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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第三章 襲撃

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第26話 賊、来たる

 事態が動いたのは、それから半日ほど経ったときのことである。

 領主館に避難していた少年が、代官スペンサーの伝言を携えて見張り台へと息急き切って走ってきた。そして、コルト村の南西にあるティネー村が野盗に襲撃されたことをフィンたちに伝える。

 見張り台の中は騒然とした。

 

「じゃあ、コルトには来ないってこと?」

 

 そんな楽観論も聞こえてきたが、もともとの野盗の計画が「エルガー大森林周辺の村を複数襲うこと」だったことから、フィンは慎重に対応することを決めた。

 異論は出なかった。

 

「……ティネー村の人たちが、野盗を壊滅させてくれればいいのに」

 

 ダーシーがため息まじりに呟く。

 フィンはそれにも首を横に振った。

 

「グレンが手に入れた襲撃計画の情報は、周辺の村にもいちおう伝えたんだけど、なにせ期間が短すぎる。たぶん十分に準備できたのは、以前から有事に備えていたコルト村だけだと思うよ」

 

 それはつまり、野盗たちの思うがままにティネー村が蹂躙されている、という意味でもあった。

 おのずと農婦たちの表情も暗くならざるをえない。なにせ、明日は我が身なのだ。

 

「じゃあ、問題はコルト村にいつ来るか、ってことだね」

 

 ダーシーはそう言うと、再びため息を漏らした。いずれにせよ戦いは避けられないと察したらしい。

 コルト村の順番は、次なのか、同時なのか。

 フィンは、同時と推測した。

 盗賊団が大量のならず者をかき集めているらしいことから、大人数ゆえの短期決戦で来ると踏んでいた。それならば、悠長に村を一つずつ個別撃破するのではなく、同時に叩き潰そうとするだろう。そして、あとは追っ手がかかる前に、戦利品を抱えて蜘蛛の子を散らすように逃げてしまえばいい。

 それを伝えると、ダーシーも頷いて同意を示した。

 

「ってことは、そろそろ来るのかな?」

「……だろうね」

「うう……さすがに緊張するなあ……」

 

 落ち着きないダーシーの挙動に、周囲の農婦たちが愉快そうに笑い出す。

 

「大丈夫だって。あたしらに任せときな」

 

 年長者ならでは余裕ある態度で、娘ほどの見習い魔術師を落ち着かせた。

 

「それに、複数の村を同時に襲うなら、どうしたってコルトに攻めてくる人数も少なくせざるをえないからね。きっと大丈夫だよ」

 

 フィンは淡い期待を口に出す。

 だが、ダーシーは眉をひそめながら首をひねった。

 

「そりゃそうなんだけど……もしも事前に下見とかされてたら、コルト村が柵とかを築いていて襲撃に備えている村だってのは知られていると思うんだよね。もしかしたらエリックやフィンのことも知れ渡っているかもしれない。そしたらさ、むしろ主力が攻めてくる可能性もあるんじゃない?」

「いや、まさかね……」

 

 フィンは力弱く笑った。

 それが現実になることを、このときのフィンは、いまだ予想すらしていなかった。




 最初に異変に気づいたのは、フアナだった。

 

「フィネス、馬の足音が聞こえます。それも複数……」

 

 その声にフィンは胸が締めつけられるように息苦しくなるのを感じた。


 ……いよいよか。

 

「どこ?」

 

 騒然となった見張り台のなか、農婦たちはフアナの周りに集まる。フィンは落ち着いてフアナに尋ねた。

 フアナも泰然たる態度で、こくりと頷く。

 

「あちらの、ハント市につながる街道の方から聞こえます」

 

 いつもどおり平然としたフアナが指差すのは、コルト村内を南北に貫く川に沿って踏み固められた、街道と呼ぶには若干貧相な道を南へと下った方向だった。

 

「……なーんも聴こえないけどねえ……?」

 

 農婦のひとりが、訝しむ様子で呟く。他のみんなも似たような反応だった。

 フィンだけは、フアナの耳が信頼に足る情報源だということを知っている。ぱんぱんと両手を打ち鳴らすと、婦人たちに備えることを提案した。

 

「とりあえず準備してみましょう。来なけりゃいいんですが、もしも本当に来たら……絶対に後悔するでしょうし」

「だよね」

 

 ダーシーは短く答えると、置いておいた杖を手に取り、来襲に備えて身構える。その姿を見た農婦たちもそれぞれ弓を取り、いつでも矢をつがえられる姿勢で待ち構えた。

 

「フアナ、野盗がもう少し接近したら、その金属板を思いっきり叩いてエリックたちに知らせて」

 

 フィンはフアナに指示を出す。

 だが、すぐさまダーシーがその指示に異を唱えた。

 

「……ちょっと待って。やつらが川沿いの道で来るなら、ここからでも矢は届くんじゃない? だったらさ、わざわざ敵にも気づかれるような音を鳴らさずに、こっそり不意打ちしちゃった方がいいんじゃないの?」

「でも、鳴らさないと、逆にコルト村の住人たちは気づかないぜ? それこそ不意打ちされないか?」


 不安そうにフィンが反論するが、ダーシーは揺らがない口調で断言する。

 

「大丈夫だって。私たちが奇襲すると同時に鳴らせばいいんだから。どのみち攻撃した段階で敵にはバレちゃうんだし」

「それもそうだね」

 

 フィンも同意した。結局、ダーシーの策を採用することになり、フィンたちは盗賊たちの到来をじっと待ち構える。刻々と高まる緊張。

 そして、すぐにその時がやってきた。


 


 なんの前触れもなく、隣接する林の陰から馬に騎乗した男が姿を見せた。まさか見られているとも思っていない男は、特に警戒したそぶりもなく、馬上で振り返りながら、おそらくは後続する仲間たちに笑顔を向けている。

 男は街道の先にある集落ばかりを気にしており、丘の上の見張り台にはまだ気づいていないようであった。

 フィンは、弓を持った農婦たちに向けて無言で頷いてみせた。

 それに呼応し、婦人たちも黙って頷き返す。

 これだけ離れていれば聴こえるはずはないのだが、なにかがきっかけでバレてしまうのが恐ろしくて、なんとなく小声になりながらフィンは、もっとも優れた弓の腕を持つ女性と言葉を交わした。

 

「届く?」

「いや、まだだね。もうちょっとだけ待った方がいい」

「わかった。じゃあ、おばさん、合図をお願いしてもいい?」

 

 フィンの頼みに、婦人はニヤリと唇をねじ曲げ「任せといて」と嬉しそうに答える。

 

「全員、毛虫みたいにしてやるからさ」

「……いや、そんなに矢もないし」

 

 フィンは思わず苦笑いを浮かべた。

 農婦たちから小さな笑い声が漏れる。

 

「さあ、やるよ。みんな、構え」

 

 号令役の婦人の指示で、全員が矢をつがえ、軽く引き絞った。

 やがて、木々の隙間から一人、また一人と武装した野盗たちが姿を現す。騎乗姿もいれば、徒歩もいる。それぞれがまとまりなく現れては、先頭で待つ男の元へと集まっていく。 なにやら楽しげに語り合っているようだ。そこに村を襲うという緊張は感じられなかった。

 フィンの心の底から真っ黒な憤りが込み上げてくる。

 

 いまから俺たちの村を蹂躙しようというのに……!

 

 そんなフィンの怒りに呼応したのか、婦人の鋭い号令が飛んだ。

 

「——射てッ!」

 

 引き絞られた無数の弓から激しい弓鳴りの音とともに一斉に矢が放たれる。コルト村の平穏な空気を切り裂き、無数の矢は飛翔すると弧を描いて野盗たちが待ち構える街道へと降り注いだ。

 油断しきっていた野盗たちは、悲鳴を上げながら次々と地に倒れ、運良く生き延びた者たちも身を隠すところを求めて逃げ惑っている。

 

「手を休めない!」

 

 リーダー格の女性の激しい叱咤に、農婦たちは必死になって次から次へと矢を放ちつづけた。

 そこにフアナが野盗の襲撃を知らせる警鐘代わりの鉄板を激しく打ち鳴らす。

 村じゅうに響き渡る金属音をきっかけに、いたるところで農夫たちの地響きのような雄叫びが湧き上がった。集落からも武器を携えた十数名の村人たちが姿を見せ、街道で足止めされている野盗めがけて叫びながら一気に駆け出す。その猛々しい怒号は、見張り台をも揺らすような迫力だった。

 

「ちょっと休みましょう。様子見ながら、次の斉射に備えてください」

 

 フィンは号令役の農婦に声をかけ、見張り台からの弓の斉射をいったん止めさせた。婦人たちは一息つきながらも、そのあいだに残りの矢の本数を確認し、次の一斉射撃に備えて準備を整える。

 ふと農婦のひとりが手を止めた。

 

「あれ? うちの父ちゃんだよ……」

「ほんとだ。あ、うちのもいるわ。がんばれよー!」

 

 農婦たちは見張り台から身を乗り出すと、野盗めがけて突撃する家族の勇姿に歓声を上げる。だが、迎撃しようとする賊との距離が近づくにつれて言葉数は少なくなっていき、ちょうど丘陵地のふもとあたりで両陣営が激突するころには、農婦たちは誰しもが不安そうな面持ちで押し黙ってしまった。

 これは遊びではない。命の奪い合いなのだ。

 そして、それを深く思い知らせるように、最初にひとりの農夫が、盗賊たちが放った矢によって地に倒れた。

 

「——あんたぁぁぁぁ!」

 

 その光景にひとりの女性が見張り台の上で絶叫する。

 倒れた農夫の伴侶であった。

 泣き腫らしながら弓を取り報復しようと激しく取り乱す農婦を、周囲の婦人が懸命に抱きしめて、なだめようとする。

 そのあいだにも、続々と犠牲者は増えていった。

 いかに鍛錬を積んでいても、戦いの日常に身を投じる盗賊たちとの実力差は、そう簡単には覆せなかった。数で勝るはずの農民たちも、わずか数名の野盗たちの振るう凶刃によって次々と倒され、その骸から流れ出る鮮血は故郷の土を汚していく。

 

「フィン! エリックはどこなの⁉︎」

 

 目の前で繰り広げられる惨状に耐えきれず、ダーシーが叫ぶように問いかける。

 フィンはダーシーの迫力に狼狽えながら答えた。

 

「エリックは、ティネー村方面からの襲撃に備えて村はずれの墓地で待機しているはずだけど……」

「遠いっ! 間に合わないって!」

 

 忌々しそうに舌打ちするダーシー。顔をしかめると、

 

「私が一瞬足止めするから、そのあいだに、フィン、お願い……」

「わかった」

 

 フィンの脳裏に指揮官はお前だとエリックに言われた言葉がよみがえる。

 戦術としては下の下だが、いまはこの手しかないのだろう。

 背後に控えるフアナへと視線を送ると、育ての親でもある端正な淑女は黙って頷いてくれた。

 それがなによりも心強かった。

 フィンはリーダー格の農婦に声をかける。

 

「……矢はどう?」

 

 フィンの問いに、婦人は顔をしかめながら首を横に振った。

 

「たぶん……次の斉射でおしまいだね」

「……さすがに足りないか。拾ってこれたらいいんだけど」

「まあ、いざとなったら石でも投げるさ」

 

 農婦はしわがれ声で愉快そうに笑った。指示のために大声で叫び散らしたせいで喉を痛めてしまったようだ。そんな気丈な姿にフィンも笑顔で応える。

 

「ちょっと行ってくるから。次の斉射タイミングは、おばさんに任せるね」

「あいよ。フィンちゃんも気をつけてな」

 

 フィンは婦人と抱き合うと、互いの無事を祈ってその背を軽くぽんぽんと叩く。

 そして、少し照れくさそうに微笑みながら離れ、ふたたびダーシーへと振り返った。

 

「じゃあ、行ってくる」

「気をつけてね」

 

 ダーシーはあっさりとそう言って、ひらひらと手を振った。

 そのそっけない態度にフィンは笑いをこぼしながら、梯子をつたって見張り台から降りていく。その後をフアナも追った。

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