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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第二章 東京

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第13話 燐の失踪

 外尾燐が姿を消して、すでに数週間が経過していた。

 燐は、サークルはもちろん、所属する文学部の講義にも出ていなかった。

 携帯電話にかけてもつながらず、燐と同じ文学部の学生に訊いてみたところ、どうやら実家にいる両親や妹とも連絡がつかず、捜索願が出されていることがわかった。

 宏基は、燐の下宿先のアパートにも行ってみたが、窓にはカーテンも閉まっておらず、郵便受けからは受け取り手のいない新聞やチラシがあふれかえっていた。そこに燐の気配は残されていなかった。

 燐は、宏基にも告げず、どこかへと消えてしまったようだ。




 サークルの仲間たちの反応もさまざまだった。

 いずれにしても共通するのは、燐のことをよく知らないということだ。

 こんなにも存在感がなかったのかと、宏基は驚いたし、同時に自分自身も燐のことをそれほどよく知っているわけではないことを痛感していた。

 唯一、宏基だけが知っているのは、夏休みに二人で京都への旅行の約束をしていて、ホテルまで予約していたことであろう。いつもは感情をあらわにしない燐だが、いつになく嬉しそうで、付箋だらけのガイドブックを抱えていたのが印象的だった。

 だからこそ宏基は、燐が自らの意志で失踪したのではなく、なにかの事故に巻き込まれたのだと強く信じていた。

 そして、その思いが確信に変わったのは、続く事件の発生によってであった。

 サークルの先輩たちが次々と不審者に襲われたのだ。

 最初は長瀬花先輩だった。

 多忙な芸能活動の合間をぬって大学に通っていた花は、帰宅途中の夜道で襲われ、刺殺体となって発見された。人気芸能人が被害者となったこの陰惨な事件に世間は大騒ぎになり、連日ワイドショーやネットニュースを賑わせていた。報道としては概ねストーカーによる殺人事件と見られているようである。大学を訪れた報道陣から、不審な人物を見かけなかったかと在校生がインタビューされることもあった。




 アイドル的存在であった花の訃報に、サークル内は騒然となっていた。身近な人物が殺されるという経験は誰しもが初めてで、その感情の取り扱いに誰しもが困惑しているようであった。特に仲の良かった男鹿乃々香の取り乱しぶりは激しく、抑えきれぬ悲しみと怒りに身を震わせながら、涙とともに犯人への復讐を叫んでいた。

 だが、悲劇はそれだけに止まらなかった。

 今度は、部長の古澤美南、副部長の男鹿乃々香が揃って消息不明となってしまう。燐の失踪から一ヶ月も経たないうちに次々と上級生たちが姿を消していく状況に、ようやく部員たちのあいだに明らかな動揺と恐怖が広がっていった。


 ——もしかして、サークルの部員が狙われている?


 そんな疑念があちらこちらで囁かれるようになり、不安や緊張からサークルの人間関係は崩壊寸前にまで混迷を極めてしまった。見かねた山村七海は、唯一残された最上級生として、事態が落ち着くまでの活動休止を決定した。

 七海は心の中でため息をつく。

 教え子である燐と、同級生の美南、乃々香、花のことを思い浮かべ、身を苛む孤独感に静かに飲み込まれていた。

 いつもどおり。特別なことはせず、いつもどおりの稽古をして、それを最後としよう。

 七海はそう決めた。

 それゆえ今夜はサークルの活動休止前の最後の稽古であった。




「貴緒は燐と仲良かったんだっけ?」


 宏基は疑問点をぶつけてみた。同級生ではあるが、燐の口から貴緒の名前が出たことがなかった。案の定、貴緒は首を横に振った。


「稽古で組んだことはあったけど……それくらいだったかな」


 そう言うと、その整った顔立ちに翳りをたたえて呟くように言葉を継いだ。


「……とはいえ、寂しいよね」

「そう、だね……」


 宏基は、感情を隠すかのように言葉短く同意した。

 あまり練習をサボるわけにもいかない。再び貴緒が木刀を構え、几帳面すぎる真っ直ぐな剣を打ち込んでくる。宏基はそれを受け流し、最初に七海が見せたような相手のこめかみへの一撃を打ち込んだ。本来、ここで貴緒の木刀が戻ってきて防御しなければならないのだが、なかなかタイミングが合わない。

 貴緒は、ふたたび木刀を下ろし、はあっと大きくため息をついた。


「やっぱ向いてないのかな?」

「いや……木刀が重いんじゃないかな? もっと軽いやつに変えてみたら?」


 宏基は、貴緒の細すぎる両腕を見ながらアドバイスした。流派によって木刀の形や重さは大きく違っている。新撰組で有名な天然理心流と、宮本武蔵が創始した二天一流では、おおよそ一キログラム程度の重量差がある。ほぼ牛乳パック一本分だ。


「二天一流の木刀だったら俺も持ってるから、今度持ってくるよ」


 宏基の言葉に、貴緒は嬉しそうに表情をほころばせた。


「えっ、マジ? 超うれしいんだけど? ありがとう!」

「……まあ、次の稽古がいつになるか、だけどね」


 宏基は肩をすくめながら言う。その言葉に貴緒も残念そうに「そういえば、そうだね」と寂しそうに答えた。


「花先輩と一緒で、美南先輩や乃々香先輩も通り魔に襲われたのかな?」


 貴緒がぼそりと呟いた。それは、サークルの誰しもが抱いていた疑問であった。宏基は首をひねりながら、大きく「うーん」と唸り声を漏らした。


「花先輩ならまだしも、美南先輩や乃々香先輩を襲う理由が思い当たらないんだよね……」


 さらにいえば、燐は、なおさらである。

 人気タレントの花やサークルの部長、副部長といったメンツと比較すると、恋人をつかまえてこんなことを言うのもなんだが、どうしても燐だけ見劣りしてしまう。たまたま時期が一緒だっただけで、燐だけは無関係なのかもしれない。


「サークルに恨みを抱く者の犯行、とか?」

「……誰が、こんな弱小貧乏サークルを恨むんだよ。今日だって練習場所、レンタルスタジオとかじゃなくて公園だぜ?」


 宏基は呆れたように言った。だが、貴緒はいたって真面目なようだ。


「わからないよ? たとえば恋愛感情のもつれとかあるじゃん? 宏基は大丈夫?」

「あのな、どっちかっていうとお前だろ? 気づくと、よくわからん女の子にいきなり声かけられて手紙とか渡されてんじゃん? あれ、大丈夫なのか?」


 宏基がそう指摘すると貴緒は心底嫌そうな顔をした。

 そんなに嫌だったら、その王子様みたいな格好をやめればいいのに、と宏基は思う。


「基本的に、みんな話せばわかってくれる子だったから大丈夫だと思うんだけど……そういえば最近、ちょっとしつこい人がいるんだよね? 年上なんだけどさ。今日も公園に来てると思うよ」


 貴緒は小声で言いながら、周囲をきょろきょろと見回した。やがて公園の芝生広場の方を見ながら「ほら、いた」と宏基に告げる。その言葉に宏基が振り返ると、芝生広場の外れにある東屋に一人ぽつんと立つ小柄な女性のシルエットを見つけた。


「……あれ? ちょっと違うかな?」


 貴緒は不思議そうに首をひねった。どうやら最近来ているお姉様と比べると背が低すぎるらしい。

 その女性は、見られていることに気がついたのか、ゆっくりと宏基たちが稽古する林へと歩み寄ってきた。その様子にどことなく違和感を感じ、宏基は妙な悪寒に襲われた。


「……こっち来るね」

「なんだか嫌な予感がするけど、例の通り魔じゃないよな?」


 貴緒と宏基は手を止めたまま、近づいてくる女性の姿を見守っていた。不安そうな宏基の言葉に、貴緒は首をわずかに傾ける。


「それはないんじゃない? 女の子だぜ?」

「あのな……七海先輩も女の子だぞ?」


 その言葉に貴緒は黙り込んでしまった。

 だが、七海先輩は突然変異だとしても、美南先輩や乃々香先輩といった他の先輩たちも卓越した技術の持ち主であった。格闘技経験のある男性であっても、そう簡単に遅れをとるはずもなかった。

 

 ……貴緒の言うとおり、普通の女性じゃ無理かもな。

 

 宏基がそう思い直したところ、


「で、私の性別がなんだって?」


 と、いきなり背後から七海が声をかけてきた。宏基と貴緒は驚きのあまり、そろって悲鳴を漏らしてしまう。振り返ると七海が呆れたような目つきで二人を見つめていた。その後ろには、にんまりと悪戯っぽい笑みを浮かべている遼太郎が立っていた。


「女性だという証拠でも見せればいいのか?」


 七海は軽蔑するような目つきで貴緒を見据えてくる。貴緒は冷や汗をかきながら必死にお断りを申し上げた。やがて茶番に満足したのか、七海は冷静な口調に戻ると「どうしたんだ?」と尋ねてきた。

 宏基は近づいてくる不審な女性がいることを七海に報告した。見ると、次第に近づいてきた女性は再び足を止めて、いまは木々の陰からこちらの様子をうかがっているようであった。

 七海は「ふーん」とあごに指先を当てて、しばらく思案する。


「先輩。僕が声かけてきますよ」


 積極的な貴緒の提案に七海は「わかった」と頷くと、少し離れた場所にいた侑輔に声をかけた。


「三宅。藤堂についてってくれるか?」

「……はい? 別にいいっすけど、なんすか?」


 いきなり巻き込まれた侑輔は、怪訝そうに近づいてくる。事情を伝えられると侑輔は「宏基さん、心配性なんだからー」と軽快に笑い出した。だが、口ではバカにしながらも、きちんと確かめに行ってくれる素直さが、侑輔のいいところだ。


「わかりました! 俺は用心棒ってことですね!」

「……いや、どう考えても貴緒の盾だろう?」


 宏基の言葉に貴緒もうんうんと大きく頷いている。七海は聞いてもいない。

 そんな先輩たちの反応が面白かったのか、侑輔は「なんすか、その反応!」とゲラゲラと笑い出した。


「……お前、ほんとポジティブだな」

「そんな褒めないでくださいよ!」

「……いや、いまのは本気で褒めた。尊敬する」


 宏基は呆れた口調で称賛した。その言葉に侑輔は嬉しそうに微笑む。


「じゃあ、行くよ」

「はーい」


 上級生の貴緒に促され、子どものような返事をする侑輔。貴緒の背後に付き従いながら、まるで件の女性をお迎えに行くかのように薄暗い木立ちの下へと近づいていった。

 宏基は、離れていく二人の背中に向かって「気をつけろよ」と声をかけようとしたが、かえっておおごとにしてしまうような気がして、その言葉を飲み込んでしまった。

 代わりに祈るように二人の動向を見守りつづけた。

 いつのまにか宏基の背後に歩み寄っていた関口未央が「大丈夫ですかね?」と心配そうに話しかけてくる。宏基はちらりと未央を一瞥すると、短く「……うん」とだけ言葉を返した。

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