第32話ひとり
夜。
部屋は静かだった。
ベッドの上で、玲花はぼんやりと天井を見つめている。
暗い。
音もない。
落ち着くはずなのに、胸の奥だけがざわついていた。
「……っ」
呼吸が浅くなる。
頭に浮かぶ。
黒い点。
触れられなかった手。
親友の言葉。
——普通じゃない。
「……やだ」
小さく呟く。
考えたくない。
でも、止まらない。
玲花はゆっくりと体を起こした。
視線が自然と壁の隅へ向く。
何もないはずなのに、見ているだけで寒気がする。
——ある。
そんな気がしてしまう。
「……違う」
首を振る。
否定するみたいに。
でも、目を逸らせない。
そっと手を伸ばす。
触れられる距離。
「……っ」
そこで止まる。
怖い。
理由はわからない。
ただ、触れちゃいけない気がした。
玲花はゆっくり手を引く。
また、触れられなかった。
「……なんで」
胸がざわつく。
呼吸が乱れる。
怖い。
何が怖いのか、自分でもわからない。
ここは自分の部屋のはずなのに。
気づけば、涙が頬を伝っていた。
「……やだ」
小さな声が静かな部屋に溶けていく。
そのとき。
コンコン。
不意にノックの音が響く。
「……玲花?」
シオンの声。
「……っ」
体が強張る。
返事ができない。
「入るね」
静かに扉が開く。
目が合った瞬間、シオンの表情が少し変わった。
玲花の様子を見て、すぐに異変に気づいたみたいに。
「……どうしたの」
静かな声。
「……なんでもない」
慌てて涙を拭く。
でも、遅かった。
シオンは何も言わず、ゆっくり近づいてくる。
「……玲花」
近くで名前を呼ばれる。
「泣いてる」
「……違う」
小さく否定する。
「そっか」
責める声じゃない。
でも、そのあと。
「じゃあ、なんで震えてるの?」
言葉が詰まる。
「……何があったの」
優しい聞き方だった。
無理に聞き出そうとはしない。
玲花は視線を揺らす。
「……今日」
やっと声が出る。
「……外で」
そこまで言って止まる。
シオンは急かさない。
ただ静かに待っている。
でも結局。
「……なんでもない」
玲花はそう言ってしまった。
「……そっか」
シオンは小さく頷く。
それから静かに聞いた。
「怖かった?」
その一言で、呼吸が止まる。
「……うん」
小さく頷くと、シオンの手が頬に触れた。
やわらかい。
「大丈夫だよ」
静かな声。
「ここにいる限り」
少しだけ間を置く。
「怖いことなんて、何もない」
玲花は何も言えなかった。
ただ、小さく頷く。
それしか、できなかった。
――第32話 終――




