君の為に出来る事―1―
全てが夢か幻のように感じられて、酷く現実感がない。
吹き荒れた風はピタリと止んで、まるで何もなかったかのような錯覚に陥りそうになる。
陥りそうになる…と、まだ踏み止まる事が出来たのは、目の前にある大きな結晶のせい…。
その中には時間が停まったみたいに、動く事のない愛しい少女の姿があった。
初めて気になって、初めて手を伸ばして、初めて愛しいと思った存在。
何故、どうして…そんな言葉ばかりが脳内を駆け巡り、空回り続ける。
そして聞こえてきた侯爵の悲痛な叫び…。
それさえぼんやりと声の方を見遣るだけで、言葉そのものは鼓膜を素通りし、意味を持ったモノとして耳から脳に届かない。
レヴァン自身、自分が荒事や突発的な事に弱いのは自覚していた。
でなければ、今は勿論、エリルシアが空を舞う刃に貫かれた時も、ラフィラスを狙う賊を前にした時も、こんな無様を晒しはしなかっただろう。
そう…思うのに、身体はピクリとも動かなかった。
ガクガクと揺さぶられる。
やがて焦点が合い、目の前に青金を纏う自分が居た…いや、ラフィラスだ。
「レヴァン!
しっかりしてくれ!!」
「…………ぁ…」
更に揺さぶられて、レヴァンはやっと意識がはっきりとする。
「わ…たし、は…」
「レヴァン……」
「……殿下…」
意識は身体に戻ったのに、やっぱり現実感がない。
いや、違う……きっと認めたくないだけだ。
そう認識した途端、絶望感に囚われる。
―――彼女は死んだ…死んでしまった……
―――私をこの空虚な世界において、逝ってしまった…
―――もう出来る事なんてない
―――ある訳がない
―――あぁ、私はどうして生きているのだろう…
―――何故彼女が犠牲にならねばならなったのだろう…
―――例え私を見てくれずとも、彼女には生きて笑っていて欲しかった…
―――それなのに……
彼女が自分の方を向いてくれない事は、薄々気が付いていた。
多分、それは自分のせいもあっただろう。
レヴァンは、エリルシアを得ようと…彼女自身に手を伸ばすより先に、外堀を埋めようと無意識に小狡く立ち回っていた……その結果だ。
とても貴族的な…と言ってしまえばそれまでだが、相手が悪かった。
レヴァンと同じく、エリルシアに思いを寄せたラフィラス…。
彼はその想いを素直に、彼女に向けていた。
何処までも不器用で、だけど真っすぐにエリルシアだけを見つめるラフィラスは、レヴァンからはとても眩しく思えた。
自分と似た外見なのに、その内側は自分とは全く違う。
まるきり光と影だ。
いや…それも違うのかもしれない。
生まれてから影の中に置かれたのはラフィラスの方だ。
思い返せばレヴァンは守られていた。
確かに学校はとても居心地が悪かったし、嫌な事ばかりだったが…戻って見れば不器用な祖父も、静かな祖母も慈しんでくれた。
賑やかな母は、レヴァンを見るなり泣き出してしまい、苦しい程に抱き締められて、居場所はあったのだと思えた。
ケラック達使用人達も心を砕いてくれている事は、いつしか心に染み入って来て、戻った最初に感じていた孤独は、気付けば鳴りを潜めていた。
父とか言うウッカーに関しては、意見も感想も差し控えるが、それでも言えるだろう…。
レヴァンは、ラフィラスに比べればずっとマシだった。
気付けば……見覚えのない部屋でぼんやりと座り込んでいた。
あの場の誰かが、此処へ連れてきてくれたのだろう。
身体は重いが、ふらふらとレヴァンは立ち上がった。
エリルシアを失った…しかしレヴァンは貴族で、ラフィラスの側近だ。
いつまでもこうしている訳にはいかない…と、ようやく動こうと考える。
何の装飾もなく、安っぽい室内を見回してから扉に近付く。
恐らく庶民向けの宿か何かだろう。
ドアノブ一つとっても、粗末なものだ。
廊下に出ると、どうやら2階らしい。
吹き抜けになった階下を手摺越しに見下ろせば、幾つも雑多に並んだテーブルの一つに、ラフィラス達の姿が見えた。




