第7話少しだけ、ズレている
食堂は、いつも通り人で埋まっていた。
食器の触れ合う音。
低く重なる話し声。
玲花は決められた席に座る。
決められた時間。
決められた場所。
今では、それが当たり前になっていた。
「……来た」
向かいの席に親友が腰を下ろす。
「うん」
短いやり取り。
それだけなのに、今日はどこか空気が違った。
親友はしばらく黙ったまま、玲花を見つめている。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「ねえ」
「なに?」
「最近さ」
言葉を選ぶように、一度間を置く。
「ちょっと……変わった?」
「え?」
玲花はすぐに首を傾げた。
「何が?」
「……考え方とか」
曖昧な言い方だった。
玲花は少しだけ考える。
けれど、思い当たるものはない。
「別に、変わってないと思うけど」
素直にそう答える。
親友は小さく息を吐いた。
「そうかな」
納得していない声だった。
けれど、それ以上は追及しない。
代わりに、別の質問を投げる。
「時間、ちゃんと守れてる?」
「うん」
玲花は迷いなく頷いた。
「シオンってヤツが決めてるんでしょ?」
「そうだよ」
自然に返す。
「安心するって言ってたし」
その瞬間。
親友の眉が、わずかに動いた。
「……それって」
言葉を切る。
少しだけ迷うように。
「“安心”って言われたら、何でも従う?」
いつもより、少し強い口調だった。
玲花は困ったように笑う。
「従うっていうか……だって、間違ってないでしょ」
そう言った瞬間。
親友の表情が、はっきり曇った。
「……玲花」
名前を呼ぶ声が重い。
「それ、ちょっと危ないよ」
「危ない?」
玲花は意味が分からず、首を傾げる。
「うん」
親友は真っ直ぐに玲花を見る。
「自分で考えなくなってる」
その言葉に、胸の奥がわずかにざわついた。
「そんなことない」
反射的に否定する。
けれど。
「じゃあさ」
親友は静かに続けた。
「その人が来ない時、どうするの?」
「え……」
玲花は言葉を失う。
考えたことがなかった。
「何も決められなくならない?」
返事が詰まる。
「そんなの……」
大丈夫。
そう思いたいのに、言葉が続かない。
「……考えすぎだよ」
結局、そう返すしかなかった。
親友はそれ以上責めなかった。
ただ、少しだけ視線を落とす。
「……変わったのは、あんたじゃないのかもね」
小さく零れた声。
玲花には、はっきり聞き取れなかった。
食堂を出て、屋敷へ戻る。
扉を開けると、いつもの声が迎えた。
「おかえり」
シオンが穏やかに笑っている。
その笑顔を見た瞬間。
さっきまで胸に残っていたざわつきが、少しだけ薄れる。
玲花は何も疑わずに答えた。
「ただいま」
それだけで。
今日もまた、何も変わらない一日が終わっていく。
――第7話 終――




