第5話優しい制限
食堂は、今日もいつも通りだった。
人の話し声。
食器の触れ合う音。
変わらない空気に、玲花は小さく息をつく。
ここにいる間だけは、“外の世界”に戻れた気がした。
「……玲花」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
親友が、いつもの席に立っていた。
「今日も来れたんだね」
「うん」
短いやり取り。
それだけなのに、少しだけ肩の力が抜ける。
親友は玲花の向かいに座ると、しばらく黙っていた。
やがて、少しだけ顔を近づける。
「……ねえ」
「なに?」
「ちゃんと、自由に出れてる?」
玲花は一瞬だけ目を瞬かせた。
けれど、すぐに答える。
「出れてるよ」
嘘ではなかった。
外へ出ることはできる。
実際、こうして食堂にも来られている。
「そっか」
親友は小さく頷く。
だが、その目はどこか考え込むように細められていた。
それ以上は、何も聞いてこなかった。
食堂を出て、帰り道を歩く。
いつもと同じ道。
そのはずだった。
けれど玲花は、ふと足を止める。
少し遠回りをすれば、別の通りへ出られる道がある。
ほんの少しだけ。
そんな軽い気持ちで、そちらへ足を向けかけた、その時。
「玲花」
背後から声がした。
振り向くと、シオンが立っていた。
「……どうしたの?」
穏やかな声。
いつも通りの笑顔。
「いや、ちょっと……」
玲花は言葉を濁す。
するとシオンは、やわらかく微笑んだまま言った。
「こっち、あんまり人通りなくて危ないよ」
責めるような口調ではない。
本当に心配しているような声だった。
「そうなんだ」
玲花は素直に頷く。
「うん。何かあったら嫌だから」
自然な言葉だった。
否定する理由なんて、どこにもない。
「戻ろうか」
そう言って、シオンは軽く手を差し出す。
玲花は迷うことなく、その手を取った。
温かい。
安心する温度だった。
屋敷へ戻る道を歩きながら、玲花はもう、さっきの道のことを忘れかけていた。
部屋へ戻ろうとした時、不意にシオンが呼び止める。
「ねえ」
「?」
「食堂に行く時間、決めてもいい?」
玲花は少しだけ首を傾げた。
「え?」
「心配だから」
変わらない、穏やかな声。
「行く時間が分かってたら、安心できる」
その言い方に、不自然さはなかった。
むしろ、優しさすら感じる。
「……いいよ」
気づけば、自然に頷いていた。
「ありがとう」
シオンは嬉しそうに笑う。
「無理はさせないから」
そう言って、彼はそっと玲花の頭に触れた。
優しい手つき。
その感触に、玲花は少しだけ安心する。
――その日から。
食堂へ行く時間は決められた。
帰る時間も。
少しだけ、不自由になったはずなのに。
玲花は、それを“普通”だと思っていた。
ただひとつ。
自由だったはずの外の世界が、ほんの少しだけ狭くなっていることに。
まだ、気づかないまま。
――第5話 終――




