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第38話灰の中に残らない

 暖炉の火が、静かに揺れていた。


 シオンは、手の中の手紙をもう一度開く。


 先ほどまでの柔らかな笑みはない。


 ただ無表情のまま、指先で文字をなぞっていく。


「……相変わらずだね」


 小さく呟いたあと、彼は迷いなく手紙を炎の中へ落とした。


 紙はゆっくりと燃え始める。


 端から黒く変色し、文字が崩れ、灰へ変わっていく。


 ぱち、と乾いた音が響いた。


 シオンは黙ったまま、それを最後まで見つめている。


 紙の形が完全になくなるまで。


 そしてトングを手に取り、残った灰を丁寧に崩した。


 痕跡が残らないように。


「……これでいい」


 静かな声だった。


 そのまま振り返り、閉じた扉の向こうへ視線を向ける。


「……誰も見てないよね」


 確認ではなく、最初から答えを知っているような口調。


 短い沈黙。


 やがて、ぽつりと呟く。


「……一人減らすか」


 その言葉は、暖炉の火に紛れるように消えていった。


 冗談にも、本気にも聞こえる声音。


 シオンは少しだけ目を伏せる。


 考えるように。


 そして次の瞬間には、もういつもの穏やかな表情へ戻っていた。


「……まあ、様子見でいいか」


 軽く肩をすくめる。


 暖炉の火が、また小さく揺れた。


 ぱち、と音を立てる。


 シオンは灰を見下ろす。


 そこにはもう、文字も形も残っていない。


「……これで届かない」


 誰に向けるでもなく、静かに呟く。


 そして、ゆっくり視線を上げた。


 部屋の隅。


 暗がりの奥。


「……」


 一瞬だけ、何かを確かめるように目を細める。


 しかしすぐに背を向け、扉へ歩き出した。


 手をかける。


「――明日から、門の見張り増やして」


 外に向かって、穏やかな声で言う。


 そこに誰か立っているように自然に。


「知らない人間は通さないで」


 命令口調ではない。


 けれど逆らえない響きがあった。


「……それと」


 少しだけ間を置く。


「今日はもう、誰も玲花の近くに行かなくていい」


 静かな声。


 守るための言葉のようでいて、隔離するための響き。


「僕が見るから」


 扉を開ける。


 廊下は静まり返っていた。


 誰の姿もない。


 それでも、指示は確かに届いているようだった。


 シオンはゆっくりと歩き出す。


 足音は驚くほど小さい。


 闇へ吸い込まれるように消えていく。


 向かう先は決まっていた。


 玲花の部屋。


 途中、窓の前で一度だけ足を止める。


 夜の街を見下ろした。


 遠くに灯る明かり。


 静かすぎる景色。


「……入らせないよ」


 ぽつりと零す。


 優しい声で。


「もう、二度と」


 そのまま再び歩き出す。


 迷いはなかった。


 やがて、玲花の部屋の前へ辿り着く。


 シオンは立ち止まる。


 ノックはしない。


 静かに扉を開けた。


「……玲花?」


 いつも通りの、柔らかな声。


 暖炉の前で灰を見つめていた男と、同じ人物とは思えないほど穏やかだった。


「起きてる?」


 その声だけが、静かな部屋へ溶けていった。

――第38話 終――


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