第12話過去と今
街は、いつもより少しだけ賑わっていた。
露店から響く呼び込みの声。
笑い声。
行き交う人々の足音。
玲花はシオンの隣を歩いていた。
「今日は人が多いね」
「そうだね」
穏やかな会話。
少し前より、二人の距離は自然と近くなっていた。
繋がれた手も、もう違和感はない。
その時だった。
「……玲花?」
不意に背後から名前を呼ばれる。
聞き覚えのある声。
忘れられるはずのない声。
玲花の足が止まった。
ゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは――
「……っ」
元恋人だった。
少し痩せていた。
身体には新しい傷も増えている。
けれど、その目だけは変わっていなかった。
真っ直ぐに玲花だけを見つめている。
「……無事だったんだな」
絞り出すような声。
その一言だけで、胸が強く締めつけられる。
言葉が出ない。
「探した」
彼が一歩近づく。
「ずっと、探してた」
その言葉に、玲花の足がすくむ。
「なんで……ここに……」
掠れた声。
「玲花」
名前を呼ぶ声は、昔と同じ優しさを持っていた。
「帰ろう」
そっと手が差し伸べられる。
その瞬間。
ぐい、と玲花の腕が引かれた。
「触らないで」
低い声。
振り返ると、シオンが立っていた。
いつもの柔らかな笑顔はない。
代わりにあるのは、冷えた視線だけだった。
「……誰?」
静かな問い。
空気が、一瞬で張り詰める。
「……俺は」
元恋人がシオンを睨み返す。
「玲花の――」
最後まで言い切る前に、シオンが遮った。
「違うよ」
その声は驚くほど穏やかだった。
「“だった”でしょ?」
にこり、と笑う。
けれど、その目はまったく笑っていない。
「今は違う」
シオンは玲花の肩に手を置いた。
優しい手つき。
なのに、逃がさないような力。
「玲花は俺と一緒にいるから」
「……玲花」
元恋人の視線が向けられる。
揺れる瞳。
「本当に、それでいいのか」
その一言に、心臓が強く跳ねた。
「玲花、お前言ってたじゃん」
彼が一歩踏み出す。
「冤罪だって。全部、嘘だって」
息が詰まる。
「俺、信じてたよ」
震える声。
「最後まで、信じてた」
その言葉が胸に刺さる。
苦しい。
逃げたくなる。
「……やめて」
玲花は小さく呟いた。
「玲花」
シオンがそっと名前を呼ぶ。
「無理しなくていい」
優しい声。
逃げ場を与えてくれるようで。
同時に、逃げ場を塞ぐ声。
その言葉に、心が揺れる。
「玲花!」
元恋人が叫ぶ。
「こいつから離れろ!」
その瞬間。
シオンの目が変わった。
「……うるさいな」
ぽつりと零れた声。
今までで一番低い声だった。
空気が凍りつく。
「玲花が選ぶことだろ」
シオンは笑う。
優しいはずなのに、どこか歪んだ笑み。
「ね?」
視線が向けられる。
逃げられない。
選ばなければならない。
今、この場で。
「……私は」
玲花の声が震える。
元恋人の顔。
肩に置かれたシオンの手。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
それでも――
玲花はゆっくりと顔を上げた。
――第12話 終――




