105.
ある意味ではわたしの旅の次なる目的が決まったことになります。目指すところとしても表面上は前向きですし、あの街から始まった旅があの街に収束するのはかなり理に適っているとも思えました。黒ローブが来訪した明朝、わたしは自分の忘れ物がないか見直し、実際に指さし確認も実施しました。ただし、靴も服も忘れようがありませんから、確認するものは結局のところ最低限、この二冊の本くらいなものです。自分の衣服の中に抱え込んで、
「マリーちゃん、準備できた?」
アルカさんがひょいと顔を出してわたしに言います。わたしはうんと頷きます。準備といっても、ハーツさんやウォーレンさんの出発準備待ちの時間ですし、わたしにとってはただの心の準備時間です。アルカさんもアルカさんで準備らしい準備は無いためわたしと待ちぼうけでした。
「そっか。……えっと、さ」
すこし言いづらそうに、
「僕はさ、嫌だと思ったら嫌だって、言っていいと思ってるし、そうするべきなんだと思うよ。それこそ、怖い奴等に怖いことされそうなら……」
警戒はもっともです。アルカさんはあの怖い奴等に一度怖い目に遭わされているわけですから。でもそれなら、アルカさんも一緒についてくるのは少し危ないんじゃないですか。
「それは……そうかも。でも、もしそうだとしても、マリーちゃんが行きたいって言うのなら、僕もついて行きたいんだ」
何故ですか?
「もしマリーちゃんが危ない目に遭うかもしれないなら、その時に、役に立つかどうかはわからないけど、せめて傍に居てあげるべきだって思うから」
この人も、わたしなんかのために態々気を回してくださっています。長く旅を共にした友人として、捨て置けない感情を持ってくださっているのでしょう。それは……きっとわたしにとっては喜ばしいことだと思います。最初こそ、一緒にいたら面白いことに出会えそうだからという、それくらいの理由だったとは思いますが。
「あはは、確かに最初はそうだったかも。あの時はなんか勢いでついてきちゃったし」
アルカさんはあっけらかんと笑いました。最初そこ、色々切羽詰まって余裕も無さそうなこともありましたが、一緒に旅をしてみれば魔法がつくづく大好きな方だと思います。なら、
「……僕?」
ならアルカさんは、これから何がしたいですか?
「そうだなぁ……まあマリーちゃんの今の用事が済んでから……」
アルカさんの言葉を途中まで聞いて、更にわたしは先程自分に投げかけられた言葉を反芻しました。自分がどうなってもよいとそんなこと思わないで欲しい、その言葉です。確かに、わたしは自分の状況へ自暴自棄的になって皆さんからわたしへの想いを無下にするようなことを言ったかもしれません。しかし、それはアルカさんに置き換えても同じことのはずです。
「……え?」
アルカさんも、自分を優先しない人です。わたしのお守りよりももっとしたいことがあるはずです。
「いや、僕は……」
わたしは、黙って応接間の方に目を遣りました。頭の中にはオスカーさんの気持ちを過らせながら。アルカさんはわたしの意図することを理解してか、少し黙りました。
「……いや、僕はマリーちゃんと一緒に行くよ」
それならば今、アルカさんは反論調だった口を一瞬でも閉ざすべきでした。それができなかったのです。わたしにとってはそれだけでも十分な証拠に思えました。昨日だって、わたしがまだ眠っていた時間にオスカーさんの元にお呼ばれしていたとお聞きしました。
「それは……確かに魔法の話も少ししたけど、別件もあって……」
なら、オスカーさんに魔法の手解きを受けたいとは思わないのですか?
「……」
アルカさんはまた黙りました。わたしにはわたしの人生があるという言葉もありました。それなら、アルカさんにもアルカさんの人生があるのです。
「でもさ!」
珍しく、アルカさんは強い口調でした。
「でも、やっぱりマリーちゃんと一緒に居るべきだって、そう思うよ!」
何故ですか?
「言ったじゃん!大切な友達だから……マリーちゃんが大変な時は一緒に居たいよ!」
わたしは、その反論が反論になっていないと冷静な眼で訴えます。アルカさんはわたしが何を伝えようとしているかを汲み取って、
「その、僕自身のことを蔑ろにしてるってわけじゃなくって……だって、マリーちゃんのことは僕自身のことと同じくらい大切で……」
必死に、言葉の糸を切れさせないよう反駁を続け、けれど、わたしに生じた考えは否定するものはありませんでした。
「……マリーちゃんは、僕がいなくてもいいってこと……?」
わたしはこの言葉に対し首を横か、縦に振るべきだと思いました。けれど、首を横に振ることは優しさではなく、縦に振ることは友人ではないと思いました。答えること自体が誤りである質問です。
「……ごめん、今のは違うよね」
結局アルカさんが先に折れました。
「マリーちゃんはさ」
アルカさんは自分の杖の先を見つめていました。
「僕の背中を押してくれてるんだよね」
アルカさんは最初から、自分で自分の背中を押してきました。
「そんなことないよ。みんなに支えてもらってばっかりで……怖いことも尻込みちゃうこともいっぱいあったよ。カルタ姉さんやみんなといた時も、ベリルマリンの森で迷った時も、アムシースの人たちに襲われた時も……きっと、僕一人じゃどうしようもなかったことばっかりだった」
でも今のアルカさんなら、自分で自分の道を切り開いてゆけるんじゃないでしょうか。
「……」
わたしは、アルカさんにとって前向きなことだと思います。
「僕は……」
長く、長く杖の先を見つめた後に、大きく息を吐くように、アルカさんはゆっくりと頷きました。これがアルカさんのためなんだと、わたしはそう思って説得しました。わたしを想う気持ちがあるとしても、アルカさんの自分のこれからの生き方を大切にするためだと。




