心に巣喰うモノ―9―
ヒルドの死の一報から、どのくらい経った頃だろう。
叫ぶ体力もなくなったのか、徐々にプルチェの声は小さくなり、今はぶつぶつと何かを呟くだけだ。
表情もない。
諦めたのか、それとも喉を傷めただけか、何もわからないが、もし喉を傷めていたとしても、もう医官が派遣されて来る事もない。
そんな必要がなくなったからだ。
硬質な靴音が近付いてくる。
冷たくゴツゴツとした石床に、プルチェは背を丸めて横たわっていた。
「罪人プルチェ、出ろ」
プルチェは動かない。
床に転がったまま何やら呟いているが、話しかけられている事に気付いていないのだろうか?
もしかすると、自分の事だと思っていないのかもしれない。
声の主が、彼自身の斜め後ろに控えていた兵士に頷く。
するとその兵士が進み出て、鉄格子の扉の鍵を開錠した。
そのまま扉をあけて中に入り、転がったままのプルチェの肩に手をかけて引っ張った。
引っ張られるままに、ごろりと身体を捻った彼女の顔は、幽鬼どころか死そのもののように、見る者を慄かせる。
そして乾いてひび割れた唇は、一時も止まる事なく何かを呟いていた。
「恐怖も何も感じられんか…」
声の主…身に着けた鎧から、騎士ではないが兵士の中でも指揮官クラスとわかる男が更に続ける。
「これでは刑罰にならんな。
本人にとっては良かったのだろうが…」
「アレがどう感じていようが、民衆が満足すれば問題はないのでは?」
答えたのはプルチェを引っ張った兵士だ。
「それもそうか。
よし、時間だ。引き摺り出せ」
「ハッ!」
王城に連れ戻された時と同じ、牢馬車に放り込まれた。
だが外装は外され、移動する鉄格子の檻――檻車となっている。
髪はボサボサで、骨と皮だけになった顔は、元の顔を思い出せないほど変わり果てている。
後に身代わりではないか…等と噂されるかもしれない。
今日処刑されるのは本人だが、それ以上に元凶を処刑したと言う事実が必要なのだ。
ガラガラと音を立てて車輪が回る。
王城の裏門から出た檻車は、大通りの方へ向かうよう御者が手綱を捌いた。
大通りの方は道沿いに兵士が並び、昏い目をした民衆達を道脇に押し留め、檻車の進行の邪魔にならないようにしている。
王家だけでなく貴族達も、今回の騒動は出来れば公表したくなかったと言うのが本音だろう。
しかし、ケメデの町で多くの兵や旅人があの一件を目撃している。
彼等の口に戸を立てる事は不可能だ。いや、兵士なら話す事を禁じる事は可能かもしれない。しかし旅人は無理だ。
その為、事実関係を公表するしかなかった。
今後の管理などを考えると、旧ヴィンデ領はロズリンドにお願いする他ない。ネデルミスに瘴気への対抗手段を持つ者は、もう一人としていないからだ。
何より、ロズリンド側からも要求されている。それも当然だろう。あの地にはロズリンドの侯爵令嬢が眠りについている。
領土の割譲と言う大事がまだ控えているのに、その原因を誤魔化す事は難しい。
プルガは自身の退位の発表も、同時に行った。
今日の処刑が終われば、速やかに王女ベスピネへ王位継承が行われる。
檻車が進む道の脇を埋め尽くす民衆達は、動く牢をじっと見つめる。
王女だった女。
かなりの問題児だった事は有名だ。
他国から来た留学生にも迷惑を掛けたと噂されている。
そしてとうとう隣国ロズリンドに多大な迷惑を掛け、賠償までしないといけなくなったと聞いた。
経済状況、食糧事情がゆっくりと悪くなっている事は、民衆達も肌で感じていた。しかしそれを緩やかにしてくれていたのがロズリンドだったと、今回知る事になり、民衆の憎しみは膨れ上がった。
あんなゴミを野放しにしていたプルガ王…間もなく前王となるだろうが、彼にも憎しみは募る。だが、これまでの暮らしを支えてくれていたのも、プルガ王だったと分かっている民衆の負の感情は、一気に元凶となったプルチェに向いた。




