一筋の光明―3―
「へ?」
「いない」
「いや、だから何すか…いないって…」
「………お嬢」
単語でぶつ切り気味に話すファングの話を、理解しようとするのは骨が折れる。
「あ~エリー様が居ないから、ここのギルドの評判なんて、知ったこっちゃないと?
ま~ほんっとにわかり易いっすね…」
呆れたように肩を竦めてから落としたソッドだったが、そっと周囲へ視線を流した。
「ま、わかんない訳じゃないっすけどね。
実際、もう結構経つのに、まだ空気が重いっす。特にギルドは……。
でもほら、人間食わなきゃ生きてけないんで、領民達は少しずつ前向きになってるじゃないっすか。いい加減、兄貴も前見て下さいよ」
ソッドの言葉に、ファングは更に酒を呷って返事に変える。
そしてダンッとテーブルを叩きつけた。
突然の行動に、ソッドがビクンと跳ね上がる。
「何でだ?
何で忘れられる?
な、んで…」
ソッドは唇を噛んだ。
結構経つとは言ったが、まだ1年も経っていない。
だが……これまでの事に感謝はしつつも、日々の生活の追われる人々が、いつまでも記憶に留めていられない事もわかる……わかってしまう。
頭では分かっていても、そんな人々が、ファングには薄情に思えるのだろう。
彼は忘れない。
ソッドは、それは断言出来る…と思った。
実際、本人やエリルシアから話を聞いた事はない。
しかし聞いた話では、ファングはエリルシアに救われたのだそうだ。
ファングの生まれを、ソッドは知らない。
少なくともウィスティリス領でないのは確からしい。
どこかの村が盗賊に襲われるか何かした様で、彼はその生き残りだったのだろうと言われている。
それから何があったのかはわからないが、命からがら逃げ伸びて、そして辿り着いたのがウィスティリス領。
浮民は、地方領になればなるほど、受け入れて貰えない。
総じて王都などより、地方領の方が貧しいからだ。
更に言うなら、当時のウィスティリス領は水不足が引き金となって、飢饉になりつつある時期だった。
なりたくてなった訳ではなく浮民に落ちてしまったファングは、最初…領民達に見つからない様に必死に隠れていたのだそうだ。
この辺りはデマンから聞いた事がある。
逃げて逃げて、けれど弱り切った子供が逃げ延びる事は難しく、程なしてく見つかってしまったと言う。
役人に渡すか、どうするか…領民達が話し合っていると、そこへエリルシアが現れた。
彼女は、そんなファングを受け入れ、最終的にデマンに預けた。
水不足で、飢饉に陥りつつあった領で、どこの馬の骨とも知れぬ子供を受け入れる余裕なんてない…と、かなりの反対にあったらしい。
しかし、それでもエリルシアは、まったく引かなかったと聞いた。
前当主である老夫妻も、エリルシアの意見に頷いたと言う。
それからのファングは、口では語らないが、ただエリルシアからの恩に報いる為に…と、領に溢れる魔物と戦い続け今に至る。
ちなみ『ファング』と言う名は、本名ではない。
と言うか、本人が本名を名乗らないのだ。
誰もが困っていた時、エリルシアが…。
『……そうね、
便宜的にも名前は必要だから、一旦何か呼び名だけでも……。
ぁ、じゃあ『ファング』ってどうかしら?』
これ以降、ファングはファングとなった。
恐らく、この先一生、親から貰った名を名乗る事はないだろう。
だからこそ、これほどに深く悲しんで、深く苦しんでいるのだ。
掛けようと思いつく言葉なんて、どれもこれも薄っぺらで、ソッドは黙り込むしか出来ない。
何度目かわからない溜息が漏れた時、ギルドカウンターの向こうから声が掛った。
「ファング、今ちょっと良いかい?」
一瞬ムッとするが、流石のファングもギルドカウンターのお局であるモナッタの声を無視は出来ない。
ファングは無言でのそりと立ち上がり、カウンターの方へ向かった。




