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102.

 事情説明には時間を要しました。もちろんアングレカさんとアイコンタクトを取ってこの黒色の幹部をそのまま例の「応接間」へ連れて行くことも考えましたが、

「話を早くするために言っておくが、下級のエージェントならまだしもこの私を術封印(ロック)程度で引っ掛けられるとは思わないでくれよ」

 細かい意図はわからないにしてもこう忠告されました。譲歩だと傲慢な物言いながらに従順な態度を取っている以上、丁重に扱うのが最善の策だと判断しました。理由を話すとアングレカさんはかなり渋い顔をなさって、一度自らの主に取り次ぎ、後、意外にも了承が得られたとしてわたし達を館の中へ案内しました。わたしたちよりもいとも簡単にお屋敷の中に通されたというのに、この黒幹部はやれやれと、まるで無駄な時間を食ったように親指と人差し指をすり合わせていました。

「ウォーレン様、アルカ様にも状況はお伝えし、中でお待ちいただいております」

 本当に大丈夫なのですか?わたし達が言うことではありませんが、完全に厄介事のタネを持ち込むも同然です。もしも都合がよくない場合は拒否してもらった方が実のところ話が簡単になる可能性もあります。この黒色をうまく袋叩きにしてその辺に捨てて終わりです。

「旦那様の判断に私は従うまでです。勿論、それで危険が及ぶようであれば……」

 すっと手を振っただけのはずなのに、アングレカさんの手元には鋭利なナイフが握られています。表情すら変えませんでした。






「成程、確かに良い屋敷だ。立地も身を隠すのに適している。我々もあんな呪われた火山は見捨ててこの地に根付くのも良いかもしれないな」

 我が物顔に座る黒色のローブは、むしろ自分の尊大さを語るために敢えて姿勢を崩して座っているように思えました。そこまで背もたれに体重を任せるならば、いっそ靴もローテーブルに乗せてしまえばいいのです。そうすれば、適当な理由をつけてぼこぼこと叩いてやるところです。

「ふぉっふぉっふぉ。わしもこの村は気に入っておってのぉ。じゃが残念ながら非売品でな、金を積むことしか知らぬ上層部どもには手垢すら付けられぬというわけじゃ」

 向かい合って座るのはオスカーさんです。わたし達一行とアングレカさんはひとまず部屋の壁の近くで立っていることになりました。

「はっ、少なくとも脱走者などという臆病者の住処にされていることがこの館の一番の汚点だと確認できたさ。それで十分だ」

「ふぉふぉ。確かに、アムシースなぞという箱庭に籠もってばかりじゃった臆病者どもにはもったいない素晴らしい屋敷じゃ」

 この人たちは言葉の中に嫌味を含めなければ対話が為せないようで、トゲのひとつひとつが投げ交わされる毎に、アングレカさんが今か今かと合図を待つ大型犬のように手元のナイフに手をかけています。

「両人の私怨は後にしてもらおう。もっと別の話を持ちかけに来たと私は聞いている」

「……まあそうか」

 ウォーレンさんが場を一つ仕切って、それで黒色のローブは背もたれを使うのをやめました。

「元アムシース都市外特殊工作第二区域担当隊総指揮……現在は最高祭政官代理、クリフォアだ」

「オスカーじゃ。しがなく魔術師をやっておる脱走者じゃよ」

「御仁の事に関しては、逃亡者記録で確認したことがある。追跡に失敗し消息不明とされ、捜査隊も何度か組まれてはいたが……」

 クリフォアと名乗った幹部、もといお偉いらしい黒ローブはそこで少し呼吸を置いて、

「成程、元祭政官殿にはこの事も問い質す必要がありそうだ」

「やはりわしの脱走は彼奴の絵図の上じゃったか」

「こちらとしても祭政官殿の急所をこの目で見てしまった様で反応に困っている」

「どうするかの?ついでにわしのこともお縄にかけてみるかい?」

 ローテーブルを指でコツコツと叩いてのオスカー師の煽りにアングレカさんが益々の強い反応を見せます。と言っても、ぴくりと顔を上げた程度で表情も姿勢も綺麗なままですが。

「遺憾だが我々には今、それ程の余裕はない。勿論今後の展開によっては可能性はあるが、御仁はアムシースの掟に対してあくまで従順的であるようだし、看過、ということにしよう」

「いいのかのぉ?お前さんの上司は黙っとらんぞ?」

「オスカー師」

 ここぞと煽りを重ねるオスカーさんにウォーレンさんが一声をもって軌道修正にかかります。積年の感情もあることでしょうし、もとよりいたずらおじいさんな性格をしているというのもあります。

「今は私に全権限があるものでね。自分の椅子と嘗ての誇りが大好きな老人共が、墓場から何を言おうがもはや聞くに値しない」

 クリフォアさんはそれでもまるで意に介していないように手をひらひらさせました。さて、とひと言を含めて、

「交渉の前提として、まず我々の目的から話したい」

 そしてクリフォアさんは呼吸を置き、一気に真剣な眼に変わりました。

「我々の目的はアムシースの再興……灰の底のあの都市に眠った、技術、人材、資源、設備……それらすべてのサルベージだ」







「灰の降り注いだあの日、アムシースは壊滅的とも言える影響を受けた。当時私は工作隊として南方区域で萌芽の兆しのあった反体制勢力の内部分裂工作を行っていて、報せを受けたのはその六日後といったところだ。都市からの交信が途絶えた日から悪い予感はずっと続いていたがね。自分で言うのは少し屈辱的だが、都市での私の等級はさして高くはなかった。都市外で私以上の等級を持つエージェントが活動することも稀ではなかった。しかし、生き残ったアムシースの残党に連絡を取り、生存状況の整理を行った結果、偶々私が最高責任者になってしまった。全く、嫌な役を押し付けられたものだよ」

 クリフォアさんは机の上のカップを手に取り、中のお茶をひと口含みました。毒でも入れておけばよかったでしょうか。……いや、アングレカさんが考えていないわけもなさそうなのでおそらく入れないほうが良いという判断でしょう。

「君等もご存知の通り、等級が低いと共有される魔術知識も少ない。すると、これまで上層部に委譲していた魔術資源も今となってはただのゴミと化している。金回りも悪いとくれば残党構成員の維持も厳しくなる。その中で我々が臨む喫緊の課題がアムシースに眠った技術・魔法・人的資源の回収というわけだ」

「じゃが、そんな大規模な都市の復元なぞ、魔術だけでなし得ることか?魔法は万能ではない。必ず限界がある。お主もそれくらいは理解しておろう」

 いつかどこかで聞いたような言葉でした。どこだったでしょうか。

「もちろん。だから、あれだ」

 クリフォアさんはわたしを指さしました。

「あれを使おうって話だ」

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