心に巣喰うモノ―7―
―――そうだわぁ!
何か思いついたのか、パッと表情を明るくする。
鉄格子の方へ向かおうとして、立ち上がる事さえ出来ないと初めて気が付いた。臭いも酷い。
灰色の簡素なワンピースに着替えさせられていたが、こびり付いた悪臭まではどうにもならなかったようだ。
―――大きな声を出す事はまだ無理だわ
―――だって、痛みがマシになっただけだモン
―――まだ腫れてるし……
―――折角ベスピネを呼びつけようって思ったけど
―――こんな格好じゃ馬鹿にされるわ
―――お化粧だってしないと
床の上に置かれたままのパンと水が目に入る。
―――あんなの、あたくしの食事じゃないわ
―――パンは柔らかく、水じゃなくワイン
―――野菜は嫌いだから肉よ肉
―――固くない肉、パイもいいわね
―――最後はデザート
―――甘い…この季節なら
そんな夢想にうっとりと視線を投げていたが、現実にあるのは焦げた固いパンと水だけ。
プルチェは嫌そうにそれを見つめる。だが、思い付きを実行する為にも食べた方が良いかもしれないと、考えが揺らぎ始めた。
渋々…本当に渋々、パンに手を伸ばす。
折角起こした上体を、再び伏せて這うように伸ばすと、やっと指先が届いた。
転がりかけるパンを掴む為、届いた指先で空を何度も掻いては、その度に突き抜ける痛みで声が上がりそうになる。
内心、頬だけじゃなく全身の痛みをどうにかしてよ…と、誰に向けてかわからない不満を募らせた。
それでも何とか引き摺り寄せる事に成功し、まるで石ころのように固いパンを手に入れる。
手で千切ろうとしたが、指先に力が入らない。
諦めて齧り付いた。
固く、もそもそとして食べにくい。
でも何とか一欠片飲み込んだ後は、急に襲って来た空腹に、貪るように歯を突き立てた。
その姿はまるで…死肉に群がるハイエナのように見えた。
半分血の繋がったカプシャが、その首を差し出した頃、すっかりその存在を忘れていたプルチェは、今日も普段通りに鉄格子越しに大声を張り上げていた。
「誰ぞ、誰ぞある!!」
毎日の恒例になっているが、聞く者は一人もいない。
尤も、居たとしても鉄格子の向こう側は暗くて、プルチェからはよく見えなくなっていた。
だが図太いのかなんなのか、堪えた様子はなく何度も叫ぶ。
「あたくしが呼んでいるのよ!
早く化粧と着替えを!
あぁ、その前に湯あみが必要だわ!
早く!!
王女であるあたくしを待たせるなんて、鞭打ちにするわよ!!」
その声を、通路の暗がりの奥で聞かされる兵達は辟易していた。
「ったく…いつになったら刑は執行されるんだ?」
「ほんそれ!
煩くてかなわん。
食事は最低限の筈なのに、なんであんなに元気なんだよ……」
「なんだっけ…確かロズリンド王国に喧嘩を吹っ掛けたんだろ?
しかも王陛下を始めとした、王族皆様も知らない間に」
「でもさ、カプシャ王子は共犯だったんだろ?
ま、王やベスピネ様達は知らなかったみたいだけどさ」
「あぁ。
そのカプシャ王子は取り調べにも大人しく応じてたらしいぜ。そのおかげで王城内の裏で斬首で済んだんだとさ。
今更反省したって遅いってなもんだけど、それでも晒し者にならずに済んだのは、まぁよかったんじゃねぇの?
それに引き換え、あの女は取り調べも出来なかったって言うし」
「あの女に取り調べなんてしてたのか? 俺、見た事ないんだけど」
「罪人牢を自室かなんかと勘違いしてるような奴に、取り調べなんて…なぁ?
ま、あの女は市中引き回して晒し者にするつもりらしいから、時間がかかってんのかもな」
「しかし…あの女、マジで狂ってんな…。
罪人らしく大人しかったのなんて、最初だけだったじゃねぇか」
「でもまぁ拷問されてる訳じゃないしな。
自分は許されるとか思ってんのかねぇ…」
「うっわ…ありえねぇ。
今のネデルミスは、ロズリンドにそっぽ向かれたらどうにもならんだろ」
「食糧問題に、少し前は国境付近の問題もロズリンドに解決して貰ったって話だからな。
喧嘩吹っ掛けて良い相手じゃない。
だからこそ、手間取ってるのかもな……保障とか、さ」
今なお響き渡るプルチェの叫びに耳を塞ぎながら、飾り気のないテーブルを囲むように座る兵士達は、揃って溜息を吐いた。




