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101.

 小さな村でもゆっくりと家々を見て回るだけには少しは時間のかかる場所です。お屋敷の高い塀の装飾に比べれば意匠はありませんが、むしろ素朴で純粋で、却ってその方が芸術的であると、齢の少ないわたしの審美性が解釈します。

「全然知らなかったけど、静かでいい村ね」

 喧噪もなく、人酔いしてしまう虞もないことは間違いなく利点と言えるでしょう。いつしかこんな風にハーツさんと二人きりで居たこともありました。その時はどこそこの村の隅でウォーレンさんを待っていたでしょうか。あの時は喋っていてももっとよそよそしかったかもしれません。出会って間もない頃でしたし。

「……マリー」

 しかし、今のわたしも負けず劣らずのよそよそしさです。きっと、わたしが眠っている間にウォーレンさんから悪夢のことも聞いていることでしょう。起きている間にまで引きずってしまっては悪夢などではなくただの苦痛です。……ハーツさんはどう思っているでしょうか。できるならご迷惑はかけたくないです。わたしを散歩に連れ出したのだって、きっと気遣いの一欠片でしょう。

「……あたしね」

 ハーツさんは、歩みを止めます。

「マリーの今の気持ちって、多分簡単に割り切れないものなんだと思うの」

 振り返ってわたしの手を取って、

「あたしがそうだったし。大事な人を亡くしたことをずっと引きずって、忘れ去った後も頭の奥にこびりついていて……今ももしかしたら、完全に踏ん切りをつけられたわけじゃないのかもしれないし」

 真っ直ぐ見つめられると、わたしはその視線を避ける手立てがありませんでした。

「けど、マリーが一緒に居てくれて、四人で旅をして、それで前向きになれたって思うの。だから……」

 ハーツさんは優しく笑って、

「あたしも、マリーの傍にいるよ。何があっても絶対」

 心強い言葉をもらっているのは重々承知ですが、それもそれで私には重圧です。

「だーいじょうぶ。案外時間が解決してくれるもんよ」

 その言い草は先輩風を吹かれたようでむしろズルさを覚えます。ハーツさんはわたしが頬を膨らませたのを見てか、大人になったら分かるもんなのよ、なんて軽口に付け足しました。どうして大人はこうもズルいのでしょうか。






「成程、確かに本物らしいな」

 近寄る足音が背後から。どうやら音の主は背後から会話の邪魔をするクセがある様子で、わたしが振り返ってその人を認めてこれが二度目の同様な遭遇であることを理解しました。黒色のローブ。金鎖を巻いた腕と胸元へとぶら下がった濃紫の宝石。ハーツさんは左手だけでわたしを人陰へ誘導し、わたしはその通りにハーツさんの服の裾を掴みます。

「おや、挨拶からの方が良かったようだね。そんな顔で睨まれては――」

「こっちは仲良くする気は更々ないんだけど」

 わたしは忘れないうちに妨害の魔法を自分の周囲にかけます。お相手にはバレているでしょうしただ気休めにしか働かないかもしれませんがそれでもこの警戒行動は至極当然だと思います。

 会うのはベリルマリンの一件以来で、少し時間は経っているかもしれませんがそれでもあんなことがあった割には音沙汰がなかったというのも事実です。ハーツさんは人物としては初対面だと思いますが、特徴的なローブ姿で見分けられないはずもないでしょう。

「何のつもり?」

「何の、とはどういう意味かな」

「とぼけられるとでも思ってんの?それとも、今更ごめんなさいとでも言いに来たわけ?」

「まさか」

 澄ました顔で居られる分だけ不気味です。わたしを必死に追いかけているとのことですから、もっと血眼になったり、感情を露わにすればいいのに。これだから大人というのは。

「まあ何を言っても警戒することだろうが、ここには私一人だ。加えてそこのそれに関して、強硬策ではなく対話を君達に申し出たいと思ってね」

「……ふん、どうだかね」

 ハーツさんの感想も尤もで、というよりむしろ目の前のこの黒ローブは、その恰好以上にあまりにも語り草が怪しく信用するには相当な心理的抵抗があります。

「強気で居る様だが、これも譲歩の一環なんだぞ?どんな有名人でも魔法抵抗もない素人ごときは私一人ですら余裕だ」

「……それ、あたしが知らないと思ってんの?」

「確かに愚問か。全く……感情だけで動く人間はこれだから」

 ハーツさんは腰元に手を当て、構え。十四歩ほど先に立つ相手を睨みます。

「だが、こちらも歩み寄りという選択を取るくらいには少し余裕がなくてね。アムシースの老害共が生きていれば、弱みを見せるなど言語道断と処罰を下されるかもしれないが、背に腹は代えられないんだ」

 歩み寄りも譲歩も上位に立つ者が使う言葉です。わたし達がそれで気を好くして感謝するとでも思っているのでしょうか。甚だ不快です。アムシースの魔法使いは碌な人がいません。

「第一、誘拐犯でもあり一度はあんたの部下に蹴りを入れられたりもしてるんだけど。結構経ったからって忘れてないわよ。バカな部下とバカな自分を免じて誠意の一つでも見せたらどうなの」

「そちらの言い分もあるだろうが、こちらにもこちらなりの事情というものがあってね。特にそこのそれの価値を、君等はもう教えてもらったんだろう?」

「……」

「肯定、成程」

 一人でコロコロと話題を進めていくのは良くないクセだと思いますよ。心象を損なうというものです。わたしが虎の威を借りて忠言すると、黒色のローブはふっと息を吐いてわたしを強く睨み付けました。どうもわたしから雑言を噛まされるのはハーツさんとは不愉快さの程度が大きく異なるようです。その視線から逃げてわたしはますますハーツさんの陰に身を隠します。

「……まあいい。そもそもこんな場所で話すというのもどうかと思わないかい。ほら、あの大きな屋敷なんてどうだ。老いた魔法使いの一人も住んでいそうだし、君達もあそこなら少しは安心できるのだろう?」

 つくづくまで嫌味らしい言い方で、黒ローブは言いました。魔法ばかりに心を傾けると人間はひねくれてしまうのでしょうか。症例を二件も見てしまっては、わたしはそのような仮説を立てずにはいられません。

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