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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第二章 東京

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第11話 自由のために

「俺だよ。聞こえなかったか? 俺があんたに会いに来たんだよ?」

「……なんだ、てめぇは⁈ ナメてんのか‼︎」

 

 男はいつも玄関に置いてあった木刀をつかむと、裸足のまま廊下へと飛び出してきた。

 

「このガキが‼︎ 大人をナメた口きいてんじゃねぇぞ! ぶっ殺してやる‼︎」

 

 アパートの共用部にもかかわらず、大声で怒鳴り散らす男。

 事態を察した他の住人たちは、危害が及ぶのを恐れ、物音ひとつ立てず、ドアから出てくる気配もない。

 だが、遼太郎は臆する様子もなく、男に向かって言い放った。

 

「いつも宏基を殴ってたらしいな……あんた、ナニサマのつもりだよ? 」

「——あ? 俺はな、こいつの母親の恋人なんだよ? 父親みたいなもんなんだよ! 親が息子を殴るのは、しつけだろうがっ⁉︎」

 

 遼太郎は、それを聞くと大声で笑い出した。

 

「あんた、なにも知らないんだな? いまはたとえ親や教師でも子どもを叩くのは法律違反なんだよ。体罰は教育じゃなくて、ただの暴行、傷害だってよ!」

「うっせっ! そんなのどうでもいいよ! 子どもは殴られて育つんだよ‼︎」

 

 中学生の挑発に頭に血の上った男は、怒りをぶつけるかのように、手にした木刀で共用廊下にある洗濯機を激しく打ち据えた。

 バンッという鼓膜を刺すような激しい金属音が鳴り響き、宏基はその暴力的な音量にびくりと身を震わせる。

 だが、遼太郎は鼻で笑った。

 

「……なんだ。反撃してこないモノしか攻撃できないんだな? 臆病者か?」

 

 その言葉に男は顔を歪ませ、「ふざけんな!」と叫ぶと、遼太郎めがけて鋭い蹴りを放った。酒とギャンブルで痩せた身体からは想像もできない力強い蹴りだったが、遼太郎は一歩も引かず、その蹴りに合わせて、さっと片膝を上げる。

 ゴッ、という嫌な音と共に、男の脛のいちばん弱い部分が遼太郎の硬い膝にまともにぶつかった。


「っ……‼︎」


 男は顔を引きつらせると、よろめくように数歩後退した。

 遼太郎は、真剣な表情で拳を構える。

 さきほどまでの挑発的な笑顔は消え、射抜くような目つきで男を見据えた。

 その身に纏う威圧感から、男は相手がただの中学生でないことに、ようやく気づいた。

 

「クソがッ‼︎」

 

 顔を真っ赤に染めながら、男は自分を鼓舞するかのように大声で吠えた。

 脛にはさきほどのダメージが未だに残っている。

 追い詰められた男は「うぉおおおお!」と絶叫して、木刀を振りかぶって遼太郎に迫ってきた。

 瞬時に身をひるがえし、遼太郎は木刀の描く軌跡から遠ざかる。

 目標を失った木刀は、その勢いのまま廊下の壁に激突した。

 男は完全に正気を失い、叫びながらぶんぶんと木刀を振り回し、二度三度と遼太郎に刀身を叩きつけようとする。

 だが、男の腰の引けた攻撃は、すべて遼太郎に見切られ、回避されてしまった。

 自ら振り回す木刀の勢いに負けて、男がバランスを崩した隙に、遼太郎は前蹴りを男の腹部へと叩き込む。だが、空手の組手とはまったく異なる実戦の緊張があったのか、その距離を見誤り、内臓まで効かせることができなかった。

 男は蹴られた勢いでよたよたと背後に下がる。

 遼太郎と男は、肩で息をしながら離れた位置で互いに様子を伺っていた。

 いつも聞こえてくるはずのアパートの生活音は完全に立ち消え、廊下には二人の激しい息遣いだけが聞こえている。

 宏基は、正面が大きく凹んだ洗濯機の傍らに立ち尽くし、この戦いの行方を息を呑んで見守っていた。




 男は、ふと宏基を見た。

 宏基もその動きにつられて顔を向け、男と目が合ってしまう。

 宏基は嫌な予感がした。


「……え?」

「てめぇのせいだー!」

 

 案の定、男は宏基に向かって木刀を振りかぶり、絶叫しながら突進してくる。

 やばい、と思ったときには、もはや逃げることもできず、やけに白い木刀の軌跡が一直線に宏基の頭上へと振り下ろされた。

 宏基は反射的に目を閉じて、首をすくめる。

 ゴッ! という鈍い音が響く。

 恐る恐る宏基が目を開けると、視界の先には宏基をかばうように立ちはだかる遼太郎の巨躯があり、その額で、男の振り下ろした木刀を受け止めていた。裂けた皮膚から、すぐに血が流れ出て、アパートの薄暗い廊下へとポタポタと滴り落ちる。

 男はひきつった笑いを浮かべた。

 遼太郎は動きの止まった木刀を右手で鷲掴みにすると、顔面を鮮血で染めながら、眼光鋭く男を睨みつけた。その鬼気迫る様子に、思わず男はたじろぐ。

 

「……わかってないようだから、わからせてやるよ」

 

 そういいつつ、遼太郎は木刀を握った右腕に力を込めて、ぐいっと引っ張った。

 思わぬ力で急に引かれた男は前方へつんのめるようにバランスを崩す。舌打ちとともに、男は木刀を奪われまいと柄を強く握りしめた。両者の間をつなぐ木刀が、二人の力を受けてミシミシと音を立てる。

 遼太郎は、爛々と燃える目つきで男を見据えながら、全身の力を右腕に集中させた。やがて、遼太郎の圧倒的な膂力によって、抵抗虚しく男は地面へと引きずり倒されてしまった。

 そのまま遼太郎は、仰向けに倒れた男の上に覆いかぶさると、その顔に木刀を押し当てていく。

 

「わかったか? もう、宏基には関わるな?」


 遼太郎は血まみれの顔を男に近づけると、低い声で告げた。

 だが、男は、その問いには答えることなく、苦悶の表情で怨嗟の声を漏らす。

 

「……ガ、ガキのくせにっ……」

 

 その言葉に遼太郎は無言で木刀を押す手に力を込めた。膝で押さえた木刀の柄が支点となり、まるで裁断機のように男の頭部をギリギリと圧迫していく。頭蓋骨に木刀が食い込んでいく痛みに、男はたまらず悲鳴を上げた。

 

「わ、わかった! お、俺が悪かった! 勘弁してくれェェ!」

「……もう二度と宏基には関わらないと誓え!」

「ち、誓うぅぅ! 誓うよ! わかったから‼︎」

 

 遼太郎は、憐れむような目つきで男を見ると、ようやくその手を緩めた。

 解放された男は、そのまま頼りない足取りでアパートを立ち去っていった。




 宏基には、まだなにが起こったのかよくわからなかった。あれほど自分を苦しめた悪夢の日々が、まさか、こんな結末を迎えるとは想像もしていなかった。

 いまだ現実感なく、感情が事実に追いついていなかった。

 

「……ありがとう、遼太郎くん」

 

 とりあえず礼を伝えようと遼太郎の方を振り向く。すると、ちょうどそのとき、遼太郎が頭を押さえて廊下へと倒れ込んだ。

 

「りょ……遼太郎くん!? 大丈夫っ?!」

 

 あわてて助け起こそうとするが、遼太郎は木刀で殴打された額を押さえ、苦悶の声を漏らしながら激しく身をよじらせていた。見れば、血まみれの患部は赤紫色に腫れ上がり、まるで特殊メイクでも施したかのように人間離れした形相へと変貌を遂げていた。


「遼太郎くん! どうしよう……救急車……?」

「……うちに、電話をかけてくれ……」

 

 宏基は、遼太郎がうわごとのようにつぶやいた番号に電話をかける。

 電話口に出たのは、遼太郎の父親であった。やがて駆けつけた父親によって遼太郎は病院へと運ばれていった。



 それから先のことは噂話の範疇を出ないが、遼太郎に怪我を負わせた男は、地元の名士でもある遼太郎の父の怒りを買ってしまったということで、有坂家に恩義を感じていた仁義に厚い職業の人たちが三ノ輪の街をぶらぶらと歩いていた男を見つけ、然るべき手段で”話し合い”を行ったらしい。

 それ以来、男の姿は三ノ輪で見かけることはなくなった。

 宏基の母は、泣きながら息子に詫びた。

 出会ったばかりの頃は、穏やかで優しく、どちらかというと紳士的な男性だったらしい。しかし、その本性に気づいたときにはもはや手遅れで、恐怖で支配され、逆らうことができなくなっていたと声を詰まらせながら母は宏基に告白した。

 事件の後、母は有坂家にも謝りに行った。しかし、そんな母を遼太郎の両親はむしろ気遣い、慰めてくれたそうだ。

 遼太郎も幸い大事なく、すぐに退院することができた。遼太郎の額には、そのときの傷が大きく残ることになったが、遼太郎は、その傷の原因について一言も触れることはなかった。

 あの夜、遼太郎に出会っていなかったら、いまの自分の笑顔はなかったと思う。

 友人としての気恥ずかしさもあって直接伝えたことはなかったが、それ以来、宏基にとって遼太郎は恩人であり、英雄であった。

 二人は、この事件以降さらに友情を深め、その後は高校、大学と同じ学校に進学することになる。

 その先に、大きな不幸が待っていることは、この時点では誰一人として気づく由もなかった。

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