第2話何も知らないまま
朝は、静かに始まった。
玲花が目を覚ますと、視界に入ったのは昨日と同じ白い天井だった。
同じ部屋。
同じ静けさ。
それだけなのに、なぜか少しだけ安心する。
ベッドから降り、用意されていた服に袖を通す。
綺麗に整えられた衣服には、シワひとつない。
「……すごいな」
思わず小さく呟いた。
自分で整えた覚えはない。
まるで誰かが、眠っている間に準備したかのようだった。
けれど玲花は、それ以上深く考えなかった。
扉を開け、廊下へ出る。
今日も人の気配はない。
静かすぎる屋敷。
けれど不思議と、不安は感じなかった。
玲花はそのまま外へ出る。
澄んだ空気が頬を撫でる。
少しだけ冷たい風が心地いい。
自由に外へ出られる。
その事実だけで、十分だった。
ゆっくり歩きながら、玲花はふと空を見上げる。
その時、屋根の端に小さな黒い点が見えた。
「……?」
ほんの一瞬だけ視線を止める。
けれど、すぐに目を逸らした。
「気のせい、か……」
そう呟き、それ以上は考えなかった。
食堂へ入ると、静かな空間に人の声と食器の触れ合う音が混ざっていた。
ここだけは、外の世界と変わらない。
「……玲花」
名前を呼ばれ、玲花は顔を上げる。
そこにいたのは、親友だった。
玲花はその向かいに腰を下ろす。
この時間だけが、現実のように感じられた。
「元気そうじゃん」
親友が軽く笑う。
「……普通」
短い返事。
それでも、そのやり取りだけで少し落ち着いた。
しばらく沈黙が続いたあと、親友が小さく声を落とす。
「ねえ」
「ん?」
「ちゃんと、ご飯食べてる?」
玲花は少しだけ目を伏せた。
「食べてるよ」
「……そっか」
それだけだった。
親友は、それ以上何も聞かなかった。
罪のことも。
嘘のことも。
ただ静かに隣にいてくれる。
その優しさが、少しだけ苦しかった。
屋敷へ戻ると、シオンが廊下で待っていた。
「おかえり」
穏やかな笑みを浮かべながら、彼は玲花を見る。
「今日はどうだった?」
「……普通」
玲花がそう答えると、シオンは満足そうに頷いた。
「それならよかった」
その言葉に、玲花は少しだけ安心する。
ここにいてもいいのだと、そう思えた。
「無理しなくていいよ」
優しい声。
「ここにいればいい」
やはり、その言葉はどこまでも穏やかだった。
玲花は小さく頷く。
部屋へ戻る。
静かな空間。
変わらない景色。
――ただひとつだけ。
壁の隅に、静かにこちらを向いた黒いレンズがあることに、玲花はまだ気づいていなかった。
――第2話 終――




