第23話選ばせるつもりはない
夜。
静まり返った庭。
月明かりだけが、二人の輪郭を淡く照らしていた。
「……離れろ」
低く、押し殺した声。
元恋人は一歩も動かず、シオンを睨みつけている。
その視線には迷いがなかった。
「へえ」
シオンは小さく首を傾ける。
「命令?」
やわらかい声。
けれど、その奥に冷たいものが混じっている。
「お願いに聞こえるか?」
元恋人の声はさらに低くなる。
空気が張り詰める。
「……玲花を返せ」
まっすぐな言葉だった。
躊躇も、揺れもない。
その瞬間。
シオンの表情が、わずかに消える。
笑みが落ちた。
「“返す”?」
静かな声。
「誰に?」
一歩、踏み出す。
足音はしないのに、確かに圧が近づいてくる。
「君に?」
距離が縮まる。
「それ、本気で言ってる?」
「……ああ」
元恋人は視線を逸らさない。
「玲花はお前のものじゃない」
はっきりと断言する。
その一言で。
空気が凍った。
「……そうだね」
シオンはふっと笑う。
「物じゃない」
ゆっくりと頷く。
「だからこそ」
視線が鋭くなる。
「君にも渡さない」
一瞬の沈黙。
「……閉じ込めてるくせにか」
元恋人の声がさらに低くなる。
「自由だって言うなら」
一歩、踏み出す。
「今ここで、玲花を呼べ」
「玲花に選ばせろ」
まっすぐな要求。
その言葉に、シオンはすぐには答えなかった。
ほんのわずか、目を伏せる。
「……やだな」
ぽつりと落ちる声。
「なんで?」
元恋人が詰め寄る。
「怖いからか?」
その問いに、シオンはゆっくりと顔を上げた。
「うん」
あっさりとした肯定。
「怖いよ」
静かな声が続く。
「嫌われたくないから」
「だから、そんなことしない」
その言葉は、矛盾しているようで、どこか筋が通っていた。
「……っ」
元恋人の拳に力が入る。
「それでいいと思ってんのか」
「いいよ」
即答だった。
「だって」
シオンは微笑む。
「今、玲花は俺の隣にいる」
「それが全部でしょ?」
静かな確信。
揺るがない言葉。
「……違う」
元恋人が低く否定する。
「それは“選んだ”んじゃない」
一歩、踏み出す。
「お前がそうさせてるだけだ」
その言葉に。
シオンの表情が、すっと消えた。
「……」
沈黙。
「そう思うなら」
ゆっくりと、口を開く。
「奪ってみれば?」
静かな挑発。
「できるなら」
空気が一段、冷える。
「……やるよ」
元恋人は即答した。
迷いはなかった。
その答えに、シオンはほんの少しだけ目を細める。
「そっか」
小さく頷く。
「じゃあ——」
視線が、屋敷の方へ向く。
「もっとちゃんと守らないと」
その言葉はやわらかいのに、拒絶そのものだった。
「次は、入れないよ」
静かな宣告。
風が一瞬、二人の間を抜けていく。
もう言葉はいらなかった。
ぶつかるのは、時間の問題だった。
――第23話 終――




