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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第三章 襲撃

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第24話 見張り台の夜

「襲撃がいつだとかは言ってたか?」

 

 二人の話を聞いた元傭兵のエリックは、いつにない真剣な表情で質問を投げかける。

 その問いにグレンは不安そうに首を横に振った。

 

「……わかんねぇ。ただ、あいつ、今日まではコルト市内にいるって言っていたから……」

「だとすると、明日には根城に戻って、準備してって感じだろうな。……まあ、最短で明後日くらいかもな……」

 

 グレンとエリック、コルト村を代表する屈強な肉体の持ち主は、互いに腕を組みながら語り合った。

 筋肉量でいえば圧倒的に体格の優れたグレンの方が勝っている。だが、規格外のグレンとさえ比較しなければ、猛牛のような筋肉質の肉体を持つエリックも見るからに脅威を感じるような屈強さを醸し出していた。

 

「エリック。あと一日でわれわれはなにができるだろう?」

 

 代官スペンサーは、小首を傾げながら精悍な鍛冶屋に向かって尋ねる。

 エリックは、しばらく目を伏せて黙っていたが、やがて、

 

「見張り台を築こう」

 

 と言った。



 それから村の裏手に広がる丘陵地に急ごしらえながら質素な見張り台が建てられた。さらに可能な範囲で村を囲む柵の補強も行った。

 見張り台を提案した意図を尋ねると、エリックは実戦経験の差を理由に挙げた。

 

「……実戦経験?」

「そうだ」

 

 エリックは難しい顔で頭を掻きながら答えた。

 

「なんだかんだいっても、俺たちのほとんどは農夫じゃねぇか。どんなに訓練を重ねたとしても、実戦経験なんてのは、たまに酒飲んで喧嘩するぐらいなもんだ。だが、野盗たちは違う。奴らは実戦が商売だし、中には傭兵崩れがいたりもする。本気で殺し合って、生きるか死ぬかの恐怖を乗り越えてきた経験は、ちょっとやそっとの技術の差なら簡単にひっくり返しちまう。特に戦場なら、それが原因で一気に戦術が崩壊することもありうる」

 

 エリックは苦渋の表情で空を見上げ「あと一年あれば違っていたんだろうが……」と悔しそうに呟いた。そして、

 

「経験の差を埋めるには、指揮しかないと思ってな。敵がどこから攻めてきたか、村はいまどんな状況なのか、それぞれ見極めて適切に指示してくれる存在が欲しい。……フィン、頼めるか?」

「……お、俺?」

 

 フィンは素っ頓狂な声を上げた。

 これでも村ではエリックに次ぐ剣の使い手である。そればかりか、前世のことではあるが、生きるか死ぬかの実戦も経験している。それゆえ、野盗からの防衛戦では主要な戦力としてむしろ最前線で戦うものだと思っていた。

 だが、エリックは真剣な表情で頷いた。

 

「指揮だけじゃねぇんだ。見張り台からは弓矢での援護射撃もしてもらうつもりだ。一対一では勝てなくても、援護射撃があれば、二対一だよな? これで実戦経験の差をひっくり返したいと思ってる。お前にはその護衛の役目も勤めてもらいたい」

 

 剣術の訓練が男性中心だったのに対して、弓の訓練は村の女性を対象に指導していた。

 女性とはいえ、やはり農作業で鍛えた膂力はさすがで、三年の訓練によって、比較的強い弓であっても精度高い射撃ができるようになってきていたところである。

 要するに、女性たちを守ってもらいたい、ということだろう。

 

「弓が射てない女たちは、ガキどもと一緒に領主館に避難させておく。……あ、えーと、フアナさんはどうする? あの人、弓の訓練はしてないもんな?」

「……あ、えーと、たぶん避難しなくても大丈夫だと思うよ」

 

 フィンは、愛想笑いを浮かべながら答えた。

 元神使であるフアナの身体能力を持ってすれば、野盗の集団ごときに遅れを取ることはないだろう。たまに稽古相手になってもらうこともあるが、巧みに操る棒術でいつも翻弄されてしまう。本気を出せばどこまで強くなるのか……十年以上一緒に暮らすフィンでも想像がつかなかった。 エリックは意外そうに目をぱちくりさせながらもフィンの言葉を受け入れた。

 

「いずれにせよ、お前が最後の切り札だ。頼んだぞ」

 

 エリックの言葉に、フィンは深く頷いた。

 その反応にエリックは満足そうに微笑むと、フィンの胸を拳で軽く叩き、その場を立ち去ろうとする。そして、ふとなにかを思い出したかのように立ち止まり、振り向いて一言付け加えた。

 

「——ああ、そうそう。もう一人、強力な助っ人が来るはずだ。楽しみにな」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべ、そう言うとエリックは歩み去っていった。

 残されたフィンはなにがなんだかわからず、肩をすくめるしかなかった。


 


 その日の夜からフィンは見張り台の上に滞在することにした。

 前世の記憶にあった「夜討ち朝駆け」という言葉が、フィンを不安にさせていた。

 

 もしも、今夜襲撃があったら……。

 

 そう考えると、いてもたってもいられなかった。

 一人でも見張りをしよう。いざというときは、エリックが見張り台にぶら下げてくれた鉄板を思いっきり打ち鳴らして、みんなに知らせればいい。

 それを育ての親であるフアナに伝えると「いい考えですね」と賛同し、結局フアナも付き添ってくれることとなった。

 そしてフィンとフアナは見張り台の上で一晩を明かすこととなった。

 まだ夏を迎える前の夜の空気は冷たく、交互に取った仮眠の時間も震えながら時を過ごした。フィンはなかなか寝つけず、涼しげな表情で夜が支配する村の様子を見守る義母に声をかけた。

 

「ねぇ、フアナ?」

「はい、宏基様。……眠れないのですか?」

 

 月明かりに照らされたフアナは、ぞっとするくらい美しかった。

 フィンは「……さすがにね」と苦笑する。その声にフアナは慈しむような微笑みを返した。

 

「……村は大丈夫かな?」

 

 胸の内に、ずっと抱えていた不安を打ち明ける。

 盗賊団が襲ってくる。

 最初こそは、十年にわたって磨いてきた剣術の成果を試すときが来たと、はやる気持ちもあったフィンだったが、そのときが近づくにつれて、自信は次第に緊張へと姿を変えていった。

 襲ってくるのは、前世で見てきたようなヤンキーやチンピラとは違い、逃げも隠れもせず殺傷や略奪といった悪事をなす集団である。その純粋な暴力に対峙したとき、果たして自分は生き残れるのか、正直不安だった。

 

「……怖い、ですよね」

 

 言い出せないフィンの気持ちを察したのか、フアナは優しく言葉を添えた。フィンも強がるのを諦め、肯定するように鼻で笑う。

 

「スペンサーさんも領主に救援を求める書状を送ったそうですし、きっと数日の辛抱でしょう。それまではなにがあっても宏基様は私が守ります」

 

 フアナはささやかに微笑んだ。

 その絶対の忠誠心にフィンは気恥ずかしくなり、笑みを浮かべながら、なんとなく視線を逸らす。

 

「……また死んだら、次はどうなるのかな?」

 

 なんとなく疑問に思いつづけていた問いをフアナに投げかける。

 フアナは緩慢な動きで首をひねった。

 

「どう……でしょうね……? また魂糸に分解されない可能性は……あるかもしれませんね」

「……じゃあ、また燐に会えるね」

 

 フィンは小さく笑い声を漏らす。

 燐と関係したがために魂糸は解きほぐされず、宏基であることを終えることができない人生。はたしてその効力はいつまで続くのだろう?  来世も、そのまた来世も……?

 フィンは、気の遠くなるような未来の可能性にうんざりしながら呟いた。

 

「……燐は、俺を転生させて、なにをしたかったのかな?」

 

 しばしの沈黙。

 やがてフアナは、確認しながら言葉を紡いでいくかのように、ゆっくりと語りはじめた。

 

「なぜ転生させたか、という問いですが、少なくともこの世界に転生し、肉体を得たことによって、宏基様はいろんな事物を扱えるようになり、エリックさんやダーシーさんたちたくさんの人たちと触れ合うこともできるようになりました。いわば世界と相互に繋がったわけです」

 

 そういうとフアナは、聞き手の反応を確かめるように小さく首をかしげた。

 フィンは促すように頷き返す。

 それを見たフアナは、安心したように表情を緩め、言葉を続けた。

 

「……宏基様が触れることは、相手に触れられることでもあります。触れると触れられる——これは、まったく同時に発生します。それが相互作用です。そして、それがこの世界に肉体を有して生きるということです。世界に生きることが、そのまま自分として生きることなんです。……推測でしかありませんが、きっとリィン神は、宏基様にこの世界を見てほしかったのではないでしょうか? そして、宏基様としてもう一度生きてほしかったのではないでしょうか?」

 

 フアナは、いつもながらの美しい声でそう語ると、フィンの顔を見つめてきた。

 育ての親として、常にフィンを見守ってきた慈愛に満ちた微笑み。

 

「……もう一度生きる、か……」

 

 フィンは、その言葉の口触りを確かめるかのように、ゆっくりと呟く。

 その声に、フアナは力強く頷いた。

 

「リィン神が、いつも宏基様の幸せを願っているのは間違いありません」

 

 内心、複雑な思いを抱えつつ、フィンは幼い頃から自分を支えてくれた美しい女性に優しく微笑み返した。

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