第10話離れないで
夜。
屋敷は静まり返っていた。
窓の外には淡い月明かりが広がり、白い光が静かに床を照らしている。
玲花はソファに座ったまま、ぼんやりと視線を落としていた。
何かをしているわけではない。
それなのに、胸の奥が少しだけ落ち着かない。
コン、と控えめな音が響く。
「入るよ」
聞き慣れた声と共に、扉が開いた。
シオンが部屋へ入ってくる。
「まだ起きてたんだ」
穏やかな口調。
「……ちょっと考え事」
玲花は視線を少し逸らしながら答える。
「何を?」
「……いろいろ」
曖昧な返事。
短い沈黙が落ちる。
シオンは何も言わず、玲花の隣へ腰を下ろした。
いつもより、少しだけ近い距離。
「玲花」
静かに名前を呼ばれる。
「うん?」
「僕さ」
シオンは言葉を選ぶように少しだけ間を置いた。
「玲花がいないと、落ち着かない」
「……え?」
玲花は小さく目を瞬かせる。
意味がうまく飲み込めない。
「いるのが当たり前になってる」
まっすぐな視線が向けられる。
「それって、よくないよね」
どこか自分を責めるような声音だった。
「どうして?」
玲花は素直に問い返す。
シオンは少しだけ苦笑する。
「……依存だと思う」
その言い方が、不思議と優しく聞こえた。
「でもね」
シオンがほんの少し距離を縮める。
「それでもいいって思ってる」
そっと玲花の手を取る。
強くはない。
けれど、簡単には離れない温度。
「玲花がいれば、それでいい」
その言葉に、玲花の胸が小さく跳ねた。
「重い?」
静かな問い。
「……ちょっと」
玲花は困ったように笑う。
けれど、否定はしなかった。
シオンは小さく息を吐く。
そのまま玲花の手を包み込むように握りながら、静かに言った。
「他の人はいらない」
空気がわずかに変わる。
「玲花だけでいい」
向けられる視線は真っ直ぐで、優しい。
優しすぎて、逃げ場がないほどに。
玲花は何も言えなかった。
「だから」
シオンの声が少しだけ柔らかくなる。
「僕と一緒にいてほしい」
それは、静かな告白だった。
玲花の指先がわずかに震える。
それでも、手は離されない。
「……うん」
小さく頷く。
「いいよ」
その瞬間。
シオンの表情が、ほんの少し崩れた。
安心したように。
嬉しそうに。
静かに笑う。
「……よかった」
そのまま、玲花の手を握る力が少しだけ強くなる。
優しい。
けれど、決して離さないように。
「もう、離さないよ」
その言葉は穏やかで。
けれど、ほんの少しだけ怖かった。
――第10話 終――




