第20話 フィン、十歳
「魂が肉体の設計図となる、か……」
転生の間で燐が言っていたことの意味が、最近になってようやくわかるようになってきた。
フィンとして生まれてから十年の歳月を歩み、次第にその肉体が生前の宏基と共通するものが増えていることを感じていた。
とはいえ宏基としての魂がすべて転生したわけではなく、わずかに欠損し、他の魂糸で補われた部分もあるのだろう、いくつかの点ではまったく異なる肉体となっていた。
そのひとつが容姿で、生前の日本人然とした顔つきは、どちらかというと西洋人のような彫りの深い風貌へと変わっていた。髪も金髪に近い茶色だ。
さらに、その左手には、生まれつきの褐色の痣が残されている。
薬指の付け根にくっきりと残るそれは、まるで指輪のようでもあった。その痣のある薬指を右手の指先でいじるのが、いつのまにかフィンの癖になっていた。
フアナに聞いたとき、ひょっとしたら冗談のつもりなのかもしれないが「リィン様との絆ですね」と言っていた。
だとしたら、左手薬指に指輪なんて、ちょっと重すぎだろ……。
当時のフィンは苦笑いを貼りつけたまま、思わず固まってしまった。
異能も、転生後に得た新たな身体機能のひとつだろう。
三歳の頃には、小走りにも劣る程度の加速しかできなかった過限駆動だが、成長するにつれ、その能力は飛躍的に向上していた。いまでは、訓練されていない人間であれば、相手に気づかれることなくその周りをぐるりと回って戻ることもできるようになった。
しかし、その効果が上がれば、当然その反動も強くなるらしい。
効果が切れた直後に襲ってくる激しい動悸と息切れは、幼少の頃よりもさらに強くなり、いまでは全身を焼くような苦痛をフィンにもたらすほどになっていた。
利便性の高い能力ではあったが、その反動を思うと、つい躊躇してしまう。
フィンはおのずと異能の乱用を避けるようになっていた。
唯一の例外は、剣術の訓練である。
フィンは、元傭兵のエリックから教わった剣術を元にショートソードによる双剣術を編み出していた。そこには宏基としての記憶に残っている日本の古流剣術や忍術の技術も融合させている。
双剣特有の攻守の幻惑的な変化や縦横無尽な攻めには、速度が重要であった。
そのため二本の小剣は、鍛冶屋でもある剣術の師エリックに依頼し、バランスを調整してもらった特注品を愛用している。
その双剣術に、過限駆動の異能を融合させようと試行錯誤を繰り返していた。
相性は恐ろしく良い。
瞬間的な加速で攻撃のパターンも斬撃のダメージも飛躍的に増加する。ただし、効果が切れれば激痛で身動きができなくなるし、使用時間が長くなればなるほど、その反動による負荷がさらに強まることもわかっていた。
いかにして短期決戦を成し遂げるか——。
フィンはそのためだけに技術を磨きつづけていた。
また、エリックには棒手裏剣も用意してもらった。
「なんだこれ? 太い釘か?」
エリックには笑われたが、無心に稽古するフィンの姿を見て興味を持ったらしい、いつのまにか自分でも似たような手裏剣を作り、一緒に稽古するようになった。
想定外だったのは、エリックの腕がめきめきと上達し、あっというまにフィンを追い越してしまったことである。さすがに宏基に手裏剣を教えてくれた七海ほどではないが、それでも力強く精度の高い打剣は十分に実戦に足りるものであった。
「ま、俺はナイフ投げで慣れてっからな」
落ち込むフィンを気遣いながら豪快に笑うエリック。
フィンはエリックから剣術以外に手裏剣も教わることになった。
ある夏の日の午後。粉挽き仕事の合間に水車小屋を抜け出したフィンは、いつもどおり近くにあるエリックの仕事場を尋ねる。
「おお、フィン、来たか。今日もやるか?」
「うん。試してみたい技もあるから」
エリックは鍛冶仕事の手を止めて、顔や首筋を流れる汗を身につける上着の襟元で拭う。そんなエリックめがけて、フィンは道すがら拾ったオークの木の枝を放り投げた。稽古用の木刀がわりだ。
飛んできた棒を片手で受け止めたエリックは、その感触にニヤリと笑う。
「こいつは、いい枝を見つけてきたな。……楽しみだ」
フィンとエリックは、鍛治小屋の裏手にある、いつもの稽古場所に移動すると、さっそく稽古を始める。すでに基本技はマスターしているフィンとの稽古は、もっぱら実戦形式だ。
堅いオークの木の枝を両手に握るフィンは、右手を額の前に掲げ、左手は腰の前あたりに据えた。
その構えを見たエリックは「へえ」と感心したような声を漏らす。
「いいな、その構え」
フィンはその声に我が意を得たりとほくそ笑む。
「……でもな」
そう言うや否や、エリックは半身になりながら素早く打ち込んできた。その攻撃を右手で受け止めつつ、フィンは一歩踏み込んで、左手の棒でエリックの腰を薙ぎ払おうとする。
だが、エリックは圧倒的な膂力で、受け止めた右腕ごとフィンを弾き飛ばす。
「——⁈」
バランスを崩しつつも、後方になんとか着地したフィンだが、さらに突っ込んでくるエリックの巨体を前に息を呑む。
エリックはしわがれ声でガハハと笑った。
「フィン、これだ。混戦になっちまえば構えとか言ってらんねえぞ? 大切なのは、どんな状況でも対応できるようにしておくこと——要するに心構えだ!」
体当たりする勢いで飛び込んできたエリックは、横薙ぎの強烈な一撃を打ち込んでくる。
フィンは舌打ちし、過限駆動を発動させた。途端に、視界で捉える世界の動きが緩慢になる。通常は速すぎて軌道すら捉えるのが難しいエリックの一振りを、ようやく見ることができた。フィンは身体を翻してエリックの攻撃ラインから外れると、その勢いを利用して両手に持った二本の棒をエリックの背中に叩き込もうとする。
だが、本来であればかわせるはずのないタイミングにもかかわらず、エリックは敏感に察知し、あえて膝から崩れ落ちるように転がると、その場から離脱してしまった。
フィンの渾身の一撃は、あえなく空を打つ。
フィンはため息をつくと、過限駆動を解除した。比較的短時間だったため、反動も軽い眩暈と吐き気程度で収まる。地面に崩れるように座り込みながら、
「……エリック、やっぱすげえな」
「いや、フィン、お前も良かったぞ? 試したいってのはあの構えか?」
フィンは言葉もなしに頷いた。
「確かに攻守も入れ替えやすそうだし、いいんじゃないか? 得意な形を持つってのは悪くないことだし。……あとは、あの加速か」
そこまで話すと、エリックはおかしそうに笑う。
「異能持ちは、俺もそれなりに見てきたけど、やっぱズルいよなぁ。お前の異能もいろいろと応用は効くと思うけど、いまみたいに危機回避に使うのは悪くないんじゃないか?」
「いや、異能なしでそこまで強いエリックも大概だと思う……」
フィンは呆れたように言った。これで引退した元傭兵だというのだから、全盛期はどうだったのか想像すらつかない。傭兵とは、かくも厳しい世界なのか。
エリックに傭兵だった頃の話を聞こうとすると、いつも笑って「まあ、そのうち、な」とはぐらかされた。エリックが語りたがらない傭兵時代。フィンが知るエリックは、傭兵を辞めてから、遍歴の果てに弟が村長を務めるコルト村に流れ着いた、気のいい中年の鍛冶屋である。それ以上のことは本人の口から語られるまで待つことにした。




