第31話ずれてる
「玲花」
名前を呼ばれる。
少し強い声。
「こっち見て」
「……」
ゆっくり顔を上げる。
視線が合う。
逃げられない。
「今の話、どう思った?」
単刀直入。
「……わかんない」
正直に答える。
それしか言えない。
「でも」
少しだけ言葉を探す。
「おかしいとは思う」
小さく付け足す。
「だよね」
親友が頷く。
安心したように。
でも、すぐに表情が引き締まる。
「じゃあさ」
少し前に乗り出す。
「なんで“おかしい”で止まってるの」
核心。
「……」
言葉が詰まる。
「普通さ」
ゆっくり続ける。
「元カレがああやって出てきた時点でおかしいじゃん」
「……うん」
「捕まってるはずなのに、普通に歩いてる」
当たり前の矛盾。
「それでも」
少しだけ声が低くなる。
「“わかんない”で済ませてる」
「……」
何も言えない。
「それ、ちょっと変だよ」
責めているわけじゃない。
ただ事実を並べている声。
「……っ」
胸の奥がざわつく。
「あとさ」
親友が続ける。
テーブルの写真を指で軽く押さえる。
「これ」
壁の隅の黒い点。
「気づいてたでしょ」
「……」
否定できない。
「触ろうとした」
「……」
「でもやめた」
確認のように言う。
「……なんでやめたの」
問い。
「……わかんない」
かすれた声。
「怖かった」
それだけははっきり出る。
「だよね」
親友が小さく息を吐く。
「でもさ」
少しだけ間を置く。
「普通、怖いってなる前に“何これ”って触るよ」
静かな指摘。
「……」
言葉が出ない。
「鍵もそう」
「外もそう」
一つずつ、重ねていく。
「前の玲花、そんなじゃなかった」
その一言で、空気が変わる。
「……っ」
心臓が跳ねる。
「ねえ」
少しだけ声が柔らかくなる。
「最近、自分で“やめてる”感覚ない?」
「……」
答えられない。
でも——ある。
「考えようとすると、やめる」
「違和感あっても、流す」
全部、見透かされている。
「……やめて」
思わず声が出る。
「それ以上は」
聞きたくない。
親友が少しだけ黙る。
それから、
静かに言う。
「……ごめん」
一言。
でも止まらない。
「でも言う」
まっすぐ見てくる。
「玲花、それ普通じゃない」
はっきりした断定。
「閉じ込められてるとか、そういう話じゃなくて」
少しだけ間を置く。
「もっと手前」
「自分で考えるの、止められてる」
「……っ」
息が詰まる。
否定したいのに、できない。
「だから」
親友が少しだけ手を伸ばす。
触れない距離で止まる。
「一回でいいから」
静かに言う。
「ちゃんと考えて」
沈黙が落ちる。
長い。
「……」
玲花は視線を落とす。
写真。
黒い点。
違和感。
全部がそこにある。
「……わかんないよ」
小さく呟く。
それでも、さっきよりは——少しだけ、重さが残っていた。
親友は何も言わない。
ただ、そこにいる。
――第31話 終――




