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106.

 屋敷の門の前で、オスカーさんとアングレカさんが送迎に立ち会ってくださいました。そして……

「ほんとにいいのね?」

「マリーちゃんと話した後もいっぱい考えたんだ。けど、中途半端な気持ちで付いていったらみんなに失礼なんじゃないかって思って……ごめんなさい」

「失礼なんてことはないけど……でもそれはそれとして、自分の願いを追いかけるのだって充分立派だってあたしは思うわ」

 アルカさんはやはり不安混じりですが、それでも幾分か踏ん切りをつけた顔で笑っていました。

「ウォーレンさんも、今までありがとう!」

「……君の行く先の幸せを祈っている」

 ウォーレンさんとわたしはまだ微妙な距離感です。わたしの方はあまり見ずに、アルカさんの肩に手を置いて、そう言いました。

「マリーちゃんも、また、絶対会おうね!余裕ができたらここに立ち寄ってくれたらうれしいし、手紙とか送ってくれたら、すぐ返事するよ!」

 もちろんです、と、わたしは歯切れよく言えたと思います。この別れがいつまでの別れになるのか、今のわたしには何となく分かったような気がしました。期待を強くする言葉を沢山並べるべきではないと思います。

「アルカ嬢のことはわしが責任をもって面倒を見よう。魔術の門戸を叩く未来ある若者として、わしから授けられるものは全て授ける。きっといつかお主等の耳にも、才覚に溢れた大魔術師の噂が届くことじゃろう」

 そう言って、自分の髭を撫でながら、その前にわしがくたばってしまわんようにせねばならんがな、と小言に加えました。

「じゃ、またいつか会いましょ」

「うん!絶対絶対、絶対ね!」

 大きく手を振るアルカさんにわたしも手を振り返して、そして、背を向けて、大きなお屋敷を後にしました。なるべく振り返らないように、小さな後悔も残らないように――




「マリーちゃん!」



 背後から駆け寄る足音。呼び留められて、わたしはどうしてもその声に応じるしかありませんでした。十歩かもう少しか歩いたはずなのに、アルカさんはわたしの後ろに立っていました。

 ここまで来ても、やっぱり一緒に行きたいと、そういうことでしょうか。

「僕は、一緒についていくことはできないのかもしれないけど……でも!」

 アルカさんは、自分の両手にある杖をわたしの顔の前に突き出します。

「この子、一緒に……マリーちゃんと一緒に連れて行ってあげてよ」

 金属装飾のついた木杖です。何度か持たせてもらったことがありました。わたしはその木杖を両手で受けました。

「マリーちゃん」

 アルカさんの目を見ます。

「ずっとずっと、僕は勇気をもらってきたから……そうやって、新しい扉を叩いて、これからも、マリーちゃんからもらった勇気に支えられながら、頑張っていくから……だから!」

 感情が、言葉を上ずらせていきます。

「マリーちゃんも、どんなに大変なことがあってもきっと……ううん、絶対!絶対大丈夫!僕、信じてるから!」









「マリーも、よかったの?」

 右手をつないだハーツさんにわたしは質問を受けます。よかったというのは、まるでこれが悪かったかのような言い草です。

「もちろんアルカにとってはこれも一つの生き方の選択だったんだろうけど、マリーも、アルカとは一緒にいたかったでしょ?」

 別れてからそれを言うのはずるいと思います。

「まあそうだけど……マリーってこういう時、自分の中に気持ちを抱え込んじゃうからさ。泣いて駄々こねたって良かったのよ」

 それだとアルカさんを困らせてしまうと思います。別れが心に靄を落とすことはあるかもしれませんが、わたしは……平気でした。

「……何度か言ったとは思うけど」

 ハーツさんはわたしを見つめて、

「つらかったら、ちゃんと言ってよね」

 わたしはこくりと頷きました。ただ、この約束は約束する意味があまりないようにも思いました。つらい気持ちや悲しい気持ちは少し自分の内側でとどめておけば、ゆっくり溶かして消すことができるからです。そもそも、人間じゃないというのもあります。人より感情の揺れには強い方だと思います。

「それから……」

 ハーツさんはわたしの左手側を見ます。この左手は増えた持ち物のために塞がっていますが、それより目立つと思われるのは、

「ウォーレンも、そろそろ意地になるのやめたらどうなの?アルカも多分最後まで心配しちゃっただろうし」

 わたしに目もあわせずに歩く黒色のコートの人物でした。

「意地にはなっていない。私はただマリーの意向に沿うだけだ」

「それが意地になってるって言ってんのよ」

 もちろん、今のこの関係はわたしにとって心地よいものではありませんでした。ウォーレンさんもそう思っているかどうかは分かりませんが、わたしとの口論にそれでも引き下がらないのはどうも珍しい気もしました。普段のウォーレンさんは、わたしの意をくみ取ってそれらをすべて肯定してくださっていたので。今のウォーレンさんは表面的にはわたしの気持ちに従うと言い続けていても、あの言葉……

「二度と同じことを言うな」

 あの言葉だけはどうしても撤回する気がないようでした。わたしという存在を蝶よ花よと愛でるあまり、度が過ぎているのかもしれません。命を懸けて守るほどの意味を持つ存在ではないという事実をどうしても認めたくないとか、そのようなところなのでしょう。わたしがそれを自分で口にすることすら気に障るというのですから。大切だと言われても、それでもわたしはヒト未満だというのに。……むしろ、それくらいに無価値だった自分を呪うべきなのかもしれません。つくづく、自分自身に嫌気が差しました。





 あの館から歩いて、太陽が緩やかに丘上の中天を亘る頃。わたし達は目的地に着き、約束通りに彼等はそこにいました。

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