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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第二章 東京

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第10話 出会い

 宏基と遼太郎は、地元の中学校で初めて出会った。

 上野や浅草の北に位置する三ノ輪(みのわ)という昭和の面影が色濃く残る東京の下町の住宅街だ。東京に唯一残る路面電車の始発駅もあり、駅に隣接する商店街は、夕方ともなると子どもを自転車に乗せた買い物客で賑わっていた。

 中小企業の多い三ノ輪のなかでも、遼太郎の実家の町工場は高い技術力で知られ、中学時代から同級生のみならず教師や上級生からも一目置かれていた。

 そんな遼太郎が、別のクラスの、しかも「その他大勢」であった宏基と友情を深めるまでに至ったのは、いまから思えば奇跡だったのかもしれない。それ以来、日を追うごとに宏基と遼太郎は、互いに強い信頼で結ばれるようになった。




 中学時代の宏基は、家庭に問題を抱えていた。

 母子家庭で育った宏基であったが、それまでは母親とふたり、まだ幸せに暮らせていたのだろうと思う。

 事態が急変したのは、あの日、いきなり母親が交際相手だという細身の男を連れてきてからだ。

 優しい笑顔で宏基に挨拶する男に対して、宏基は、目が笑っていない、と感じた。

 そして、いつのまにか宏基たちのアパートへ同居するようになった男は、なにかあると母親や宏基に暴力を振るうようになった。

 最初は宏基も反抗していた。だが中学生とはいえ、まだまだ身体の小さかった宏基は、成人男性の力には逆らえず、そのつど返り討ちに遭い、完膚なきまでに叩きのめされていた。

 いつしか宏基は反抗するのを諦めてしまった。

 自宅から逃げたかった。勉強を理由に閉館の時間まで図書館で勉強をした。帰宅して足音を忍ばせて近寄った自宅のドアの前で部屋の中からギャンブルで負けて不機嫌そうな男の声を聞いたときには、そっとアパートを離れ、近所の公園でしばらく時間が過ぎるのを待つこともあった。


「あれ? 宏基、だよな?」

 

 そんなとき、たまたま通りがかった遼太郎に声をかけられた。宏基は急いで笑顔に表情を切り替えると「遼太郎くん、どうしたの?」と声を返す。

 二人はクラスこそ違うものの、同じ学校に通う同学年である。互いに顔と名前くらいは知っていた。

 

「そりゃ、こっちのセリフだよ。どうしたんだよ、こんな時間に?」

 

 あっけらかんとした声で答えながら公園にいる宏基の方へと歩み寄ってくる遼太郎。宏基は誤魔化すように「いや、遊んでたんだよ」と言った。

 

「遼太郎くんは?」

「——俺? 俺は習い事の帰り」

 

 遼太郎は、帯をぐるぐるに巻きつけた真っ白な道着をハンドバッグのように掲げて見せた。

 

「……空手? 柔道?」

「空手。こう見えても、けっこう強いんだぜ?」

 

 そういうと軽やかに笑い出す。遼太郎は中学生にしては大柄で背も高く、屈強な肉体に恵まれていた。冗談めかしていたが、強いという言葉はあながち嘘ではないのだろう。

 

「宏基は、習い事とかしてないの?」

「昔、水泳やってたけど、いまはなにもやってない」

 

 なんとなく遼太郎と目が合わせられず、宏基は地面や遊具の方を見ながら受け答えした。

 そんな友人と断言するには多少の疑問符がつく同級生の姿をじっと見つめる遼太郎。なにかを躊躇っていたが、やがて少し怖い顔になると真剣な口調で尋ねてくる。

 

「宏基……お前、なんか隠してるだろ?」

「……え?」

「最近、学校でもおかしいよな? なんか表情も暗いし……大丈夫か?」

「うん。大丈夫だよ……」

 

 宏基は薄っぺらい笑顔のままで、なにごともなかったかのように明るく答えようとした。だが真摯に宏基のことを心配する遼太郎の言葉に、堪えてたはずの涙があふれ出てきてしまう。そして一度決壊した感情は止まることを知らず、一気に宏基の心を押し流す。

 すぐに宏基は声を震わせながら、遼太郎の前で泣き出してしまった。

 遼太郎はその傍らでなにも言わず、宏基がずっとため込んでいた膿のような感情がすべて吐き出されるのを待っていた。

 やがて、宏基は落ち着くと、すべてを遼太郎に打ち明けた。

 同級生の身に起こっている事実を知り、さらにその身体に刻まれた大量の痣や傷の跡を見て、遼太郎は言葉を失う。すぐにその絶句は激しい怒りへと転じ、遼太郎は身を打ち震わせながら、暴れ狂う感情をなんとかねじ伏せるように、ゆっくりと言葉を絞り出した。

 

「……宏基、送っていくよ」

 

 その言葉に驚いた宏基は、それまでずっと下を向いていた顔を上げ、遼太郎の顔を見つめた。

 遼太郎の目は、真っ赤に染まっていた。

 

「お前は、俺が守ってやる」

 

 遼太郎がなにをしようとしているのか、悪い想像しかできずに宏基は必死に断ったが、彼は頑として譲らなかった。

 遼太郎がこれほどまでに頑固だったことは、後にも先にもこのときだけであった。

 結局、宏基は遼太郎を連れて自宅に向かうこととなった。




 声をひそめてたどり着いた自宅アパートの、薄汚れた木目模様のドアを前にして、改めてその圧迫感に心が折れそうになり、宏基は生唾を飲み込んだ。

 振り返り、背後にいた遼太郎と目を合わせる。燃えるような目つきで宏基を見守っていた遼太郎は小さく頷いた。宏基も頷き返すと、意を決して手にしていた鍵を鍵穴に差し込む。金属が擦られながら押し込まれていく音。最後まで差し込んだ鍵をひねり、カチリと音を立てて開錠すると、それと同時に開けてもいないドアが勢いよく放たれた。

 ドアは宏基に激突する勢いだったが、察した遼太郎が宏基の手を引き、顔のすれすれのところを通り過ぎていった。

 開いた玄関の奥には、この世の不機嫌をすべて集めたかような険しい表情をした中年の男が立っていた。酒に酔っているのか、顔だけでなく大きく開いたシャツの胸元から覗く肌までが紅潮している。同居人とは思えないような憎悪に満ちた形相で目の前の中学生を睨みつけていた。

 

「てめえ、何時だと思ってんだ?!」

 

 出会い頭を叩きつけるように怒鳴ると、忌々しげに舌打ちし「ドアにぶつかれよ、バァーカ!」と吐き捨てるように言う。

 そして、ようやく隣にいる遼太郎に気がつき、男は「あ?」とドスの効いた声を漏らした。

 

「なんだ、てめえは?」

 

「……宏基の友人です……」

 

 遼太郎は、震える声でゆっくりと答える。

 男の位置からアパートの共用廊下の薄暗い照明の下にいる遼太郎の表情を見ることはできなかった。

 男は、ふたたび舌打ちすると、

 

「なんだと? ……おい、てめえ、なんでこんな時間に、よそのガキなんか連れてきてんだよ? 誰に許可取ってんだ?」

 

 と宏基に対して毒づきはじめる。もはや条件反射のように男の語気に硬直した宏基が、震えながら謝ろうとしたとき、背後から声が飛んだ。

 

「俺だよ」

 

 想定もしていなかった言葉に、静寂が訪れる。

 男は唖然として、発言の主である遼太郎の顔を見つめた。まだ幼さの残る中学生が、挑発的な笑みを浮かべつつ、爛々たる眼光で睨みつけてくるのを見て、すぐに男も怒りを爆発させる。

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