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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第三章 襲撃

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第22話 レンヌ村の悲劇

「大変です。宏基様」

 

 水車小屋に戻ると、養母であるフアナが真剣な顔で報告してきた。

 転生神リィンの神の御使い。「元」はつくが正真正銘の天使である。

 フィンはさきほどのエリックの言葉を思い出し、含み笑いをしながら「どうしたの?」と尋ねる。

 

「なにかが起こったようです」

 

 いつも沈着冷静なフアナには珍しく、どことなく怯えた様子であった。

 フィンを庇護するため、リィンに地上へと派遣されたフアナは、神の御使いとしての能力を奪われてしまっている。だが、それでも、離れた地に受肉する魂のかけらを察知するなど、並外れた感覚を有していた。

 そのフアナがなにか不穏な気配を感じ取ったらしい。

 

「……底知れない悪意と絶望に満ちた感情が爆発したかのようでした」

 

 そして、少し言いづらそうに「気になるのは……」と呟く。フィンが不思議そうに首を傾げると、恐る恐る告げた。

 

「どうやら隣のレンヌ村のあたりから発生したようです」

「……未央?」

 

 フィンは、思わず水車小屋から飛び出し、レンヌ村に通じる道へと駆け出していた。

 

「宏基様⁉︎」

 

 フアナも急いでその後を追う。

 瞬く間に二人の姿は、レンヌ村へと続く森におおわれた田舎道の奥へと消えていった。

 夕暮れが荒地を真っ赤に染め、森へと帰る野鳥がまだ明るさの残る空を横切っていく。

 夜の訪れを身近に感じながら、フィンとフアナは田舎道を黙々と歩んでいた。前世の常識では考えられないくらい隣村は遠かった。森や荒野の中を貫く整備とは無縁の道は、薄暗くなり始めた視界の中では思った以上に歩きづらく、なおかつ周囲に迫る鬱蒼とした森林の奥に身を隠しているかもしれない、招かれざるものの気配にも怯えつづけなければならなかった。

 フィンがこの同じ道を歩んだのは、五年前、まさに未央が生まれたばかりのときだった。

 

 以前よりも遠く感じる。

 そう感じたのも、結局はフィンの焦る気持ちの表れだったのかもしれない。

 道が丘陵地帯に差し掛かり、緩やかな勾配を繰り返す広々とした草原が目の前に現れたとき、フアナはそっと手をフィンの前に差し出した。

 

「宏基様、誰かが来ます」

 

 抑えたその声によって、フィンの全身に一気に緊張が走る。

 準備もせずに来てしまったため、愛用の双剣も持ってきていなかった。せめてもの代わりとして、いつも身につけていた棒手裏剣を取り出すとギュッと握りしめる。フアナも杖代わりの木の棒を武器として持ち替えた。

 道から外れ、小高い丘の上に生えた大木の陰に身を隠し、まだ姿を見せぬ通行人の到来を待ち構えた。

 やがて遠くの丘の上にゆっくりと集団が現れた。

 その数、十人程度であろうか。周囲を警戒しながら馬に乗る武装した騎士数人と、うつむきながら歩く祭服を着た司祭、そして平服姿の大人たち。その中に一人だけ小さな子どもが混じっていた。

 そのいずれもが疲れ切った様子であった。

 

「あれは、以前会ったことのあるレンヌ村の司祭ですね」

 

 そのうち司祭姿の人物に目を留め、フアナが淡々と告げる。五年前、生まれたばかりのミアに祝福を与えていたフェリシア教の司祭その人であった。

 

「行ってみよう」

 

 フィンの提案にフアナは頷き返した。

 二人は身を潜めていた大木の陰から道へ戻ると、近づいてくる一行に向かって歩き出す。

 すぐに司祭の一行もフィンたちの存在に気がつき、慌ただしく騎士たちが動き出す。武装した騎士が先頭に立ち、幼い子どもを守るように隊列の構成を変化させた。

 そして邂逅する。

 

「お前たち、どこへ行く!」

 

 先頭に立つ若い騎士が抜き放った泥だらけの長剣をフィンたちに突きつけてくる。

 真っ黒に汚れた上衣は破れ、その下の鎖帷子が剥き出しになっており、これまで激しい戦闘をくぐり抜けてきたことを容易に想像させられた。だがその切っ先は、一切の疲労を感じさせず、ぶれることなく真っ直ぐフィンの眉間へと向けられている。付け焼き刃ではない、丁寧な鍛錬によって磨かれた戦士の切っ先であった。

 片やフィンは剣などは持ち合わせてはいない。さすがに棒手裏剣だけで勝つのは難しそうだ。

 フィンは両手を上げ、敵意がないことを示した。

 

「俺たちはコルト村から来ました。コルト村の人間です」

 

 騎士の眼差しは変わらない。そもそも、まもなく夜が訪れようという夕暮れ時に離れた隣村の住人が出歩いていることが不信感を与えているようであった。

 フアナが一歩前に出ると、鈴のような透きとおる声で話しかけた。

 

「以前、そちらの司祭様にお会いしたことがあります。覚えておいででしょうか? コルト村の粉挽きのフアナです」

 

 騎士たちの背後で幼な子を抱きかかえていた司祭は、フアナの顔を見て、驚いたように目を丸くした。

 

「おお、覚えている! 確か魔女の末裔と言っていた粉挽き女だ……」

「……魔女⁉︎」

 

 司祭の声に、騎士たちはざわついた。

 ……これは、まずったかもしれない。

 冷静な顔つきを保っているが、フアナの顔には、はっきりとそう書いてあった。

 

「魔女が何用だ!」

 

 若い騎士は長剣の先端をフィンに向けたまま、厳しい目つきでフアナを睨みつける。フアナは、そっとため息を漏らすと、小さくかぶりを振った。

 

「魔女の末裔だったとしても、いまの私は、コルトから息子と歩いてきた、ただの粉挽き女にすぎません。私がなにをしたというのですか?」

 

 怒るでもなく、嘆き悲しむわけでもなく、ただ淡々と主張されるフアナの言葉。しかし、その凛とした態度から発せられる正論に、感情を露わにしていた騎士の表情に動揺が走る。そこにフアナの言葉が追い打ちをかけた。

 

「……なにをそんなに怯えてらっしゃるのですか?」

 

 真っ直ぐなフアナの視線が生真面目な青年の心を射抜く。返答に窮した若い騎士は振り返ると指示を仰ぐように背後にいる中年の騎士の顔を見つめ、それに応えるように一人だけ豪華な上衣に身を包んだその騎士は重々しく頷いた。青年騎士はそれを見て頷き返すと、腰に吊った鞘へと剣を納めながら、二人に向かって丁重に詫びた。

 

「……失礼した。我々も多少気が立っていたのでな、ご容赦願いたい」

「なにがあったのですか?」

 

 フアナが尋ねる。その問いに騎士は悔しそうな表情を浮かべた。

 

「レンヌ村を野盗が襲ったのだ」

「野盗⁉︎」

 

 フィンは思わず声を漏らした。

 

「ああ。どうやらエルガー大森林からやってきたようだ。卑劣な奴らで、ほとんどの村人が殺され、村も焼かれてしまった。生き残ったのは救援を求めに領主館に駆け込んできた司祭と……そこの娘だけだ」

 

 騎士は、ちらりと集団の後ろにいる司祭たちへ視線を投げかける。

 司祭に抱きかかえられた少女は、まるで人形のように生気を失い、暗い双眸はなにも映していない様子であった。ひたすらに心を閉ざした姿から、いかに凄惨な経験をしたのかが想像できた。

 ふっくらとした頬と豊かな黒髪。フィンは少女に宿る面影に心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受けた。

 

「……未央っ!」

 

 急に張り上げられたフィンの声に、レンヌの一行はびくりと身体を揺らす。そして戸惑いながら互いの顔を見合わせた。司祭だけは、ゆっくりとかぶりを振った。

 

「この子の名は、ミアです。失礼ですが……人違いでは?」

「……すいません。間違えました」

 

 フィンは、すぐに謝罪した。

 5歳となった少女ミアは、まるで関口未央に生き写しだった。

 初めて赤子のミアを見かけたときから予感はしていたが、今日改めて確信した。

 

 ミアは、未央である。

 

 魂の断片どころか、フィンと同じように前世の魂そのままで転生しているのではないかと思うくらいに、未央だった。

 転生神リィンは、宏基以外の魂はすべて魂糸に解体したと言っていたが、そんなはずはない。少なくとも未央の魂は、すべてではないかもしれないが、残ってはいた。

 

 ……あいつ、興味がないことには、本当に無頓着だったもんな。

 

 遠い記憶のなかの恋人に、存外抜けているところがあったことを思い出す。

 翻訳のまずさによって難解を極めることになった分厚い学術書はふつうに読めるのに、スマートフォンの料金プランは理解できなかった。

 

 ……せめてサークルの仲間の魂の行方くらい興味を持ってもいいだろうに。

 とりあえずフィンは、帰宅したらフアナに愚痴ることを心に決めた。



 

 ミアは怯える小動物のように司祭にしがみついていたが、やがて高齢の司祭がその重みに耐え切れなくなると、ゆっくり地面へと降ろされた。自らの足で立ってもなお、じっと俯き、漆黒の黒髪がその表情を覆い隠す。その背丈はフィンの胸ほどの高さしかなかった。まだまだ子どもである。

 そして「未央」という名に反応した様子もなかった。

 フィンは少し残念そうにため息をついた。


「では、レンヌはもはや……?」

 

 フアナが騎士に尋ねると、若い騎士は残念そうに頷いた。

 

「村も焼け、村人もいなくなってしまった。いったん主君のいるザイオン市に戻って報告するつもりだ」

「……彼女も?」

 

 フアナは視線をミアに送ると、騎士も振り返り、立ちすくむ少女を視界に捉えた。

 

「ああ。身寄りの者もいないので、一緒に連れて帰って、ザイオン市内にある教会の孤児院に預けようと思う」

「そうですか」

 

 フアナは抑えた声で相槌を返す。

 そこにフィンが恐る恐る口を挟む。

 

「……ザイオン市って?」

 

 その問いに若手の騎士の背後にいた身分の高そうな騎士が、湿っぽい空気を吹き飛ばすかのように軽やかに笑った。

 

「なんだ、小僧、ザイオンを知らぬか? まぁ、仕方なかろう。このレンヌの地はわれらの荘園の中でも格別離れた場所にあるからな」

 

 中年騎士は、馬を操り、前へと歩み出てくる。

 

「儂はレンヌを治めるダンクルト伯爵の家令ローランだ。ザイオンとは、ここより北へ七日ほど行ったところにある、ダンクルト伯の宮殿のある都市の名だ。竜骨山脈以北では最大の商業都市だぞ」

 

 ローランと名乗る騎士は誇らしげに言った。

 家令といえば、領主を補佐し、領地の管理を任される重要な立場で、家臣の中でも最も高い地位となる役職である。一人だけ身に纏う上衣が立派なのも当然であった。

 

「そうだ……小僧、ちょっと待て」

 

 ローランは、ふと思い立ったように、腰にぶら下げた巾着袋をまさぐると、なにかをフィンめがけて放り投げた。金貨だった。親指の爪ほどの大きさで、細かい紋章のような図柄が刻まれていた。

 転生以降、金貨はおろか貨幣を見たことがなかったフィンは、素直に驚き、受け取った一枚の金貨を興味深げにじっくりと観察した。

 

「それが、ザイオンで発行しているザイオニア金貨だ。美しいだろ?」

 

 騎士は含み笑いを漏らしながら言う。その言葉にフィンよりもまわりにいた騎士たちが驚きの表情を浮かべた。

 フィンは黙って頷くしかなかった。

 転生前も含めて金を触ったのは初めてかもしれない。

 

「お前にやろう。これは誇り高きザイオンの象徴だ。いつかザイオンに来たら、きっと役立つだろう」

 

 フィンは礼を伝えた。

 家令ローランの傍らに控える若い騎士が、フィンたちに尋ねる。

 

「……で、お前たちは、これからどうするのだ?」

 

 その声にフアナは、まず頷き、そして澄んだ瞳で騎士を見据えて答えた。

 

「少し先まで足を伸ばす予定だったのですが、まだレンヌ周辺には残党がいるかもしれませんね……」

「ああ。その可能性はあるな。とりあえず村に残っていた賊はすべて蹴散らしたが、森に逃げた奴らがどれだけいるか正直見当もつかぬ。我々もエルガー大森林を抜けて北上するのは諦め、南へ迂回することにしたくらいだ」

 

 不服そうに騎士は告げた。

 いかに戦闘訓練を積んだ騎士たちであっても、わずかな手勢で非戦闘員を守りつつ戦うとなると、いつどこから襲われるかわからない森の中は避けておきたいと判断したらしい。おそらくは家令ローランの判断だろう。家令の地位まで登り詰めた老獪な騎士らしい、理性的な決断だといえよう。

 

「そうですね。私たちもコルト村に戻り、レンヌ村であったことを代官や村人たちに知らせたいと思います」

「それがよかろう」

 

 フアナの返答に、若き騎士は鹿爪らしい顔で頷いた。


 別れの挨拶を交わすと、騎士ローランが率いる一行は、見守るフィンとフアナの前を通り過ぎて、丘陵地の道を南へ下っていった。

 司祭の背後を言葉なく歩くミアの横顔を見つめながら、フィンは言いようのない感情に襲われていた。

 やがて、横顔からその背中を見送るようになりながらも、しばらくフィンはその場に立ったまま、遠ざかる影法師を見つめていた。

 夕焼けは、次第に夕闇へと姿を変えようとしている。

 フアナは、ふと尋ねた。

 

「……宏基様も、ザイオン市に行きたいですか?」

 

 その問いに、目をぱちくりさせたフィンは、少し逡巡した後、平静を装いながら「……別に」と答えた。

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