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第42話選ばせる

「……見る」


小さな声。


でも、


はっきりとしていた。


「……」


シオンは玲花を静かに見つめる。


怒っているようには見えない。


少なくとも、表情はいつも通りだった。


「……そっか」


やわらかい声。


掴んでいた手首から、


少しだけ力が抜ける。


「じゃあ」


穏やかに続ける。


「開けてみる?」


「……」


玲花の呼吸が浅くなる。


「……」


壁の隙間を見る。


暗い。


何も見えない。


でも——


確かに、


そこに“何か”がある。


「……」


シオンが、ゆっくりと隣に並ぶ。


近い。


逃げ場がないくらい。


「……玲花」


静かな声。


「中を見たら、たぶんもう戻れないよ」


「……」


心臓が跳ねる。


「……どういう意味」


小さく聞く。


「そのまま」


シオンは壁を見る。


「知らないままの方が、幸せなこともある」


穏やかな横顔。


本当に心配しているみたいに。


玲花は何も言えない。


「……でも」


シオンが続ける。


「玲花が見たいなら、止めない」


優しい言葉。


選ばせてくれるみたいに。


「……」


でも——


違和感が残る。


「……」


玲花の視線が落ちる。


シオンの手。


まだ、完全には離れていない。


いつでも止められる距離。


シオンは気づいている。


玲花が揺れていること。


「……怖い?」


静かな声。


「……」


答えられない。


「大丈夫だよ」


すぐに続く。


「もし後悔しても」


そっと、


玲花の髪に触れる。


「俺がいるから」


やさしい声。


逃げ込める場所を、


先に差し出してくる。


「……」


胸が苦しくなる。


「……」


壁を見る。


隙間。


暗闇。


「……」


その奥に、


本当に答えがある?


もし、


何もなかったら?


「……」


元カレの言葉が浮かぶ。


——見ればわかる


「……」


でも、


シオンの声も残る。


——知らないままの方が幸せ


「……っ」


頭がぐらぐらする。


「……玲花」


また名前を呼ばれる。


近くで。


「無理しなくていい」


やわらかい声。


「今閉じれば、何も変わらない」


その言葉。


「……」


一瞬、


手が止まる。


閉じれば。


終われる。


また、


いつも通りに戻れる。


「……」


シオンは急かさない。


ただ待っている。


玲花が、


自分で諦めるのを。


「……」


沈黙。


長い。


「……」


やがて、


玲花の手が動く。


ゆっくりと。


壁へ。


「……」


シオンの目が細くなる。


ほんの少しだけ。


「……玲花」


静かな声。


最後の確認みたいに。


「本当に見るの?」


「……」


玲花は、


小さく息を吸う。


怖い。


でも——


「……見る」


今度は、


迷わなかった。


「……」


シオンはしばらく玲花を見つめる。


それから、


ふっと笑った。


優しく。


いつものみたいに。


「……そっか」


静かな声。


「じゃあ」


その瞬間。


シオンの手が、


玲花の手を包む。


「……一緒に見ようか」


「……っ」


逃げられない。


そのまま、


壁の隙間へ導かれる。


やさしく。


まるで、


手を引いてくれているみたいに。


でも——


指先は、


少しだけ冷たかった。


――第42話 終――


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