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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第三章 襲撃

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第25話 助っ人

 結局、野盗の襲撃もなく、夜は明けた。

 教会から刻を知らせる鐘が鳴り響き、朝の訪れを告げると、いよいよコルト村は襲撃に備えて本格的に動き出す。 村のあちらこちらに武装した農夫たちが配置され、フィンたちがいる見張り台にも弓を持った女性たちが集まってくる。

 

「フィンちゃん、よろしくね」

 

 自分の背丈ほどはあろうかという大きな弓を抱えた農家の奥様方は、にこやかにフィンに声をかけてきた。いずれも過酷な労働によって節くれだった指を持つ働き者の女性だった。

 幼い頃から可愛がられてきたフィンにとっては、みな親戚のおばちゃん——もとい、お姉さんみたいな存在だ。

 フィンは年下特有の肩身の狭さを感じながら遠慮がちに挨拶した。

 

「あ、えーと、みなさん、今日はよろしくお願いします」

「なに言ってんのさ、こっちこそよろしくだよ!」

 

 その声に、集まった六人の射手は人懐っこい笑顔で改めて挨拶を返してきた。

 どうやら襲撃があるまでは、時間ごとに交代で見張り台に集まるよう、エリックから指示されているらしい。さっそく見張り台に上がってもらい、周囲の警戒に当たってもらうことにした。

 見張り台の上は、途端に賑やかになる。

 襲撃を前にした緊張感はどこにいったのか、話題が尽きることなくおしゃべりと下品な笑い声が繰り返された。フィンとフアナは、その雰囲気に弾き出されるかのように片隅へと移動し、女性陣の雑談に巻き込まれないように、ひっそりと監視を続けることにした。



 すると、女性陣の一人が突然「あれ?」と驚きの声を漏らす。

 その声に、見張り台に一気に緊張が走った。

 それまでのおしゃべりがぴたりと止み、全員の視線が声を上げた農婦に集まった。

 

「……どうしました?」

 

 フィンが尋ねると、婦人は「あそこ見て。こっちに向かって歩いてくるのがいるんだけど……」と指差した。

 見ると、見張り台のある丘陵地へ続く畑の中の道をこちらに向かって歩いてくる人影があった。

 ひとりだった。

 いまコルト村の住人で自由に動けるのは、総司令官を務めるエリックだけである。だが、その人影は、明らかにエリックよりも小柄であった。

 野盗の斥候かもしれない。

 フィンは振り向くと、農婦の一人に声をかけた。

 

「野盗が偵察しにきたのかもしれません。合図したら、そこの金属の板をハンマーで思いっきりガンガン叩いてもらえますか?」

 

 指示された女性は、真剣な表情で頷き返した。

 鉄板を繰り返し打ち鳴らすことが、襲撃を知らせる警報であり、抗戦開始を告げる合図となる。タイミングを誤るわけにはいかない。

 フィンは目を凝らし、近づいてくる人物を見極めようとした。

 不審者は、フードのついた茶色の外套を身にまとい、杖代わりの木の枝を片手に、足早に休耕地となっている農地を通り抜ける。旅装のわりに荷物が少ない。

 

 ……どうする?

 

 フィンは自問自答した。

 責任の重圧が判断を鈍らせる。

 その不安から逃れるようにフィンは隣に立つフアナに「どう思う?」と尋ねてみた。

 フアナは表情も変えずに頷くと、

 

「地上に降りて待ち構えた方が良いでしょうね」

 

 と助言する。

 

「わかった!」

 

 フィンは素直に答えると、足早に地上へ降りて行った。見張り台の下で丘陵地を登ってくる謎の人物の到着を待つ。いつでも剣は抜けるように、鞘の位置を整えた。

 転生前に習っていた古流剣術にも抜刀術は含まれていたが、フィンは正直あまり得意ではなかった。いざとなったら異能(オーバークロック)で乗り切ろうと考えていた。

 口の中はカラカラに乾いているのに、掌は汗でびっしょりだ。

 少しでも気持ちを落ち着かせようと、フィンは意識的にゆっくりとした呼吸を繰り返した。




 やがて丘を登ってきた不審者は、ゆるやかな傾斜を登りきった先で待ち構えるフィンの姿に気づき、その足を止める。深くかぶったフードに隠れ、その表情をうかがうことはできなかった。

 

「そこの旅の御方! このような村にどういった用で?」

 

 フィンはできるかぎり敵対的な雰囲気を感じさせないよう、気をつけながら大声で問いかける。 だが、語気の荒さは抑えられても、緊張は隠しきれず、思わず声が震えてしまった。

 

 あ、マズった……。

 

 そう思った瞬間、旅装の人物も堪え切れなくなったようで盛大に吹き出した。

 

「ちょ……フィン、やめてよ‼︎」

 

 ハスキーな女性の声。

 唖然とするフィンの前で、茶色の外套姿の人物は笑いながら、目深にかぶっていたフードを下ろした。赤みがかった茶髪に、やや吊り上がった切れ長の目。そばかすの残る顔が愛嬌いっぱいに笑っている。

 

「ダーシー⁉︎」

「えへへー、久しぶりだね」

 

 ダーシーはフードで押しつぶされてぐしゃぐしゃになったくせっ毛を直しながら、満面の笑顔を浮かべた。相変わらず線が細く小柄な——ありていにいえば子どものような体格をしていた。

 

「……村長が、知性あふれる淑女になったって言ってたけど……?」

「えー⁉︎ 父さん、そんなこと言ってんの? 魔術学園で淑女なんかになるわけないのに……」

 

 ダーシーは呆れたように言った。それでもすぐに笑顔を取り戻すと、

 

「まあ、そんな父さんに連絡をもらってね。故郷の危機ってことで手伝いに来たの。師匠にも許可を取ってね。……エリックから聞いてない?」

「それじゃ、エリックが言ってた強力な助っ人って?」

「強力⁉︎ ……まあ、たぶん私のことだね」

 

 ダーシーはおかしそうに笑った。

 とりあえずフィンは、里帰りしたばかりの幼なじみを見張り台の上へと招待することにした。




 上で待ち構えていた農婦たちも、久しぶりの村長の娘の登場に「ダーシーちゃんじゃない!」「元気にしてた?」と大はしゃぎで歓迎する。ダーシーも人懐っこい笑顔を見せながら、旧交を温めた。村人にとっては、伝説の賢者に見出され、特別に都市の魔術学院に通うことになった話題の人物である。しばらくのあいだ、魔術学院やハント市での暮らしについて矢継ぎ早に質問が飛び交った。

 やがて一段落つくと、婦人たちは監視業務へと戻っていく。ようやく落ち着いたダーシーとともにフィンは見張り台の空いたスペースにしゃがみ込んだ。

 

「元気そうでよかった」

「まあね。フィンも元気だった?」

「ああ」

 

 フィンはにっこりと微笑む。

 久しぶりに会ったダーシーは、体型こそはさほど変わっていないものの、その表情や受け答えに大人びた雰囲気を漂わせるようになっていた。離れて過ごした三年という年月のあいだに、都市の生活によって磨かれたようだ。

 

「魔法は使えるようになった?」

 

 フィンはずっと気になっていた質問を投げかけた。その問いに、ダーシーは待ってましたと言わんばかりの表情で、腕を組みながら「ふっふっふ」と不敵な笑い声を漏らす。

 

「任せてよ。学院でもけっこうな優等生よ、私。同期の中でも技術力はダントツだって言われてるくらいだから。……まあ、魔力の量は平均的らしいけど」

 

 そういうとダーシーは、恥ずかしそうに笑った。

 

「へえ……。魔力ってのは聞いたことがあるけど、技術力って?」

「あ、そうだね。簡単に説明すると、魔法を使うには三つの要素が必要で、一つが魔力、もう一つが技術力、最後が術式ってわけ。私も知らなかったんだけど、魔法ってのはなんでもかんでも好き勝手できるんじゃなくて、長い年月をかけて先人たちが見つけ出した術式ってのがあって、それを利用してるんだよね。たとえば、こういったスクロールに書かれているんだけど」

 

 ダーシーは、そう言うと身につけていた皮袋から、丸められた羊皮紙を引っ張り出した。

 フィンは無造作に渡された巻物(スクロール)を、恐る恐る開いてみるが、見たこともないような特殊な文字で書かれており、どっちが上なのかすらもわからなかった。

 

「……これに魔法の呪文とかが書かれてるの?」

 

 フィンの問いにダーシーはかぶりを振る。

 

「呪文じゃなくて、術式ね。——魔術師は、こういったスクロールに書かれた術式を、まず最初に自らの霊魂に刻み込むんだけどね、それを発動するために必要なのが、呪文だったり、印相や動作だったりするわけ」

 

 ダーシーは人差し指を立てると、なにやらぶつぶつと短い言葉を唱えた。

 すると、その指先に小さな光が生まれる。フィンは思わず感嘆の声を上げた。

 

「すげえ! 魔法じゃん!」

 

 ダーシーは照れたように笑いながら、すぐに光を消した。

 

「いまのは最初に習うような初歩の魔法なんだけど、これも唱えた呪文によって、魂に刻み込まれた術式を起動し、私のなかにある魔力を消費して指先に光を生み出しているわけね。魔力量が多ければ、この光をずっと灯らせることもできるし、周囲を焼き尽くすような強い光を生み出すこともできるかもしれない。でもね、魔力が少なくてもコントロールが上手ければ、小さい魔力消費で同じような効果を生み出したり、効果の量を調整したりもできるの。それが私の得意とする『技術力』なわけ」

「へぇ〜」

 

 フィンは素直に感心した。感動もしていた。生まれて初めて魔法を見たという事実に胸がいっぱいになっていた。自然と顔がほころんでしまう。そんなフィンの姿を、ダーシーは笑顔のまま、不思議そうに見つめていた。

 

「ダーシーは、他にどんな魔法が使えるの?」

 

 期待に胸をふくらませながらフィンが尋ねる。

 

「まだ見習いだから、そんなに高度な術式は扱えないけど……スクロールがあれば基本的には使えるはずだよ」

 

 ダーシーは膝の上に抱え込んでいた皮袋のなかから、いくつかの羊皮紙を適当に引っ張り出した。スクロール状に巻かれた高級そうなものもあれば、羊皮紙の切れっぱしだけというものも含まれている。思ったよりも雑に保管されているようだ。

 

「……なんかごちゃごちゃしてるけど、それがスクロール?」

 

 フィンは若干呆れたような表情でダーシーを見つめる。 ダーシーは少し慌てたように弁明した。

 

「いや、私だって整理したいよ? できれば私専用のスクロールにまとめたいんだけど、術式を転記するにも厳密な作法があるし、魔力もけっこう消費するし、なによりめちゃめちゃ時間がかかるの! いまはとりあえず集めるのが先だと思ってね……」

「ふーん」

 

 納得したような、していないような、そんな曖昧な相槌をフィンは返す。

 

「とはいえ、けっこうな量の羊皮紙だよね。それ、ぜんぶ覚えてるの?」

 

 フィンの問いに、ダーシーは苦笑いを浮かべた。

 

「いやいや、無理だって。魂にも許容量があって、いちどに刻み込める術式の数も決まってたりするんだよね。もちろん魔術的な熟練度によっても変わってくるんだけど、いまの私だと、まあ、せいぜい五つか六つくらいじゃないかな?」

「なんだ、意外に少ないんだな……」

 

 思わずフィンは無神経な言葉を発してしまう。

 だが、幼馴染のダーシーは特に気にする様子もなく、ニヤリと余裕な表情で笑った。

 

「だから見習いだって言ったじゃん。まあ、そんなこともあろうかと、師匠から素敵な贈り物をもらってきた」

 

 そういうとダーシーは、皮袋の中から、もう一本のスクロールを引っ張り出した。さきほどのスクロールとは違い、上質な羊皮紙で、なおかつ丁重に紐で括られていたりもする。

 

「襲ってくる盗賊団から村を守りたいと相談したら、師匠がお守りがわりに、ってくれたんだけど、なんかすごい高名な魔術師が書いたスクロールみたいよ」

 

 またなにげなく手渡されたので、フィンも紐をほどき、開いてみたが、やはりさきほどと一緒でなにが書いてあるのかよくわからなかった。隣にいたフアナにも受け渡すと、

 

「へぇ、雷撃の術式ですか。面白い構文ですね」

 

 と嬉しそうに呟いた。

 

「読めるの⁉︎」

 

 驚いたのはファンよりもむしろダーシーであった。

 ただでさえ識字率の低い農村で、なおかつ魔術に用いられる神代文字である。驚くのも無理がなかった。

 

「あ、えーと、亡くなった母が少し詳しくて私も教わったことがあって……」

 

 フアナの必死の弁明にダーシーは、ふうんと頷いた。

 母というのが燐ならば詳しいのも当然だ。なにせ神なのだから。

 

「……フアナさんって何者なの? たまに、あんたたち親子って本当に不思議になるわ……」

 

 ダーシーは呆れたように言った。

 

「ま、とりあえず、そう、雷撃の呪文なんだよね。いざとなったら、これを使えって持たせてくれたの」

「使う?」

「そう。スクロールに書かれた術式には、それ自体で魔力も秘めているから、魔術師が魂に刻み込まなくても、その魔術を発動することができるの。ただし一回きりね。使ったら、あとはただのインクのシミ。もう二度と術式を魂に刻むこともできなくなっちゃうんだよね」

「うわ、もったいねえなー。あんまりメリットないじゃん。覚えた方がいいでしょ?」

 

 その言葉に、ダーシーは小さく首を左右に振った。

 

「ところが、そうでもないんだって。実力とあまりにもかけ離れた高度な術式は、発動どころか、そもそも魂に刻むことすらできないんだよね。たとえば、この雷撃もいまの私には扱えない代物になるわけ。でも、スクロールとしてだったら使うことはできる。そして呪文さえ知っていれば、それこそフィンだって雷撃の魔法を発動できるってわけ」

 

 そう言うと、にやっと笑いながら「それなりに魅力的でしょ?」と尋ねてくる。フィンは認めざるをえなかった。

 

「ちなみに、その呪文は?」

 

 ダーシーは露骨に嫌そうに顔を顰める。

 

「やだ! 教えるわけないじゃん! できれば死ぬまで取っておこうと思ってんだからさ……」

 

 その反応にフィンは笑い出した。釣られてダーシーも吹き出すように笑い出す。

 こうして無邪気に笑い合っていると、幼い頃にこのコルト村の外れで共に過ごしたなんでもない日々を思い出す。なにもかもが平和だった。

 それがいまでは、朝早くから見張り台の中で野盗の襲撃に怯え、さらに幼馴染の年下の女の子は見習い魔法使いとなっている。

 なんでこんなことになってしまったのだろう。

 冷静に考えれば考えるだけ、まるで架空の物語のなかにいるのではないかと思うくらい現実離れしているように感じていた。

 

「さて、と」

 

 不意のダーシーの声にフィンの意識は現実に戻される。

 見るとダーシーは立ち上がり、腰を反らすように伸ばしながら「私も見張りするね」と言う。

 

「わかった。よろしくね」

「任せといて」

 

 ダーシーはにっこり微笑むと、農婦たちに混じって周囲の警戒に当たる。

 

「母さん、俺たちも見張ろうか」

 

 その声にフアナは頷くと、洗練された挙動で物音も立てずにすっと立ち上がった。そして、これ以上ないくらい慈愛に満ちた笑みをフィンに向けて投げかける。

 

「フィネスはもう少し休んでいいですよ。監視は私に任せてください。幸い、優れた目と耳を持っていますので」

 

 そう言うと、少し悪戯めいた表情で笑う。

 依然並外れて高い感覚機能を持つフアナがその気になれば、たぶん見張りは一人でも十分なんだろう。フィンは苦笑を浮かべるしかなかった。

 

「じゃあ、ちょっとお願いしようかな」

 

 そう言うとフィンは目を閉じた。

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