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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第二章 東京

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第17話 転生神

 それは、どこまでもつづく乳白色の空間であった。

 天もなければ地もない。

 ただ、霧のような白いものが渦巻くように濃淡を入れ替えながら、ゆったりと循環していた。


「……ここは?」


 不意に意識を取り戻した宏基は、呆然と周囲を見渡した。

 優しい光に包まれた無限の空間。

 濃淡のある象牙色の靄が音もなくゆっくり流れてくると、宏基の身体のなかを抵抗なく通過していく。

 よく見るとそれは金色と白色の微細な粒子で構成された集合体で、片時も止まることなく流れつづけていた。粒子は仄かな光を放ちながら、刻々とその密度を変えて流転する。その姿は、夕暮れの空を自由に舞うムクドリの大群のようでもあった。宏基は、しばらくのあいだ、その幻想的な光景に目を奪われていた。


 すると突然、粒子の動きが乱れた。

 場に作用する求心力が生まれたかのように、渦の流れが加速する。

 その動きに促されるように宏基が振り向くと、そこに一人の金髪の女性が立っていた。




 女性は、透き通るような純白の布を身にまとい、なんの緊張も弛緩もなく、ただあるがままにその場へとたたずんでいた。腰まで伸びる金色の髪は、周囲の微粒子たちの光を受け、キラキラと輝きを変化させている。その額には、小ぶりの宝玉が埋め込まれており、常に神秘的な光を放ちつづけていた。

 無秩序に離合集散をくり返していた微粒子たちは、いつのまにか、女性を恋い慕うかのように、その周囲を緩やかに回転している。

 その様子から、宏基は直感的に理解した。

 彼女こそが、この空間の主であるということを。




 金髪の女性は宏基を見ると、すこし恥ずかしそうに微笑んだ。

 衣装から西洋的な女神の姿を連想するが、その顔つきは、西洋の彫刻や絵画でよく見る女神のイメージと異なり、どちらかというと起伏に乏しく全体的に丸みを帯びた日本人的なものであった。

 その見慣れた顔立ちもあってか、宏基は少しだけホッとする。

 いきなり理解を超えた場所に放り出され、宏基は心細さを感じていた。そんな不安もあって、相手の正体もわからないまま、思わず尋ねてしまう。


「……あなたは?」

「私は……」


 一瞬の間。


「私は、転生神です」


 女性は多少芝居がかった口調でそう答えた。宏基はその言葉の意味がすぐには理解できなかった。


「……転生神? 俺、トラックにでも轢かれたの?」


 だが、そう言った直後、忌まわしき記憶がよみがえる。

 腹部に包丁を突き立てられ、未央が殺されるのを見せつけられながら、ゆっくりと死んでいった真夏の夜の出来事。突如現れた刺客の存在。最強の武芸者だと思っていた七海も破れ、中学以来の親友の遼太郎も失った。

 それは宏基にとっての悪夢であった。


 ——刺されたはずだ。


 宏基はあわてて自分の腹部を確認する。だが、そこには刺さっていたはずの包丁はもちろん、傷ひとつ残されていなかった。ついでにいえば、衣服も一枚たりとて身につけていなかった。


「……え、ええええーっ⁉︎ 」


 途端に挙動不審になる宏基。

 女神とはいえ、見た目はただの若い女性である。見知らぬ女性の前で全裸でいることには、さすがに抵抗があった。宏基は顔を真っ赤に染めながら、縮こまるような姿勢になると、両手で股間を隠した。

 その羞恥心のすべてが詰め込まれたしぐさに、女神は思わず吹き出してしまう。


「気持ちはわかるけど、隠さなくてもいいから」

「いや、でも……」

「えーと、ね? 私、転生神だって言ったでしょ? 別に人間の裸とかいまさら興味ないし」


 そう言いながら、ふふふと含み笑いを漏らす。そして、さらに言葉を続けた。


「それに厳密に言うと、君は裸じゃないんだ。肉体を持たない魂だけの存在だから」


 女神はにっこりと笑みを浮かべる。

 宏基は耳を疑った。


「……ちょっと待ってください。肉体を持たない? 魂だけの存在……って?」


 股間を押さえながらうろたえる宏基。その様子に転生神は色素の薄い瞳を細めると「……そっか」と呟いた。


「……まだ説明してなかったね。宏基くん。ここが転生の間だ」


 転生神が片手を上げて、そう告げると、周囲をただよっていた粒子たちがパァッと弾けるように一気に広がった。白と金の微細な光がキラキラと明滅しながら周囲へとあふれ出し、まるで空間全体がうごめいているかのような錯覚を生み出す。宏基はひたすら、その光景に圧倒されていた。


 転生神の説明によれば、すべてのものは『魂糸(ストリングス)』という最小単位で構成されているらしい。

 そして転生神とは、その魂糸をリサイクルするのが役目だという。

 たとえば人間の場合、まず魂糸が集まって魂を生み出す。魂は地上にて肉体をまとい、生まれ落ちて、やがて死ぬ。死によって地上から解放された魂は、魂糸へと還元されながら、ふたたび再利用される日を待つことになる。

 その魂や魂糸が集まっているのが、この「転生の間」だという。


「——じゃあ、このキラキラしたのが?」

「そう。魂糸。正確にいえば魂糸が複数結合した状態だけどね。再利用するときには、これをさらに解体して、魂糸まで還元してやらないといけないんだけど」


 女神は、周囲を巡る微粒子たちを見遣りながら、慈しむように微笑んだ。

 転生神の役割とは、要するに事物を魂糸に還元し、そして再構成させることらしい。

 彼女は、人間以外についても、新たに魂糸から再構成されることを「転生」と呼んでいた。


「……記憶とかはどうなるんですか?」


 宏基は疑問を投げかける。

 魂が分解されるのであれば、その記憶もバラバラに分断されてしまうのではないかと思った。

 その問いに転生神は、嬉しそうに目を輝かせる。


「そうなんだよ。さすが宏基くん、理解が早いね。最小単位である魂糸には、記憶や性質を保持することはできないんだ。記憶を残すには、少なくともある程度まとまった量の結合は残しておく必要がある」


 いつの間にかタメ口になっていた女神が、興奮した様子で語る。


「基本的には転生前に魂糸レベルまで解体してから再構成しているので、前世の記憶が残ることはないんだけど、まあ、たまにね、解体が甘いと記憶が残っちゃうこともあるんだけど」


 そういうと、転生神は少し恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。

 その様子を見ると、意外に前世の記憶が残ることも少なくないらしい。


「ってことは、俺が刺されたときの記憶があるのも……?」

「そうだね。記憶とか外見とか失われてないのは、魂がまだ解体されてないからに他ならない」


 そこまで言って小首を傾げ、女神は一部訂正する。


「……というか、解体できないから、かな?」


 その言葉に、今度は宏基が小首を傾げた。


「どういうこと?」


 その質問に転生神は「うーん」とひとしきり唸った挙句、言いにくそうに口を開いた。


「……魂糸が絡まっちゃってるんだよね。簡単には解けないくらいに」


 転生神の説明によれば、この転生の間にやってきた魂は、転生神の力によって魂糸に解体されていく。だが、宏基の魂は、魂糸と魂糸がガッチガチに絡みあってしまい、解けなくなっているらしい。そのため、記憶だけでなく外見や性格といった生前の姿をそのまま残しているのだという。


「たぶん、時間をかければ解体はできると思うんだけど……せっかくだから、そのままでもいいかな、なんて思って、ね。宏基くんも、そっちのがいいでしょ?」


 照れ笑いしながら、馴れ馴れしい態度で尋ねてくる女神。

 当然だ。

 いまこの時点で「宏基」である以上、その存在が解体され、ただの構成要素に還元されるといわれたら、拒否したくなるに決まっている。「宏基」でなくなるということは、宏基にとっては「死」と同義であるのだから。

 逆にいえば、魂糸がこんがらがっていなかったら、すでに宏基は存在していなかったということになる。その可能性に宏基は背筋を凍りつかせた。


「……なんで、俺は……こんがらかったんですか?」

「それは……私と……」


 女神は顔を赤らめてゴニョゴニョと言う。


「……はい?」


 宏基は問いただした。

 やがて女神は覚悟を決めたかのように声を張り上げた。


「君が私と深く関係したからです!」

「はぁっ⁈」


 宏基は素っ頓狂な声を張り上げてしまった。

 俺には、そんな金髪の知り合いなどいない。

 いちばんギャルっぽかったのは副部長の男鹿乃々香だが、彼女は露出度こそ高かったものの髪色は艶のある漆黒の黒髪だった。他に思いつくのは茶髪の侑輔くらいしか思い当たらない。

 だが、宏基は改めて女神の顔を見て、ふと眉をひそめた。

 言われてみれば、面影があった。

 どこか気恥ずかしそうに目を伏せるしぐさに心当たりがあった。


「まさか……お前……」


 宏基は震える声で呟くように言う。


「……燐、か?」


 その声に女神は嬉しそうに頬を緩め、大きく頷きながら「うん」と答えた。


「やっと気づいてくれたね。宏基くん、会いたかったよ……」


 そのはにかんだ笑顔は、メガネこそかけていなかったが、まさしく燐の笑顔だった。

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