一筋の光明―2―
エリルシアの報が伝わり、領地は当たり前のように騒然となった。
領主邸を始めとして、領の上層部の誰もが沈黙する中、冒険者達はなんとかして皆を落ち着かせようと、東奔西走する日々を過ごしていた。
その甲斐あって、パニックにまで至る事はなく、領内は悲しみに暮れてはいたものの、徐々に落ち着きを取り戻していく。
何より、日々の暮らしに追われ、人々はいつまでも悲しみに囚われている事も出来ない。
ゆっくりと、だが確実に、エリルシアの名が人々の口に上らなくなっていく。
ファングも、結果としてあの結晶を見ずに済んだのは、幸いだったと言えるだろう。
もし目にしていたら、彼は感情のままに駆け寄って落命していたかもしれない。
だが、領に戻ってからの彼は、荒れた日々を送っている。
ランク上の依頼を強引に引き受けたり、自暴自棄になっているようにも見えて、ソッドが心配せずにいられる日なんてない程だ。
何より、最近は近寄っても一瞥されるだけで、声を聞く事もなくなって久しい。
元よりファングはあまり喋る方ではなく、喋ったとしても短い…下手をすると単語のみで、会話にもならないのだが、それでもこんな…一声も聞かない日が続けば、心配を通り越して不安になる
「あらぁ、ファング、一人ぃ~?」
何処かで見た事のある様な……小振りのナイフを装備した、長い栗色の髪が目を引く女性が声を掛けてきた。
その斜め後ろには、腰に瓶を複数ぶら下げた女性が、不安を滲ませた表情で付き従っている。
そんな女性二人に、ファングは視線の一つも向ける事無く、昼間っから酒を呷っていた。
ギルド内の一角に設けられた食事処だが、当然酒もある。
だが、冒険者達の殆どは其処ではなく、酒も肴も美味しいと評判の、近くにあるアナの酒場の方へ行ってしまうので、年中無休で閑古鳥が鳴いていた。
「こんな所で飲んでないで、女将の店で一杯やらない?」
栗毛の女性が、椅子に座ったファングの脇に近付き、しな垂れかかろうとするが、その前に無言で剣の切っ先が付きつけられた。
「ッ!!??」
女性二人は真っ青になっている。
それでも栗毛の方は気丈なのか、顔色は悪いままだが、ぎこちなく笑みを浮かべた。
「お、驚かさないで、よ。
……その、機嫌、悪いのね…。
あたしでよかったら……ねぇ、今夜、いっヒィィッ!!!!!」
言い終る前に、一旦下げられた切っ先が、今度は喉元に一瞬で伸びてきた。
生唾を呑み込む彼女の喉の薄皮が切れて、薄っすらと血が滲む。
黙って成り行きを見守っていたソッドだが、流石に立ち上がって女性達をその場から引き摺りだした。
呆然とした女性達をどこかに捨ててきたのか、一人戻って来たソッドが、溜息を吐きながら元の席…ファングの斜め前に座り直す。
「兄貴…今日はその辺に…」
「………」
「はぁ……スース、泣いてたっすよ?」
ジロリとファングが視線だけ動かし、ソッドを視界に入れた。
その目には微かな疑問が浮かんでいる。
「……なんだ?」
「ま、兄貴っすからねぇ…知ってましたけどねぇ。
さっきの女の子の名前っすよ。
つっか、兄貴だって何度か彼女達の面倒、見た事あったじゃないっすか…」
「……知らん」
「ほんっと…エリー様以外はどうでもいいんすねぇ。
いっそ清々しいっすよ。
でもまぁ、兄貴のファンも減ってくんじゃないっすか? 奴らのミスの後始末も、最近は放置っすもんね」
「………」
ソッドはちょっぴり上目遣いで、責めるような視線をファングに投げる。
「前はギルドの評判が落ちるからって、率先して尻拭いしてたっていうのに…」
「……いない」
返事があるとは思ってなかったのか、ソッドは鳩豆な表情で固まった。




