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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第三章 襲撃

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第23話 襲撃計画

 フィンたちが伝えたレンヌ村襲撃の知らせは、想像するよりも遥かに深刻なものとして受け止められた。

 代官のスペンサーをはじめ多くの村人たちが恐怖に怯えるなか、村長であるカイルが襲撃に備えて村の守備を強化することを提案する。その結果、守りを固めるための柵や石壁を築き、さらに元傭兵のエリックの指導で定期的に戦闘訓練を行うことになった。

 最初は棒を構えることすらままならなかった農民たちであったが、訓練を重ねていくにつれ、正しい姿勢で威力のある打撃を打ち込めるまでに成長していた。元々、農作業で鍛え抜かれた筋力もあるのだろう、その威力は長年鍛錬に明け暮れていたフィンですらも肝を冷やすような一撃になっていた。

 フィンは、いわばエリックの助手として村人たちへの指導に携わるようになった。それまでは村はずれの水車小屋に住んでいる得体の知れない粉屋の息子として、なんとなく敬遠されることも多かったが、それを機に村人たちとの関係も少しずつ改善していった。



 

 それから三年の月日が過ぎた。

 フィンは十三歳となり、水車小屋での仕事のかたわら、剣術を磨きつづけた結果、いまではエリックも認めるまでの腕前に成長していた。実戦形式の稽古では、師であるエリックとの勝率も五分五分にまで持ち込めるようになった。

 

「もう一人前だな。並大抵の剣士ならお前には歯が立たないはずだ」

 

 エリックはそう言うと歯を見せて笑ってみせた。だが、いつも一言付け加えるのを忘れない。

 

「だが、世の中には上には上がいる。慢心するな。最高の剣士とは、最後まで生き残る奴のことだ」

 

 その論法でいえば、戦場で死ぬことなく引退し、田舎で鍛冶屋としての職にありついたエリックこそ、最高の剣士だということになるだろう。

 そして、その結論にフィンも異論はなかった。



 

 これから夏を迎えようという頃、ちょうど村では農作業が本格化するのに備えて、農民たちがあくせくと慌ただしく動き出すようになってきたある日、代官スペンサーに呼び出されたエリックとフィンは、村はずれにある領主館へと赴いた。

 

「おお、エリック。来たか」

 

 領主館の二階にある広間へと入ると、そこには先客として村長のカイルの姿があった。

 

「なんだ、カイルまで呼ばれたのか。なんの用だ?」

「わからん。……だが重大そうだな」

 

 エリックとカイルの兄弟は、共に腕を組みながら頭をひねった。

 豪快で粗野な佇まいのエリックと物腰柔らかく思慮深いカイルは、他の村人たちからも「兄弟なのに似ていない」と笑われることも多かったが、こういうなにげない仕草はよく似ていた。さすが兄弟だな、とフィンは思う。

 そんなフィンの姿にも村長は笑顔を向けた。

 

「フィンも久しぶりだな。この前、ハント市へ行ったとき、娘に会ったが、お前のことを気にかけていたぞ」

「ダーシーですか⁉︎ あいつ、元気にやってますか?」

 

「ああ、すっかり大きくなってな。ここにいる頃には想像もつかなかったが、しっとりとした知性あふれる淑女って感じだったぞ?」

 

 カイルはせっかくのダンディな雰囲気が台無しになるくらい相好を崩した。

 これが親バカというやつか。フィンはこわばった笑顔で微笑んだ。

 

「……見た目はともかく、魔法はどうなんです?」

「なんだ、そんなことか。どうやらハント市の魔術ギルドでも最長老と言われる実力派の師匠の下でしっかり修行しているらしい。だいぶキツいとぼやいてはいたが、あの様子だとちゃんと学んでいると見える」

 

 そう言うと村長はまたしても嬉しそうに目尻を下げる。

 

「あのダーシーが、魔法使いなんですね……」

 

 フィンは感慨深そうに相槌を返した。

 いつもフィンの後ろをついて歩いていたちっちゃなお転婆娘が、いつのまにやら魔法使いである。

 知性あふれる淑女というのは想像もつかなかったが、いつか訪れるであろう再会への期待にフィンは心躍らせた。




 やがて複数の足音とともにバタバタと慌ただしく代官スペンサーが広間に姿を見せた。

 その背後に酒場の主人の“太っちょ”エドガーと、コルト村随一の屈強な肉体の持ち主である農夫グレンを従えていた。

 

「カイルとエリックはもう来てたか。ありがとう。……フィネスも急にすまないね」

 

 スペンサーは、いつもながらの鼻にかかった声で、せわしなく礼を言った。

 いまでこそ代官の任につき、領主の代わりにコルト村の荘園を管理しているが、元々はハント周辺に土地を持つ豪農の次男で、才覚をクレイディア伯の家令に認められて代官として抜擢された農民である。

 一言でいえば変わり者だった。

 村の運営も基本的には監督官に指名した村長カイルに任せ、貧相な肉体を引きずるようにふらふらと村内を彷徨っているのがいつも目撃されていた。本人いわく「歴史を紐解いているのだ」らしい。

 村の子どもたちからはバカにされることも多いが、基本的には善人であった。

 

「本日は何用ですか?」

 

 直属の部下にあたるカイルは、丁寧な口調で質問した。

 スペンサーは、落ち着きなく身体を動かしながら、ちらりとカイルを一瞥すると、にこりと微笑む。

 

「うん。まあ、このエドガーとグレンなんだけどね——」

 

 スペンサーの声に、背後に立っていた二人が小さく頷いた。なかでも農夫グレンは、その筋骨隆々とした巨躯をガタガタと震わせ、この世の悪行のかぎりを尽くしたかのような凶悪な人相を、いまにも泣き出しそうなくらいに情けなく歪めていた。

 いかにも悪党ヅラしたコワモテのグレンだが、本当のところは、草花や動物を愛してやまないコルト村随一の心優しい農夫であった。

 そのグレンが、ひたすらに怯えている。

 なにがあったのかとフィンは小首を傾げた。

 しかしスペンサーは、そんな様子を気にも留めず、広間の壁石の継ぎ目を指先でなぞりながら呟くように言う。

 

「——最近、また野盗が出ているらしい」

 

 その言葉にフィンは思わず身体を硬直させた。

 最初に思い出したのは、三年前のレンヌ村の襲撃である。

 

 未央——。

 

 言葉には出さなかったが、二度も守れなかった後輩の顔が思い浮かんだ。



 そんなフィンの気持ちを知ってか知らずか、スペンサーはくるりとフィンたちの方に振り返って言った。

 

「レンヌ村の周辺でも、いくつかの村が襲われたらしい。領主クレイディア伯からの伝令にもそう書いてあった。私が、さて警戒しないとな、と思っていたところ、エドガーとグレンがね、なんとも驚くべき情報を手に入れてくれたんだ」

 

 そう言うと、スペンサーは控えめな笑顔を浮かべ、酒場の主人に水を向けた。


「昨日、商用でハントへ出かけることになってな、護衛代わりとしてグレンにも来てもらうことになったんだ」

 

 酒場の主人エドガーは、ふくよかな頬を揺らしながら、真剣な面持ちでそう語り出した。

 もちろんエドガーも、その見た目に反してグレンが臆病なことは知っている。

 だが、代官スペンサーとも相談した結果、「お前は肝っ玉は小さいが、顔だけはモンスターも逃げ出す蛮族の戦士みたいだ」ということで、見た目だけの護衛役として同行することになったという。

 実際、ハント市までのおよそ半日の道中は、なんの問題もなく無事に終えることができた。

 そして、エドガーが商用を済ますまでのあいだ、グレンは市内の酒場で食事をしながら待つことになった。

 初めての自由都市。

 農村では考えられないほど賑やかで、いろんな服装をしたいろんな人々が無秩序に行き交う様子に、グレンはすっかり度肝を抜かれていた。だが、エドガーから厳しい口調で「いつも気を抜かず、いかめしい顔つきをしていろ。いつ誰がどこで見ているかわからないんだぞ!」と言われていたので、柄にもなく怒ったような表情を浮かべ、両手で抱えた木製の杯でぬるいビールをちびりちびりと飲んでいた。

 かなり異様な光景だったらしい。そんなとき、突然見知らぬ男に声をかけられたという。

 

「よお、ダンナ。そんなに怖い顔して脅しなさんなって。こっちは敵じゃねぇや」

 

 いかにも一癖ありそうな禿げた男は、薄汚れた顔に下卑た笑みを浮かべたまま、馴れ馴れしい態度でグレンの隣の椅子に腰をかけた。

 

「……ちょっとした儲け話があってな。ダンナにピッタリだと思うんだ」

 

 男はグレンに顔を近づけると、声をひそめながらそう告げた。

 

「……聞こうか」

 

 精一杯虚勢を張ったグレンが、震え出そうとする声を必死に抑えながら返答する。そのたどたどしさがむしろ強者特有の横柄さに聞こえたらしい。小汚い男は「そうこなくっちゃ」と唇をねじ曲げた。

 

「ここから北東にエルガー大森林って森があるんだが、そこを拠点に周辺の村を襲おうという計画がある。あのへんは貧乏くさい村ばっかだが、それでも数を襲えばそれなりの稼ぎにはなる。領主の兵隊が出てきても、森に逃げ込めばこっちのもんだ」

 

 不審な男は、そう言うと神経を逆撫でするような笑い声を漏らした。

 男は野盗の一員だった。

 そして、よりによってコルト村一帯の農村を襲撃する計画があり、その仲間を集めているという。

 まさかの盗賊の登場にいまにも卒倒しそうなグレンであったが、強く拳を握りしめ、懸命に恐怖に耐えようとした。勧誘している野盗も、まさか眼前の凶悪そうな筋肉の塊が失神もしくは失禁寸前だとは思いもよらず、得意げに語りつづける。

 

「俺たちの仲間には、騎士だったやつなんかもいるし、絶対に負けないメンツが集まっている。そこにダンナが加われば向かうところ敵なしだ」

 

 男は馴れ馴れしく、グレンの岩のような上腕をバンバンと叩いた。

 そして不敵な笑みとともに、こう付け足す。

 

「なによりもヤバいのは、うちのお頭だ。お頭のイゴールさんは、なんと呪いの魔剣を持ってるんだぜ? あれはヤバいぜ? あれには誰も勝てねぇ——」

 

 男はふたたび不快な笑い声を立てた。

 

「で、どうよ? 乗るだろ?」

 

 グレンに顔を寄せながら野盗の一員はそう問いかける。汚物のような臭いのする息がグレンの顔に当たった。いつしかグレンの心には、恐怖に代わって苛立ちが渦巻くようになっていた。

 この禿げ上がった男はコルト村を襲うと言う。それはグレンの大切な家族や友人、さらには農作物や家畜たちを傷つけるという宣言に他ならない。そして、なにより息が臭かった。

 グレンは唐突に男の胸ぐらを掴み、額が触れるほど顔を近づけると、血走った目で男を睨みつけながら地響きのような声を放つ。

 

「ふざけんなっ!」

 

 凄んだグレンの尋常ならぬ威圧感に、修羅場を幾度もくぐり抜けてきた盗賊団の男も思わず震え上がってしまった。

 

「なにが儲け話だ。この俺にそんなつまらねぇ仕事をさせようってのか?」

「わかった、わかった……わかったって!」

 

 グレンの人並外れた膂力で抑え込まれた男は、たまらず悲鳴のような声を上げた。

 酒場の主人たちも突然のグレンの罵声に、心配そうにこちらの様子を伺っている。

 急に周囲の視線が気になりはじめたグレンは、動揺のあまり、思わず野盗を締め上げる握力を緩めてしまった。

 その拘束から解放された男は、喘ぐように大きく息をつくと、ヨレヨレになった襟元を直しながら、逃げるように椅子から立ち上がる。

 そしてグレンに媚を売るかのように卑しい笑い声を漏らした。

 

「そんなに怒んなくたっていいでしょうに……ダンナも乱暴な人だ……。でも、そんなところが気に入った。ま、明日まではこの街にいるんで、もしも気が変わったら声かけてくだせぇな」

 

 そう言うと、男は、耳障りな笑い声と共に酒場から出ていった。



 

 やがて商談を終えたエドガーが酒場にやってくると、グレンは泣きつくようにその胸元に飛び込んでいった。その勢いに思わず死を覚悟するエドガーであったが、恐怖に打ち震えるグレンから事の顛末を聞くと、二人して慌ててコルト村へ逃げ帰ってきたという。

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