第43話壁の奥
「……一緒に見ようか」
シオンの手が、玲花の手を包む。
冷たい指先。
逃げられないまま壁の隙間へ、ゆっくりと導かれる。
「押して」
静かな声。
玲花は息を飲む。
怖い。
でも、もう止まれない。
ゆっくり力を込める。
ぎ、と小さな音がなった。
薄い板が、わずかに動く。
「……!」
開く。
暗い隙間。
冷たい空気が流れ出る。
玲花の目が揺れる。
「ほら」
シオンの声は穏やかなままだった。
「何かある?」
「……」
答えられない。
でも、わかる。
確実に、何かある。
「……」
ゆっくりと、
板を横へずらす。
隠れていた空間が見える。
「……っ」
小さく息を呑む。
狭い。
人一人入れるくらいの空間。
小部屋みたいに、
奥へ続いている。
「……」
暗い。
窓もない。
古い匂い。
閉じ込められた空気。
「……」
玲花はその場から動けなかった。
「入る?」
シオンが聞く。
優しい声。
選ばせるみたいに。
「……」
玲花は少し迷う。
でも——
「……入る」
小さく答える。
「そっか」
シオンが微笑む。
「気をつけて」
そのまま、
玲花の背中をそっと押す。
逃げ道を塞ぐみたいに。
「……」
一歩、中へ入る。
床が小さく軋んだ。
暗い。
「……」
壁際には古い机が置かれていた。
埃をかぶっている。
長い間、誰も使っていないように。
玲花の視線が止まる。
「……」
視線が止まる。
机の上。
一枚の紙。
「……」
玲花は近づき、震える手でそれを取った。
古い紙だった。
折り目がついている。
ゆっくり開く。
そこに書かれていた文字を見た瞬間、玲花の呼吸が止まった。
——開けないで
「……っ」
見覚えのある字だった。
玲花は紙を見つめる。
「……」
自分の字。
「……なんで」
声が震える。
紙を持つ手も。
——見つかったら終わる
頭が真っ白になる。
ありえない。
こんなの、書いた覚えない。
でも、確かに自分の字だった。
「……玲花?」
後ろから、シオンの声がする。
「何かあった?」
「……」
玲花は振り返れなかった。
視線が机に落ちる。
引き出しが、少しだけ開いている。
中に、まだ何かある。
「……っ」
ゆっくり手を伸ばした。
その瞬間。
後ろから、そっと肩に手が置かれる。
「……」
シオンだった。
すぐ後ろにいる。
近い。
「……玲花」
耳元で声が落ちる。
「もう十分じゃない?」
優しい声。
でも、少し低い。
「……」
玲花は動きを止める。
「怖いでしょ」
静かな声。
「だから言ったのに」
責めていない。
慰めるみたいに。
「……」
でも、違う。
「……」
玲花は、ゆっくり首を振る。
「……まだある」
小さく言う。
震えながら。
「……」
シオンは何も言わなかった。
空気が重くなる。
「……玲花」
名前を呼ぶ声。
静かな声。
「それ以上は」
ほんの少し間が空く。
「見ないほうがいい」
「……やだ」
即答だった。
今度は迷わない。
「……」
シオンの手が、わずかに止まる。
「……」
玲花は引き出しを掴む。
ゆっくりと、
開ける。
「……っ」
中にあったのは、何枚もの紙。
そして、
古びた鍵。
その上に、もう一枚。
短い文字。
震えた字で、こう書かれていた。
——シオンを信じるな
「……っ」
空気が凍る。
「……」
玲花は、ゆっくり振り返った。
すぐ後ろにシオンが立っている。
笑っている。
いつもみたに。
でも——
目だけが、
少しも笑っていなかった。
――第43話 終――




