第25話侵入
夜。
静まり返った部屋。
時計の針が進む音だけが、やけに鮮明だった。
玲花はベッドの上で、ただ天井を見ていた。
眠れないわけじゃない。
でも、眠りに落ちる気配もない。
「……」
ふと、何かが落ちるような音。
——小さな金属音。
カチ、と乾いた響き。
「……?」
視線だけを動かす。
ドアの方。
変わらないはずの扉。
静かなままの廊下。
「……気のせい」
そう言いかけた、その瞬間。
——ガチャ。
今度ははっきりと。
音が“現実”になる。
「……っ」
息が止まる。
ゆっくりと、ドアノブが動いた。
鍵は——確かにかけたはずだった。
「……誰」
声は出たのに、弱い。
返事はない。
そして、扉が開く。
ゆっくりと。
まるで、最初からそうなると決まっていたみたいに。
暗い廊下。
その境目に、人影が立っていた。
「……」
見えた瞬間、息が詰まる。
見覚えのある輪郭。
間違えようのない存在。
「……玲花」
低い声。
元カレだった。
「……なんで」
それしか出てこない。
体が動かない。
逃げるという選択が、最初から存在していないみたいに。
「迎えに来た」
一歩。
部屋に入る。
空気がわずかに変わる。
ドアが静かに閉じる音がして、世界が狭くなる。
「……来い」
手が伸びる。
迷いのない動き。
まっすぐすぎて、拒む余地がないように見える。
「ここにいるのおかしいだろ」
声は強いのに、どこか必死だった。
「お前は、こんな場所にいるやつじゃない」
その言葉が、胸の奥に落ちる。
痛いほど、まっすぐに。
「……」
答えは出ない。
ただ、視線が揺れる。
そのとき。
「玲花」
背後から声。
近すぎる距離。
「……っ!?」
振り返る。
そこにいるはずのない人間。
シオン。
いつの間にか、部屋の中にいた。
音もなく。
気配もなく。
「何してるの?」
穏やかな声。
なのに、空気が変わる。
温度が少しだけ下がる。
「……離れろ」
元カレの声が低くなる。
さっきよりも強く。
「そいつから」
「へえ」
シオンは、軽く目を細める。
「勝手に入ってきたのに、ちゃんと主張するんだ」
静かな声。
柔らかいのに、刺さる。
「玲花」
元カレが呼ぶ。
「来い」
短く、まっすぐ。
「……」
玲花の中で、何かが揺れる。
伸ばされた手。
隣にある影。
どちらも、現実。
どちらも、逃げ道ではない。
「怖い?」
シオンの声が、すぐ耳元で落ちる。
「俺から離れないで」
その一言で、思考が曖昧になる。
「玲花!」
元カレの声が鋭くなる。
「そいつの言うこと聞くな!」
引き戻そうとする声。
でも、遠い。
どこか、届かない。
「……私は」
喉が震える。
何かを選ばなきゃいけないのに。
選べないまま——
少しだけ、シオンの方へ寄る。
「……そうかよ」
元カレの声が落ちる。
悔しさと、諦めの間。
「……でも」
視線が強くなる。
「終わらせない」
その言葉だけが、部屋に残る。
「……」
シオンは何も言わない。
ただ、薄く笑う。
「帰っていいよ」
軽い声。
けれど、完全な線引き。
「次は、入れないから」
静かな宣告。
元カレは一瞬だけ立ち尽くし——
それから、背を向ける。
何も言わずに。
足音が遠ざかる。
やがて、完全に消える。
静寂だけが戻る。
「……」
残ったのは、二人。
そして、重い沈黙。
――第25話 終――
更新が遅くなってすみません…!
リアルが忙しくてなかなか書けませんでした。
それでも読んでくれてありがとうございます!
これからもゆっくりですが続けていくので、よかったら引き続き読んでもらえると嬉しいです。




