一筋の光明―1―
全ては遠い出来事だった。
大先輩のデマン、後輩のソッドも、川を渡って近づく事は許可されず、遠くから固唾を呑んで見守るしかなかった。
一陣の風が…しかも、かなり強い風が吹き抜ける。
誰もが無言で、遠くに見える人影を見つめていたが、突然、絶望を塗り込めた悲痛な叫びが空気を切り裂いた。
「な!?」
「ありゃ御領主様の声か…」
冷静に聞き分けているデマンにファングも同意だが、『誰が発したか』より『何故』の方が重要ではないだろうか?
それを口にすると、デマンはそっと目を伏せた。
「侯爵様があんな声を出すなんて……声の後に戦闘音は聞こえない…そこから考えれば…」
ファングもハッとした様に息を呑む。
ネデルミス側なのに、ネデルミスの者じゃなくウィスティリス侯爵の叫声……エリルシアに何かあったのだと、やっと考えが及ぶ。それと同時に身体が動いた。
「待ちな」
デマンがファングの腕を、きつく握り込んでいる。
「嬢ちゃんは……多分、何もかも知ってここまで来たんだろうね…。
あの責任感の強い嬢ちゃんが、何の意味もなく、こんな国境くんだりまで足をのばす理由なんて……さ…」
デマンは唇を噛み締めた。
その横でソッドは、訳が分からずおろおろするばかりだ。
ファングはデマンの言葉を、何とか理解しようとする、が……言葉は耳に入っても脳はそれを拒否し、そのままポロポロと零れ落ちた。
デマンに引き摺られるようにして、空き地に張ったテントに押し込められる。
恐らく宿の確保は難しいだろうと言う、デマンの判断だろうが、ファングにとってそんな事はどうでも良かった。
なんとかして状況を確認したい。
エリルシアが無事なのか……どうなったのか知りたい…それだけだが、テントに押し込まれた後、ファングはデマンによって昏倒させられた。
気付いた時にはソッドの背中で、マナウトは既に遠くなっていた。
「っ…」
「あ、兄貴、気が付いたんだ。心配したんすよ。
姉御ってば容赦なしなんすから…ほんとにもう」
「お前らに手加減なんかしてたら、こっちの身が幾つあったって足りゃしないだろうが」
振り返る事もなく、デマンは先頭を歩いている。
ファングは、まだ足元に少しばかり不安があるが、歩けない事はないだろうと、ソッドに合図をし、地面に降り立った。
そして無言で身を翻し、来た道を戻ろうとする。
「ちょ、兄貴!!」
そんなファングを、デマンが見逃してくれるはずもない。
すぐに腕を抑え込まれ、進む事は叶わなくなった。
「放せ」
「嫌だね。
放したら、お前はマナウトに戻るつもりだろうが、戻ったところでどうするってんだ? あ?
お前に出来る事があるとでも?」
カッと頭に血が上り、デマンを睨み付けようとして……ファングは勢いを失くし、言葉を呑み込む。
デマンの目は真っ赤だった。
「お前だけじゃないよ…なんで嬢ちゃんが、なんでって、叫びたいのはあたいだって同じなんだ。
けどよ……」
デマンは腕で目元をぐいと拭う。
「嬢ちゃんが愛し、大事にしてた領を、あの地を、放り出す訳にゃいかないんだ。
あたいら冒険者でも出来る事しないと、嬢ちゃんに顔向け出来ねぇだろうが…」
「………」
「嬢ちゃんは王子達が、御領主様達が何とかしてくれる。
そう信じて、あたいらは戻るんだよ。
そう遠からず、嬢ちゃんの事は領にも伝わる。
……大騒ぎになるだろうさ……あの領に暮らす者にとって、嬢ちゃんは宝だったからね」
そう言いながら、涙声になって行くデマンの力は、考えられない程弱々しくて、直ぐにも振りほどけそうなのに、ファングはそれが出来ないまま、一緒に俯くばかりだった。




