第9話いつもの隣
朝。
窓から差し込む光が、静かな部屋をやさしく包み込んでいた。
玲花はゆっくりと目を覚ます。
ぼんやりした視界の先。
隣には、シオンが静かに座っていた。
「起きた?」
穏やかな声。
「うん……」
まだ少し眠たげなまま、玲花は小さく返事をする。
シオンは安心したように目を細めた。
「よく眠れてたね」
柔らかな笑み。
玲花はその顔を見ながら、何気なく問いかける。
「……見てたの?」
冗談のつもりだった。
けれどシオンは、一瞬だけ間を置く。
「起きてくる気配があったから」
穏やかな口調。
玲花は深く考えず、「そっか」と頷いた。
そのまま軽く伸びをする。
朝の空気は静かで、どこか心地よかった。
「今日はどうする?」
シオンが静かに聞く。
「外、出たい」
玲花がそう答えると、シオンはすぐに頷いた。
「いいよ」
その返事は自然だった。
けれど。
「ただし」
ほんの少しだけ間を置いてから、
「無理しない範囲でね」
やわらかく続ける。
制限というより、心配するような声。
「うん、ありがとう」
玲花は素直に笑った。
外は静かだった。
風がやさしく吹き抜けていく。
「気持ちいいね」
「うん」
並んで歩く。
距離は少し近い。
けれど今では、それが自然だった。
沈黙も苦しくない。
ただ隣にいるだけで落ち着く。
「ねえ」
不意にシオンが口を開く。
「こういう時間、好きだな」
玲花は小さく首を傾げた。
「どんな?」
「玲花といる時間」
さらりと言われたその言葉に、胸が小さく跳ねる。
「……変なこと言うね」
照れ隠しのようにそう返すと、シオンは少しだけ笑った。
「本当のことだよ」
まっすぐ向けられる視線。
玲花は耐えきれず、そっと目を逸らした。
歩く速度が少しだけゆっくりになる。
その時。
自然に、二人の手が触れた。
一瞬だけ。
けれど、どちらも離さない。
シオンは静かに、玲花の手を握り返す。
強くはない。
ただ、離れない程度に。
「玲花」
名前を呼ばれる。
「うん?」
「一緒にいられて、嬉しい」
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。
玲花は少しだけ俯きながら、
「……私も」
小さく答えた。
それだけで、空気がやわらかく変わる。
◇
屋敷へ戻る帰り道。
いつもより、少しだけ時間が長く感じた。
けれど嫌ではない。
ただ隣にいる。
それだけで十分だと思えた。
「明日も、こうやって過ごしたいな」
シオンが静かに呟く。
玲花は少しだけ迷ってから、小さく頷いた。
「うん」
その返事が。
ほんの少しだけ、未来へ繋がっている気がした。
――第9話 終――




