うために必要不可欠な要素だと言ってたはずだ。

 しかし、フアナはその反応に対して横に首を振った。


「……そういう風に人間たちに解釈されている、というだけです。私たち転生神の眷属からすれば『魔力』というものは存在しません。ただ魂糸があり、その魂糸に宿る力があるだけです。……言ってみれば、魔術とは本来人間には扱えないはずの魂糸の力を利用する裏技みたいなものでしょうね」


 その説明からすると、どうやらフアナは、魂糸のエネルギーそのものを利用することはできないが、その状態を変化させることはできるようだ。「力の流れを揃える」の意味についても、正直よくわからないが、水分子が気体から液体、固体へと状態変化するようなものだとフィンは解釈した。まあ、要するにその結果、鉄の剣にも傷つかず、巨漢の渾身の一撃にも曲がることのない木の棒が誕生した、ということらしい。


 ……それもう、魔法だよね。


「ねえ、フアナ。もしかして、俺の着ている服も強化できるとか?」


 軽くて強い高性能アーマーが手に入るかもという期待を込めてフアナに尋ねる。だが、フアナは、またしても首を横に振った。


「……残念ですが、神の眷属ではない今の私は、常に触れているものしかその性質を変えることができないのです。たとえば、ずっと肩に手を置かせていただければ可能でしょうが……」


 戦いの真っ只中にもかかわらず、この上なく申し訳なさそうに表情を曇らせるフアナ。背後にフアナをくっつけて戦う自分の姿を想像し、フィンは苦笑いを浮かべた。

 なんか動きにくそうだし、なによりかっこわるい。

 フィンは乾いた笑顔を張りつかせたまま「大丈夫。……聞いただけだから」とフォローした。

 そこに遠くから「おーい」と誰かを呼ぶ野太い声が聞こえてくる。

 エリックだ。

 筋肉で構成された重量級の肉体を揺らしながら、抜き身の長剣を片手に小走りで駆け寄ってくる。動きとともに身につけている鎖帷子がじゃらじゃらと騒々しく音を立てていた。


「おお、フアナさん。今日もお綺麗で……」


 息切らしながらも、弛緩しきった笑顔でフアナに調子のいい言葉をかけるエリック。フィンはそんな元傭兵の鍛冶屋に「……そういうのはいいから……」と冷ややかな表情を向けた。


「で、エリック、どうしたの?」

「ああ、野盗だが、人数は少ないものの、やっぱり墓地の方からも襲ってきててな。とりあえずは撃退したんで他の様子を見に来たんだが……こっちはどんな感じだ?」

「……まあ、見てのとおりだよ」


 フィンは肩をすくめながら振り返る。

 背後では、盗賊と村人たちがいまだ揉み合うようにして戦いつづけていた。ダーシーの火球魔法とフィンたちの援護もあって、数の利はコルト村の住人たちに傾いていた。


「あとは、盗賊が言っていたんだけど、このあと『お頭』ってのが来るみたいだ。たぶん敵の本隊じゃないかと思うけど……」

「わかった」


 エリックは短く返事した。

 鎖帷子を腰で固定するベルトの位置をいじりながら、


「ここは俺に任せて、フィンは見張り台に戻ってくれ。その本隊ってのが、どれだけいるのかわからないが、ぶつかる前に弓矢で数を減らしておきたい。それまでは待機でいいからな」

「了解」


 フィンは親指を立てた。


「エリックさん、お気をつけて」

「お任せを!」


 別れ際のフアナの言葉に相好を崩したエリックが、声を裏返らせながら大声で応える。


 ……なんとも締まらないなぁ。


 その調子はずれな様子にフィンは呆れた表情を浮かべると、ため息を漏らした。

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