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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第二章 東京

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第14話 斯波

 女性のもとに到着した貴緒と侑輔は、しばらく言葉を交わしている様子であったが、やがて侑輔の能天気な笑い声が聞こえてきた。どうやら打ちとけてなにやら談笑しているようだ。

 貴緒も珍しく口元に手を当てて笑っているようであった。

 やがて侑輔は振り返ると、宏基たちに向かって大声で叫び出す。


「見学したいそうでぇす!」


 そして二人は見学希望の女性を連れて、サークルの仲間たちの元へと戻ってきた。

 女性は、その雰囲気から宏基たちと同世代の、おそらくは同じ大学生のようであった。だが、その小柄でひょろっとした体格から第二次性徴前の少女のようにも見える。だぼっとした黒のTシャツに合わせたハーフサイズのカーゴパンツから、マッチ棒のような白い脚が突き出ていた。

 黒いショートボブを揺らしながら、はにかみながら会釈してくる。


斯波(しば)です」


 硬い笑顔であった。

 理由はわからないが、その瞳を見たときに宏基はぞくりと背筋が凍るような感覚に襲われた。


「七海先輩、見学希望ですって」


 侑輔が現時点でサークルの最高責任者である七海に向かって声をかける。すると七海はその声に驚いたように「あ、ああ……」と応答した。いつも隙のない七海の意外な反応に周囲にいた貴緒や未央がくすくすと笑い声を漏らす。

 だが、宏基は気がついていた。それまで七海がかなり険しい表情で斯波と名乗る女性を見つめていたことに。

 しばしの沈黙のあと、七海は斯波に尋ねた。


「……斯波さん、だっけ? いままで武術や格闘技の経験は?」


 斯波はゆっくりとかぶりを振る。


「ありません」

「……ヨガとかも?」

「はい」


 斯波は薄い唇を曲げてニッと笑みを浮かべた。

 七海も口角を上げて「そうか」と、にこやかに微笑み返す。


 一瞬の間。


「……嘘だな」


 やけにドスの効いた声で呟くと、七海は手にしていた木刀をぐるりと回転させ、斯波の顎めがけて打ち上げた。

 だが、斯波はサッと身をひるがえし、七海の間合いから瞬時に遠ざかる。

 その離れぎわ、なぜか振り上げられた両手には、いつの間にか家庭用の三徳包丁が一丁ずつ握られていた。


 宏基は、なにが起こったのか、見えてはいたものの、すぐには理解できなかった。


 二本の包丁は、斯波の両隣に立っていた貴緒と侑輔の首筋を切り裂いていた。

 真っ赤な血飛沫が弾けるように飛び散り、二人は声にならない悲鳴のみを残して、崩れ落ちるようにその場へ倒れ込んでしまった。


 「あ、ああ……」


 宏基はあまりの光景に言葉を失った。あらゆる感情が一挙に押し寄せる。宏基はただ苦悶の声を漏らすことしかできなかった。


 「逃げろ!」


 七海が吠えるように叫び、斯波の前に立ちはだかるように身構える。

 斯波は不敵な笑みを浮かべ、両手に持った包丁をそれぞれ逆手に握り、背中を丸めた姿勢で七海に対峙した。


「……すごいな。なんでわかった?」


 斯波は見た目の幼さからは想像のつかない低めの声で、感心したように告げる。

 七海は油断なく木刀の切っ先を斯波に向けたまま、ふんっと鼻で笑った。


「歩き方とか、うまくごまかしていたようだが……体重移動が常人のそれじゃない」


 斯波は「へぇ……」と相槌を打った。その声はどことなく嬉しそうであった。


「あんたの相手は、なかなか骨が折れそうだな」

「——古澤や男鹿を殺ったのは、お前か?」


 七海の問いかけに斯波は怪訝そうに眉間に皺を寄せた。


「……古澤? ああ、この前のでかい女か。意外に大したことなかったな」


 嘲るように笑い、そして、


「まあ、最初のアイドルよりはましだったが——」


 と嫌味ったらしい口調でつづけた。


 その言葉に、宏基の隣で呆然と立ち尽くしていた未央が「ひいっ」と声を漏らす。

 長瀬花の命を奪った犯人がいまここにいるという事実を改めて理解し、未央は青ざめた表情で全身を硬直させた。

 リアルな生死の場の緊張感は、日々の稽古とは違うものがある。

 宏基にはそれが痛いほどわかった。


「未央。逃げろ」


 小声でそう告げると、宏基は歩を進めて未央をかばうように前に立ち、木刀を正眼で構えた。


「……宏基先輩?」

「いいから行け!」


 しかし、未央は動かない。

 この期に及んでも自分ひとりが逃げ出してもいいのか逡巡しているようだ。

 未央らしい、と宏基は胸の中でため息をついた。

 そんな倫理観なんか捨ててしまえば良いのに、と思う。


 すると、


「宏基」


 背後から遼太郎が声をかけてきた。

 宏基は振り返り、遼太郎と視線を絡ませる。

 遼太郎は険しい表情で爛々とその双眸を燃え上がらせていた。


「——俺も行く。宏基は未央を守りながら、ここから逃げてくれ」

「なっ……」


 宏基が反論する間もなく、遼太郎はゆったりとした足取りで、前方で対峙する七海と斯波の方へと歩み寄っていく。

 斯波は新たな獲物の登場に唇の端を歪め、嬉しそうに目を細めた。


「おー。でっかいのが来たなー」

「……七海さん、援護します」


 遼太郎は、七海に話しかける。だが、七海は迷惑そうに顔をしかめた。


「別にいいけど……たぶん守ってやれないぞ?」


 遼太郎は黙って頷く。



 木刀を正眼に構えようと持ち上げた、まさにそのとき——突如、斯波が襲いかかってきた。


 初期動作なく、地表を滑空するかのような歩法で一気に距離を詰めてくる斯波。

 不意を突かれた遼太郎は、迫る斯波めがけて横なぐりに木刀を叩きつけるが、粗い攻撃は斯波が逆手に握った包丁の腹で弾くように受け流されてしまう。その攻防で遼太郎の腕が上がり、懐ががら空きになった瞬間、斯波が飛び込んでくる。そして右手の包丁が遼太郎の左脇から首筋にかけて、切り裂くように振り上げられた。


「ぐぅっっ!」


 遼太郎の苦鳴が漏れる。

 そして、それと同時に遼太郎の巨大な体躯がもんどり打つように後方へと転がった。仰向けに倒れ込んだ遼太郎は、右胸を押さえながら顔を歪め、地面に積み重なった落ち葉の中でごろごろと悶え苦しんでいた。

 その身体には傷ひとつなかった。

 斯波は、手応えのなかった包丁を見つめ、確実に捉えたはずの攻撃が空を切ったことに呆然とする。

 しかし、すぐに原因に気がつくと、口角をねじ曲げ、にやりと笑った。

 包丁で切り裂かれるよりもわずかに早く、七海の木刀が遼太郎の胸を突き、遼太郎をその身体ごと突き飛ばしていたのだ。

 いまだに起き上がれない遼太郎を見ながら、斯波がせせら笑う。


「うっわ、痛そー。あんた容赦ねぇな?」

「殺されるよりは、マシだろ?」


 七海は不機嫌そうに言った。ふたたび木刀を構えると斯波の前に立つ。木刀を握る両拳を右耳の横まで上げ、腕を返して切っ先を斯波へと向ける。

 霞の構えだ。

 七海から放たれる緊張感が圧力となって斯波を押しつぶそうとする。


「いいねー。あんた、最高だよ。殺さなきゃいけないのが残念なくらいだ」


 斯波はその邪悪な表情のまま、ふふっと可愛らしい笑い声を漏らした。

 そのギャップにも七海は動ずることなく、容赦なく斯波に殺気を浴びせつづける。


「お前の目的はなんだ?」

「あんたらの殲滅だよ。……これは、いわば神のご意志ってやつ?」


 斯波は自嘲めいた笑いを浮かべつつ答えた。

 七海はその言葉に思いっきりめんどくさそうな顔をする。軽蔑のまなざしへと変わった視線に、それまでの殺気が弛んだ。

 それにつられて斯波は小さく鼻で笑う。

 吐息とともに斯波の横隔膜に緊張とそれに続く弛緩が生じた。

 その一瞬を見逃さず、七海は斯波の肩口めがけて木刀を振り下ろした。

 全身が連動した稲妻のような一撃に、さすがの斯波の包丁さばきも間に合わない。


「——くぅっ!」


 斯波は身体をねじって避けようするが、七海の木刀は容赦なくその華奢な肩口へと叩き込まれる。

 だが、木刀が触れるタイミングで斯波は腕を振り上げ、その動きと、肩から上腕へと続く曲線を利用して木刀を受け流してしまった。その反応に驚愕する七海めがけて、逆に斯波の握った包丁が襲いかかる。


 七海はあわてて身を離しながら、唖然とした口調で言う。


「……システマか!?」


 斯波は、にんまりと微笑み、芝居がかったそぶりで首を縦に動かした。


「とはいえ、さすがに痛かったけどな」

「……鼻から吸って、口から吐け」


 七海が自らも習うシステマの大原則を伝える。斯波は思わず吹き出してしまった。


「あんた、真顔でなに言ってんだ? 笑えんだけど?」


 七海は忌々しそうな表情で「うるさい」と吐き捨てるように答えた。

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