あの日から―2―
そして現在、無事ロズリンド領となる事が決まったこの地で、再び悲しい事故が起こる事のない様にと、急ピッチで結晶を囲う建物を建造中である。
とは言え一朝一夕で出来上がるモノではなく、警備兵を配置し、目隠し布も活用している状態だ。
建造に携わる職人達の安全の為にも、目隠し布等の使える物を使って、踏み入ってはいけない部分の境界を示す事は必要だった。
『また後で来るよ』と言って背を向けたラフィラスは、目隠し布の外へ出る。
出た途端、誰が置いたのか知らないが、簡素だが祭壇と呼べそうな台座が目に入る。その上や横には供物や花束が、山の様に積まれていた。
祭壇の前には住人か、それとも旅人か…知る由はないが、人々が地面に膝をついて祈りを捧げている。
黙して祈るその姿は静謐で、周囲の物音までも消し去ってしまったかのような錯覚を覚えた。
言葉が出ず、立ち尽くしてしまったラフィラスに近付いてきたのはヨナスだ。
「殿下」
ハッとしたように、振り返ったラフィラスを見て、ヨナスは首を傾けた。
「如何なさいました?」
「ぁ……ぃゃ…」
そこで言葉を切ったラフィラスは、祈る人々に顔を戻す。
それにつられるようにヨナスも人々を見て、悲し気に目を伏せた。
だが、ラフィラスに伝えなければならない事があったのを思い出し、ヨナスは再び彼へ向き直る。
「殿下、ザッタニフ公爵令嬢から、晩餐への御「断りを頼んでも良いだろうか?」招待が……ぁ、はい」
ヨナスに最後まで言わせる事なく、ラフィラスは一蹴した。
先んじてあったネデルミスとの会談に、ロズリンド王国に戻っていたベネティ・ザッタニフ公爵夫人も同席する事になり、彼女の娘と息子も、マナウトにやって来ている。
まだ夫人は離縁した訳ではないし、子供達もマグノリア家に養子となった訳ではない。
なのでラフィラスからすれば、彼等は等しく隣国ネデルミス人だった。
そんな彼等だったが、その中でヨラナ・ザッタニフ公爵令嬢は、何かにつけてラフィラスと接触しようとしている。
ラフィラスにとっては正直面倒でしかないし、何を望んでいるのかも不明で不気味で仕方ない。
何より、大事なエリルシアとの時間を邪魔される事で、嫌悪にまで至ってしまっている。
勿論、そんな感情を僅かにでも気取らせるヘマはしないが…。
ロズリンドとの縁を深めようとするのは、他国貴族としておかしな話ではない。だが、それならそれで、是非とも王都で頑張ってくれと言いたいのを、ラフィラスは飲み込んでいる状態だ。
「この地は確かにロズリンドへの割譲が決まっている。
しかし、まだネデルミスの民の出入りも多く、全てが完了した訳ではない。
まだ外交に割ける時間は、この地にも僕にもない。
ヨナスには面倒を掛けるが、丁重に断っておいて貰えるだろうか…」
「承知しました」
物言いも所作も、控えめで丁寧なものだったが、その声には有無を言わせないモノが含まれていて、返答は了承しかない。
側近であるレヴァンが居れば良かったのだが、彼は現在空の…魔力を失くした魔石の収集の為に不在なのだ。
それで騎士であるヨナスの負担が増えているのだが…今、不用意に新しく人を入れるのも警戒してしまう為、仕方ない。
ラフィラスもひっそりと溜息を零し、その場を離れようと足を踏み出した。
今日もやる事は多い。
領民の移動、それに伴って荷車の往来も多く、事故他への注意を怠る事は出来ない。
この後、エリルシアの傍にラフィラスが、ゆっくりと留まる事が出来る時間は多くないだろう。それでも食事を此処に運び込めば、その間だけでも近くに居る事は出来る。
今一度振り返って、自嘲するような笑みを浮かべた。
「……ごめん…。
鬱陶しいって思われるかもしれないね……それでも、少しでも傍に居たいんだ…」
呟きを残し、ラフィラスは今日の仕事を片付ける為に、その場から立ち去って行った。




