あの日から―1―
御希望に添えていれば良いのですが……まずは第一弾! ラフィラスです!
「…エリルシア嬢……エリ…おはよう」
ラフィラスは小さく言葉に出した。
彼の前に人が居る訳ではない。
いや、正確には黙する巨大な結晶の内部には少女の姿が透けて見える。時間も何も止まったように、ただ其処にあるだけではあったけれど。
あの日からそれなりに経った。
まだ決して落ち着いたとは言えないけれど…。
瘴気を封じた結晶の中で、エリルシアは首元のブローチを両手で包み込み、目を閉じて天を仰いでいる。
その美しい横顔は苦しそうで…今にも泣きそうに、ラフィラスには見えていた。
無意識に手を伸ばしそうになり、ハッとして手を下ろす。
エリルシアを封じ込めた結晶は透明で、形は六角中……巨大な水晶の結晶そのものと言う感じだ。
その大きな結晶を中心に、大きさが異なる小結晶が取り巻いている。
その結晶一つ一つに瘴気も封じられていて、結晶の先端部分は白く濁って見えていた。
時折、その先端の白い濁りが蠢いて、まぎれもなくそれが瘴気なのだと言う事を突きつけてくる。
最初の頃に比べると濁りは少し薄れた気がしなくもない。
ラフィラスは地面に敷き詰められた魔石を、一つ拾い上げた。
そろそろ空の魔石と入れ替えた方が良さそうだ。
あの日……。
…………………
…………
…… ………………………………
……………………
風が収まり、音も消え去った。
後に残ったのは紫色を纏う少女を封じ込んだ、透明で……けれど酷く不穏な白濁までも閉じ込めた大きな結晶。
まるでジオードに内包されたソレのように、エリルシアを封じた大きな結晶は大小さまざまな結晶に取り巻かれていた。
その光景に誰もが息を呑み、身動ぎ一つ出来なかった。
そして近付く事も……。
ラフィラス達の近くにまで及んでいる結晶は、どんなに小さくても頂点部分に白霧が蠢き、瘴気を取り込んでいるのは間違いなさそうに見える。
近付いて、もし踏み割ってしまったらその白霧は、彼女の命を懸けた拘束を簡単に振り切るだろう。
そしてそんな事をしてはならないという事も、誰もがわかっていた。
必死に耐えるラフィラスの後ろで慟哭が響く。
『ぁ、ぅ、ぅぁぁ…ああああああぁぁぁぁ!!! エリィ!! エリィィ!!!』
なりふり構わず娘に近付こうとするティルナスを、マーセルやヨナスが必死に押し留めた。
『放せ、放してくれ!!』
『ダメだ』
『ウィスティリス侯爵、落ち着いてください!』
『落ち着けだと…お前…あんな娘を見てどうやって落ち着けというんだ!!!』
………………
………
………………………
敷き詰められた魔石の上に片膝をつき、静かに双眸を閉じて祈る。
どうか目覚めてくれと…。
毎日の習慣と化した一連を終えると、ラフィラスは立ち上がった。
今、エリルシアの結晶は、周囲を目隠し布で囲われている。
それと言うのも、あの日以降、住人や旅人達が途切れる事無く祈りを捧げに訪れるからだ。
突然出現した少女を内包する大きな美しい結晶……それに伴って霧が消失した。
何も言わずとも、結晶のおかげだと…少女のおかげだと、誰もが思った結果である。
だが…それだけなら良かった。
しかし事故が起こってしまう。
その時点では、まだ結晶の出現した地はネデルミス領内であり、ラフィラス達は自国側への移動を余儀なくされた。
その為、詳細はわからないが、結晶に近付こうとした子供が、周囲の地面を覆う小さな結晶を踏み壊し、凝縮された瘴気を解放して死に至ってしまったのだそうだ。
痛ましい一件ではあったが、川向うで起こってしまった事に、ラフィラス達が出来る事はなかった。
その後の話し合いで、エリルシアの結晶が存在する地…ネデルミスの現モボク領…旧ヴィンデ領が、そのままロスリンドに割譲される事が決まった。
エリルシアの功績は勿論、ネデルミス側のやらかしの件もあった為、何よりラフィラスが絶対に…と望んだ結果だ。




