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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第二章 東京

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第18話 魂解きの儀

 宏基は口を閉じるのも忘れて、呆然となる。

 失踪したと思っていた恋人が、いつのまにか転生神になっていた。

 想像力の限界を軽く凌駕する事態に宏基はめまいを感じる。その心には、さまざまな感情が一挙に押し寄せていた。


「……とりあえず良かったよ。心配していたんだぞ……」


 宏基がようやく絞り出した言葉に、燐は申し訳なさそうに視線を落とす。


「ありがとう。――ごめんね、なにも伝えられなくて……」

「なにがあったんだ?」


 宏基の問いに、初めての彼女だった女性は、少し悲しそうな表情で経緯を語りはじめた。




 あるとき、燐の前に現れた転生神と名乗る貧相な老人。それがすべての始まりだった。

 混沌とした魂糸の海から最初の神々が生まれた時代から魂糸を紡いできた転生神に、神々の寿命である「滅びの刻」が訪れることになったという。

 そして、その後継者として燐が選ばれた。

 梅雨の薄暗い雨の日に燐の前に姿を見せた転生神は、まるで死神のようだったと燐は言う。それだけ、神として衰えていたということだろう。

 転生神は燐に事情を説明し、その能力を継いでほしいと訴えた。

 それはつまり、人間を辞めてくれという依頼でもあった。

 常識では考えられない状況にしばらく思い悩んでいた燐だったが、最終的には承諾することにした。

 その日から、燐が転生神になるための「魂解きの儀」の儀式が始まり、ゆっくりと燐の魂は解体され、同時に神として再構成されていくこととなった。

 外尾燐として生きるのも、残りわずかとなる。それに未練もあったのだろう。

 あの日、燐は宏基に意を決して話しかけ、結ばれることとなった。

 だが、喜びも束の間、ひと月という時間を費やした「魂解きの儀」が終焉を迎え、燐は新たな転生神として生まれ変わることとなった。


 誰にも言えなかった。


 そして、燐は人知れず姿を消し、新たな転生神として転生の間を管理することとなったという。


「……なんか、大変だったんだな……」


 経緯を聞いた宏基は、なんと声をかけていいのかわからず、ありきたりの慰めしかできなかった。だが、そんな言葉にすら燐は嬉しそうに微笑み返してきた。


「ありがとう」


 その表情を直視してしまい、宏基はどきりと胸を鳴らす。なんとなく気恥ずかしくて、なにげないふりして視線をそらした。


「ま、まあ……無事でよかった。てっきり俺たちみたいに連続殺人犯に襲われたんじゃないかってずっと心配してたもん。……あれ、燐には関係なかったんだね?」

「……ええと、ね」


 燐は表情を翳らせた。しばし思案げに眉を寄せながら、視線は虚空を見つめた。やがて、


「あれは、無関係じゃないんだ」


 と、呟くように、言った。

 その言葉に宏基は、頭が真っ白になった。


「えっ? ……どう……いう……?」


 燐は視線を落とし、寂しそうに微笑んだ。

 すべては、燐の転生のために、先代の転生神が仕組んだことだという。


「あれは……私が転生神になるために必要なことだって……」


 燐が転生神として魂糸を操る能力を身につけるためには、身近な人々の魂を解体し、まず、その魂糸を操る必要があったらしい。そのため先代の転生神は、斯波という刺客を送り込み、燐の周囲にいたサークルの仲間たちの命を奪っていったのだという。

 それを聞いて、宏基は頭が真っ白になった。

 必要なことだったのかもしれない。

 だとしても、やはり「そんなことで……」との思いが込み上げてくる。


 ……遼太郎。


 中学時代に運命を変えてくれた親友の姿が思い浮かぶ。

 宏基にとって、遼太郎はヒーローだった。どんなに困ったときでも、きっと遼太郎がなんとかしてくれる、そんな信頼感を抱いていた。

 それが、燐を次代の転生神にするという、たったそれだけのために、踏みにじるように殺された。しかも、その死が目的だったわけではない。単なる目的のための手段でしかなかった。

 

 バカにされたもんだ——。


 宏基はひどく憤りを感じていた。


「……俺たちを殺した、斯波って女はどうなったの?」


 やり場のない怒りを抱えたまま、震える声で宏基は尋ねた。

 燐は肩をすくめるような仕草を見せると「死んだよ。あのあと、すぐに自害したんだ」と答える。

 そして、深くため息をつくと「そこまでが先代の計画だったみたい」と呟いた。

 すでに怒りをぶつけるべき先代の転生神は存在していない。

 宏基は険しい表情のまま黙り込むと、刺客に刺されたはずの腹部をそっと撫でた。

 やがて、沈んだ声で「燐」と呼びかけた。


「……ん?」


 燐は控えめな笑顔で答えた。


「遼太郎たちの魂は、もう解体したのか?」

「……うん」

「いまは、どこに……?」


 その問いに、燐はゆっくりとかぶりを振った。


「……残念だけど、もうすでに魂糸レベルまで解体されてるから……」


 燐はそう言うと、ひょいと頭上を見上げる。それにつられて宏基も視線を上に向けた。

 どこまでも広がっている乳白色の空間のなかを、銀河を構成する星々のように煌めく数多の微粒子たちが、燐を中心に弧を描いてゆったりと回転しつづけていた。転生神によって解体された魂糸であった。


「……たぶん、この中に……」


 気が遠くなるような圧倒的数量を前に、口ごもるように燐は言った。

 宏基は絶句した。

 やがて肩を落としたまま、確かめるように燐に問いかける。


「……どれが遼太郎の魂糸だとかは、わからないんでしょ?」


 燐は頷いた。


「最小単位である魂糸そのものに意味はないからね。解体しきれなかった魂のかけらでも残っていたら別だけど、魂糸になってしまえば……さすがの転生神でもわからない」

「……だよね」


 宏基は、ふうっと息を漏らしながら言った。

 燐は目を細めると言葉を続ける。


「……それに魂糸の一部は、すでに再利用されて、別の魂として生まれ変わっているかもしれない」


 その言葉に思わず宏基は夢想する。もしかしたら、生まれ変わった自分の魂のなかに、遼太郎だった魂糸が含まれるかもしれない。それは……どんな気分なんだろう。

 魂糸そのものに意味はないとはいえ、なんとなく遼太郎の強靭な肉体と精神力、そして優しさを少しだけ分け与えてもらえるのではないかと期待してしまう自分がいた。

 そこで、ふと気がつく。


「そういえば、俺はこのあとどうなるの?」


 宏基は燐に尋ねた。

 燐いわく、いまの宏基は肉体を持たない魂だけの状態だという。しかも全裸だ。

 魂糸にまで解体されたならば、この転生の間をただよう無数の魂糸たちと結合し、新たな魂として転生することもあるだろうが、あいにく宏基の魂は、これ以上解体できないらしい。


 ……燐とこのまま、かもな。


 この柔らかい乳白色に包まれた空間のなかで燐と二人で永遠の時を過ごすことも想像した。

 だが、転生神たる燐は、さらりと告げる。


「ん? 転生するよ」

「お、おう……」


 肩透かしを食った宏基は、思わず前につんのめりそうになってしまう。


「……あれ? 俺の魂って、たしか分解できないんじゃ……」

「そうだよ?」

「このまま転生するの?」

「うん」


 色素の薄い神秘的な瞳で「なにか問題ですか?」と言わんばかりに見つめてくる燐。

 要するに、あれだ。前世の記憶をもったまま生まれ変わる——それって、まさしく転生じゃん。

 宏基がそう指摘すると燐は笑った。


「記憶だけじゃないよ。魂は肉体の設計図でもあるから。たぶん旧世界と似たような体格になるんじゃないかな?」


 と燐は告げる。そして、


「ただし、これから行く世界は、旧世界とは違う法則で支配されているから、同じ魂であってもその意味や機能は変わってくるはず。たとえば魂が収まるはずの肉体の容量は、新世界のほうが少し小さいから、魂がちょっと余るかもしれない」


 と言葉を続けた。

 完全に宏基は置いてけぼりである。

 魂が余る? なんじゃそりゃ。

 なによりもわからないことがあった。


「……ちょ、ちょっと待ってよ。……俺、どこに行くの?」


 宏基の発したその言葉に、燐は意外そうに目を見開くと、こともなげに言い放った。


「新世界だよ。私と宏基が生きていた最初の世界の後に創られた新たな世界」


 そこで燐はニヤリと笑みを浮かべた。


「剣と魔法の世界だよ」

「……おお、異世界っぽい」


 思わず宏基は声を漏らしてしまう。そして、すぐに顔を赤らめた。

 そんな宏基の純朴な反応すらも慈しむような笑顔で見守る燐。


「世界そのものが後発だから、文化的にもちょうど中世くらいの時代なんだよね。モンスターや亜人種なんかもいるし、楽しいと思うよ」


 微笑みながら語る燐。だが宏基は楽しいどころか、むしろ心配そうに表情を曇らせる。


「……俺、生きていけるのかな?」


 なんだかんだ言っても宏基は東京育ち。治安や医療、文化レベルの面でも不安しかなかった。

 だが、燐は気にする様子もなく平然と答える。


「大丈夫だと思うよ。赤子からのスタートだから、その環境が当たり前になるはずだし。習うより慣れろ、だよね。……まあ、確かに乳幼児のおよそ半分が死んでたりもするけど」

「……それを聞いて安心できると思うか?」

「だいじょぶ、だいじょぶ」


 燐はにっこりと笑うと、宏基の背後に向かって頷いて見せた。

 その視線に気がついて振り向くと、誰もいなかったはずの空間にいつのまにか二人の女性が立っていた。いずれも燐と同じような真っ白な布を身にまとっただけの姿で、その布一枚という無防備さもあってか、宏基は思わず目が泳いでしまう。

 二人のうち、背の高いグラマラスな女性が「こんにちは〜」と満面の笑顔で声をかけてきた。

 ふんわりとウェーブした赤毛を後頭部で束ねており、くりくりとした愛らしい瞳が好奇心いっぱいに宏基を見つめてくる。


「あたしはアーシアです。よろしくー」


 髪型と同じくふわふわした調子で、微笑みかけてくる。

 もう一人の女性は直立不動で、感情の揺らぎもなく「フアナです」とだけ言った。

 小柄ながら透明感のある美貌、肩口で切りそろえられた美しい金髪、見た目の若々しさには似つかわしくないくらいの落ち着いた表情でたたずんでいた。

 二人とも、その額には小さな宝玉がはめ込まれ、控えめな光を放っていた。


「彼女たちは私の従者で、フアナとアーシア。よろしくね」


 燐が宏基に改めて紹介する。

 転生神である燐の従者ということは、神の御使——つまりは天使ということらしい。燐はそれを「神使(しんし)」と呼んだ。


「宏基様、よろしくお願いいたします」


 紹介された二人は声を揃えながら深々とお辞儀した。その動きで純白の布の胸元が大きく開き、隙間から豊かなふくらみが覗く。慌てて宏基は視線をそらした。

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