心に巣喰うモノ―1―
ダンッと床を踏み抜くような音が響き渡る。
その音にグースカピーと惰眠を貪っていたプルチェとカプシャは、不機嫌全開で目を開けた。
「もう…あたくしの睡眠を邪魔するなんて……ふぁぁ」
まだ眠そうに指で目元を擦るプルチェだが、起き上がる意思はないらしい。
その隣のソファで同じく昼寝を決め込んでいたカプシャの方は、ゆっくりと起き上がってソファに座り直した。
それから『ん~~~~』と、座ったまま身体を伸ばしている。
「うっせぇなぁ…ふはぁぁぁ」
悪態をつき、大きな欠伸をすると、首を左右に倒して気怠そうに首筋を揉んだ。
だが、次の瞬間……プルチェもカプシャも、欠伸に口を開いたまま情けなく固まった。
「この痴れ者どもが」
地を這うような重低音には聞き覚えがある。
「「!!??」」
固まっていた二人は、真っ青になり、身体が小刻みに震え始めた。
「……ぁ…」
「…………ッ!」
まるで油の切れた絡繰り人形のように、ガクガクとぎこちなく首を巡らせ……声の主を見て動きを止める。
「……お父…さ、ま……」
「う…嘘…だろ……なんでおやじ!?」
怯え、無意識に半歩下がるプルチェ。
カプシャの方は、必死に室内を見回し協力者の姿を探す。聳り立つかの如き父親プルガの隣に、影のように控える協力者の姿を見て、絶望の色を深めた。
「ぁ……ぁ、あぁ…」
呻くような声がしたかと思うと、突然プルチェとカプシャの身体が弾け飛び、大きな音を立てて床に転がった。
プルガが無言で二人を殴りつけたのだ。
2メートルはあろうかという身長を、鍛え上げた筋肉で支える巨躯を持つプルガの前では、プルチェは当然、もやしなカプシャもひとたまりもなく吹っ飛ばされ、床の上で痛みにのたうち、ウジ虫のように身を捩らせている。
「タッパー、縛り上げて馬車に放り込んでおけ」
「ハッ」
プルガは引き摺られて行く娘と息子の方を見る事もせず、忌々し気な舌打ちに言葉を続けた。
「あれらをどうすべきか…」
「御隠しになるおつもりで?」
プルチェとカプシャを引き摺って行ったタッパーとは反対側に控えていた男性が、うっそりと問う。
それに苦り切った顔で、プルガは溜息を吐いた。
「隠せるモノならそうしたいのは山々だがな。
王家から国賊を出したくはない…と言うのが本音なのは認めよう」
薄く笑った男性は、飄々と言う。
「ま、隠し果せるものではありますまい。
変に小細工などせず、まずはベスピネ様と話された方が良いと思いますが?」
笑い交じりに言う男性は、ネデルミスの外交の一端を担うゾネフ・パラシト伯爵。一見もやしのようにひょろ長く、頼りなく見えるが、プルガ王の幼馴染として小競り合いの現場でも常に共にあった人物だ。
その為、人目の少ない場所ではかなりはっきりと言う。
「ベスピネな……あれに詰め寄られると、白旗を上げるしかないのがなぁ…だが、それが良いのはわかっておる…わかってはおろのだが、逃げたい所だ……」
「ふは、ベスピネ様は容赦ありませんからな。
それはそれとして……流石に情がありますか…」
ゾネフの言葉にプルガは無言になった。
その表情は悩んだりしているのではなく、呆気にとられると表現するのは相応しい。
「情など何の役に立つ?
あれらの母親にしても、別に情がある訳ではない。単なる処理に過ぎんかったからな」
本気でそう思っているのだろう、しきりと首を傾げている。
「おやまぁ、随分と薄情な事を。
一応、側妃カネミン様は雑用メイド、愛妾ヒルド様は慰問の一座の踊り子、どちらも娼婦ではございませんよ?
それなのに情の一片もありませんか」
「お前とて、あの時の事は知っておろうが」
「それは…まぁ」
「…ティリエラ様が王位を譲られこの国を去り、国内は酷く不安定になった。
いやまぁ…その前から不穏ではあったがな…呆れる程あちこちで小競り合いが頻発し、常に一触即発……内乱に発展しなかったのが不思議なくらいであっただろうが。
現場は毎日緊張の連続で、全く……抜かねばやっておれなんだわ。
だが…一番の誤算は1度で孕んでしまった事だな…はぁ」
ゾネフは部屋の出入り口に目を向け、暫く眺めてからプルガに視線を戻す。
「避妊まで面倒がるからですよ…。
何にせよ、大掃除は必要でしょうな」
プルガは頷く。
「ベスピネ様に、お話は通してくださいますよう。
面倒がって済ませられる段階ではありません」
「む……わ、わかっているわ。
ロズリンドに掛けた迷惑を考えれば、あれらの処分だけでは到底足りん…その事も含めて話すつもりだ。
だが折角ここまで来たのだ。報告のあった国境の様子だけは見て戻るとしよう」
「仰せのままに」




