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107.

 黒ローブへわたしが出した回答を伝えました。あなた達の計画に協力する、という旨です。

「まったく……こんな簡単に事が進むなら、これまで骨を折ってきたのは何だったのか」

 クリフォアさんはわたしに感謝するどころか嘆息で相槌する程でした。もちろんわたしの保護者がその態度を是とするわけもありませんでしたが、わたしはむしろこの扱われ方が自分の身の丈に合っているように思いました。クリフォアさんの部下たちがわたし達三人を取り巻いて、しかし袋叩きにするのではなく、逃げを封じる牽制の距離で静観しました。

「では来てもらおうか」

 クリフォアさんがわたし達に背を向け、後に続くよう指示しました。が、

「その前に」

 ハーツさんが呼び止めます。

「一つ条件」

「何だ?」

「あんた等が言う実験とか検査とかまで……あと、実験中もできる限り。あたしとウォーレンはマリーの傍を絶対に離れない。何があっても」

「……」

 クリフォアさんはこちらをにらみます。

「貴様、クリフォア様に温情をかけてもらっている身で図々しいぞ」

「下っ端は黙んなさい。……あたし達だって、無警戒にあんた等を信用できるわけじゃない。これくらいは当然だと思うけど?」

 ハーツさんは、わたしを抱き寄せました。

「……少し考えれば当然分かるようなことだが」

 クリフォアさんは相も変わらず見下した態度で、

「我々には秘匿すべきアムシースの叡智がある。それはお前達の前でも勿論、軽々披露するわけにはいかない。よって多くの検査にお前達が立ち会うことは赦されることではない。これはいくら我々でも譲歩できない点だ」

 突き放すように言いました。しかし、

「だが、それ以外なら……大きく問題にはならない」

 そう言うと小さく苛立ちながらまたわたし達を背にして歩きました。了解の一言で済ませられない魔法を自分にかけているみたいです。それに、少しは問題を含んでいるような言葉の揺れ方でした。

「おい」

 クリフォアさんは黒ローブの一人に声を掛け、

「先に行って準備をしておけ」

 その腕に手を当ててそう指示を与えました。彼は一間を置いて了承しわたし達より先を駆けていきました。






 丘を下り、少し先に、陰に隠れた洞はありました。洞の中は入口に反してそこそこ広く、壁には大きな魔法陣。その周囲には水晶玉や液体の入った甕等の魔法道具が置かれ、作業の実体や意図は全く分かりませんがおそらく黒ローブたちなりに忙しそうな仕事を行っていました。既視感を辿ると、どこかの誰かさんの転移魔法陣が頭に浮かびます。クリフォアさんに気が付いた魔法使いたちは一同に礼をしました。

「これを用いて、転移(テレポート)により目的地まで移動する。お前達も一度、類似の魔法を利用したことがある以上、およそは理解があるだろう?」

 「目的地」に関しては歩きながらに説明がありました。あの街を灰で埋めた火山。その麓です。噴火前、かの火山はアムシースの信仰対象でもあり、かつ霊山の力を利用した魔法技術の先端研究が行われた場所でもあったと、クリフォアさんは言います。火山から距離のあったあの秘術の街とは異なり、熱や噴火を考慮した建造物も多かったようで、灰の海を何とか掻き出すと火山の横穴から過去となるはずだったアムシースの遺産を取り出すことも優にできたのだとか。加えてそのごく一部は今でも使えるものだったと。中に閉じ込められてしまった人間達も存在したそうですが、その結末は特に希望的に考える意味もないことでしょう。とにかく、アムシースの残党派が拠点とするには充分すぎる立地で、支部に遺されていた資料整理によりその存在を突き止め、他の敵対組織の介入をうまく妨害し、そうしてサルベージに成功して以降はその場所を活動の中心軸とした、という苦労語りをされました。クリフォアさんという、自認では等級の低い官僚が得られる程度の情報だと思えば、実は大したものは残されていなかったのだろうとは思いますが、それでも全てを失った彼等の寄る辺には最適だったわけです。自分がトップに立ってからの一番の功績と思っているようでかなり自信げに語っていました。

 結果として、わたしはわたしのこれまでの旅路を逆走どころか振り出しまで戻り、それはわたしのこれまでの旅路が蛇足でしかなかったことを示唆している気もしました。こんな長旅などせず、あの一番最初の瞬間に、棺の重い硝子を動かさずにいたら。わたしはもっと早くに自分に下されていた結論を知ることができたのかもしれません。『彼』の案内でたどり着いたカンランで、わたしの運命は再びあの街とあの呪われた灰の底に委ねられることになりました。きっとわたしは、これを喜ぶべきなのでしょう。自らの使命に還ることができるのですから。





 わたしたちは三人一緒に壁の魔法陣に向き合い、彼らに促されて手をかざしました。

「これでいいわけね?」

「そうだ。そのまま、手に意識を集中させていればいい」

「……変な事したらただじゃ済まさないから」

「魔術に関しては真摯でありかつ常に誠実で在る。それが我々の信仰であり矜持だ。お前達にそれを語っても無駄だとは思うが」

 わたしの左手はハーツさんとつないだままです。木杖は脇に挟みました。きっと、魔法の最中もずっと握りしめ続けてくれるはずです。それでも、初めて触れるものに対する言い寄れない怖さが背筋を伝い、わたしはウォーレンさんの顔を見ました。ウォーレンさんは、わたしの顔を見て、何か言いたそうにもしましたが、その一瞬がわたしに気まずさを思い出させて、むしろわたしの方から顔をそむけてしまいました。自分はどうなってもいいだとか散々考えたくせに、いざ少しでも不安のあるものを前にして臆病になってしまうのでは笑われてしまいます。でも誰に笑われるのでしょう。

 強い空気の揺れ、耳鳴り、眩暈。全身がぐにゃりと潰されるんじゃないかとも思える錯覚にわたしの不安が増長されようという時に、誰かが背中を優しく撫でてくださいました。

「大丈夫。君の傍にいる」

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