君の為に出来る事―2―
慌てて階段を駆け下りる。
「殿下……申し訳…ございません……」
レヴァンの声にラフィラスが顔を上げた。
その顔色は悪く、目の下のクマが酷くて、繊細な美貌が台無しになっている。
……尤も、ラフィラス本人はそんな事、全く頓着する事はないだろうが…。
「大丈夫?
まだ辛いようなら、もう少し休んでいると良い」
自分の方が病人のようなのに、それでもレヴァンを気遣う彼に、薄く笑うしか出来なかった。
「いえ、問題ありません。
それで…今は何を……?」
ラフィラスを始めとした彼等は、現在進行形で何をしているのだろう…と覗き込んだ。
テーブルの上には地図が広げられている。
そのテーブルを囲む様に座っているのは、マーセルにヨナスと言った先発の面々に、見知らぬ人物も散見出来た。
そんなレヴァンに答えたのは、マーセルだった。
「処分されていない使用済みの魔石について、近隣の領主や代官達に訊ねている所でなんですよ」
見知らぬ人物達は、どうやら近隣の領主や代官だったらしい。
しかし使用済み……つまりは『空の魔石』と言う事だろうが、『それについて』と言うのはどう言う事だろう……その疑問は表情に出てしまっていたようだ。
ラフィラスがポツリと呟く。
「彼女から齎された情報で、レヴァンは現在も検証していると言っていたよね?
空の魔石が魔物の発する瘴気を吸収するかもしれないと…。
もしかしたら、それが使えるかもしれないと思ったんだよ…」
ラフィラスは、一瞬泣きそうに顔を歪めてから、深呼吸をして再び口を開いた。
「エリ…エリルシア嬢は、瘴気を抑え込む為にあんな事をしたのだろう…だったら、瘴気を少しでも早く取り除けば……って…」
レヴァンはハッとした様に目を見開いた。
そしてラフィラスを凝視する。
「レヴァンが実験を進めていてくれたおかげだ…」
ラフィラスはそう言って頭を下げる。
だが、レヴァンの中では別の感情が湧きおこっていた。
―――違う
―――自分は悲しみに…絶望に沈んでいただけ…
―――もう諦めていた
―――どうにか出来る可能性を、模索しようとはしなかった…
―――未来ではなく現在に絶望していた
―――そして絶望に身を委ねていただけだ
あぁ…とレヴァンは呻いて、右手で顔半分を覆った。
敵う訳がなかった。
立ち塞がる壁を前にしてなお、現実を受け止め自らの足で立ち上がり、現状を変える方法を模索するラフィラスに、誠実に仕えるのだと決めたのは自分だった筈なのに……。
「ですが魔力を使い切った後の魔石なんて、邪魔になるだけですからねぇ…。
何処も早々に処理済みらしくて」
マーセルが溜息交じりに溢す。
「だけど……だからと言って、可能性をみすみす手放すつもりはないよ。
僕は…僕達はなんとしても彼女を取り戻すんだ」
レヴァンは俯いたまま、それでも微かに口角を上げた。
「……私がやりましょう」
レヴァンは顔を上げ、きっぱりと宣言する。
「以前に…魔石の残骸は集めている所だと言っていましたよね。
いくらかは、既に我が領にある実験施設に運び込んでいた筈です。まずはそれを此方に移送しましょう」
ラフィラスはレヴァンを見つめてから、苦しそうに目を伏せた。
「……頼んで…良いのだろうか…」
返事は一つしかない。
「当然でしょう。
私は貴方の側近です。
何より私自身、彼女を取り戻せるなら取り戻したい」
『例え自分が選ばれる事はなくても』…と言う言葉は呑み込んだ。
ラフィラスに向かって言う言葉ではないし、それ以上にエリルシアが幸せになれるなら、それで良いと思える。
「まずは自領へは使い出そうと思うので、魔馬の使用許可をお願いしたい。
後は数名、護衛を選出しても?
以前から打診していた各領地へ、私が直接交渉に行ってきます。
使者を出すよりは早く、そして確実でしょう」
そう、ラフィラスと、何よりエリルシアの為に出来る事をしよう。
レヴァンにとって、多分…最初で最後の恋心を捧げし相手であるエリルシアを、この世界に取り戻すのだ。
瘴気と言う害悪の好きにさせたくないし、させはしない。
レヴァンは呆気にとられるマーセル達に一礼し、今にも泣きそうに唇を噛み締めるラフィラスには、迷いのない頷きを一つ……そして未来へ進む為に動き出した。




