第九十話 勝因
――来る!
棍棒を盾に、がっちりと防御を固める。その一秒後、凄まじい衝撃が襲ってくる。瞬間、少しだけ足を浮かせると、激しく後方へ吹っ飛ばされる。何度も繰り返してきたおかげで、ようやく受け身を取るタイミングが掴みかけてきた。だからといってノーダメージになるとか、もちろんそんな都合のいいことは起きないけど。
これも師匠の修行で身に付けた技術だ。強すぎる衝撃には対抗しない。衝撃の方向やタイミングを見極めて、体を預ける。あの鬼の打撃は一発一発が重すぎる。下手にその場に踏みとどまって受け切ろうとすれば、両腕にも足腰にも甚大なダメージを負うだろう。
自分から後ろに飛んでダメージを減らす、という漫画ではおなじみのバトル表現があるけど、それと似たようなことを実行できている自分自身に驚いている。つくづく修行の恩恵のでかさに気付かされる。
「ず、ずいぶん、がん、がんじょうだな。に、にんげんのくせに」
一瞬誰の声かわからなかった。おどろおどろしくて、重厚感のある声。
「びっくりした。喋れるんだな」
その声を発したのは他ならぬ赤鬼だった。
「い、いいこんぼう、だ。お、おにの、ぶきつかう、に、にんげん、は、はじめて」
鬼はたどたどしく話すと、鋭く尖った指で黒縄の棍棒を指した。
「お、おれが、かったら。そ、それ、もらう、ぞ」
「勝てたら、な。俺がお前に勝ったら、お前は何くれる?」
赤鬼は何かを思案するようにゆっくりと顔を左右に向け、やがて正面に戻した。
「か、か、かんがえる」
意外な反応に思わず口が綻んだ。どうせお前じゃ俺には勝てない的なことを言うと思っていたのに。
「へへ。楽しみが増えた」
「こ、こ、こい」
「ああ」とも「おお」とも取れない声を発すると同時に、俺は飛び出した。
棍棒を両手で強く握り締める。
ぬっ、と俺を出迎えるように鬼の巨拳が接近する。
「うおおおおお!!」
勢い任せのフルスイングが鬼の拳に激突する――直後、手から腕へ、腕から肩へ鉛のような重い衝撃がビリビリと伝わる。崩れかけた体勢をすぐさま立て直し、次の一打を見舞う。鬼も俺の攻撃に合わせるように拳を繰り出してきた。
――打ち合いだ。
手数勝負なら片手持ちの一本打法に分があるけど、今回のように相手のパワーの方が遥かに大きい場合は、一本打法だと押し負けて一気に攻撃を叩きこまれる危険がある。そんな相手には強振打法しかない。それに、この鬼は防御力も半端じゃない。一本打法だとわずかにしかダメージを与えられない。両手で振り抜くパワー重視の強振打法ならダメージが通るけど、連続攻撃には向いていないという欠点がある。
強振は防御も回避も鑑みず、一撃一撃に全力を込める。そんな代物を連続で打てば打撃としての精度は落ちていくし、何より体力があっという間に底をつく。下手をすれば腕や肩が使い物にならなくなる可能性も大いにある。
だけど、師匠はこうも言った。
「死ぬよりはマシだろう」
そりゃそうだ、とすんなり納得したのを覚えている。
そして、全力の滅多打ちにやたらと仰々しい技名を付けた。
やらなきゃ負けるとわかってるなら、やるしかないよな。
衝撃音と共に突風が舞う。イッチと鬼、棍棒と拳が打ち合うごとに強い衝撃の余波がこちらに届いてくる。体重の軽いおれは少しでも気を抜くと吹っ飛ばされそうだ。
「――ぐっ!」
イッチがよろめき、体勢を崩しかける。
「うお、やばっ!」
鬼の攻撃を受け損なったのか、イッチの持っていた棍棒が弾かれ、こちらへ飛んでくる。
「――うわっ」
あやうく棍棒に激突するところだった。
「イッチ!おい!」
おれは棍棒の転がった方向を指差す。
おおう、とイッチが間抜けな声を上げながら慌ててこちらへ駆け寄ってくる。その背後の鬼は、大きく息を吸い込んでいる。
これは魔力か?エネルギーが急激に高まっていく。
「おい、なんかやばいの来るぞ!」
「ああ!」
イッチが棍棒を拾い上げ、身構えたが、
「あ、無理だこれ。デンも逃げろ!」と慌てて逃走したので、おれも反対方向に身を翻した。
その次の瞬間、鬼は炎の塊を吐き出し、おれとイッチの間に大きな火柱を上げた。
「うわわわ、背中が熱い!!」
ごろごろと転がるイッチに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「なんとかな。あっぶねえ、あやうく燃えるところだ」
イッチは背中をさすりながらよろよろと立ち上がった。
「さすがに炎は防げねえ。あんにゃろ、俺の技を警戒してやがんな」
「警戒?どういうことだ」
「あいつを倒せそうな大技があるんだよ。それを出そうとした途端、戦い方を変えてきやがった。たぶん本能的に嫌な気配を感じたんだろうな。くそっ、どうにかあの炎をかいくぐってあいつに近付かないと……」
「炎を防ぐ方法か」
自分でそう言った瞬間に答えが舞い降りてきた。
「ある。あるある、あるぞ!」
非情な手段だが、この際やむを得まい。
「どんな攻撃も効かない最強の盾がある」
おれはジーニャの方を見て言った。
「……んん?」
ジーニャは細い目をかすかに見開いた。
「え……もしかして、あのバリアを、あの女を盾にしろってこと?」
おれは黙って頷く。
「おい、そりゃいくらなんでも――」
「また来るぞっ!」
おれとイッチは再びその場から離れた。二本目の火柱が上がる。
「すまん。いや、ほんと申し訳ない。一回だけ。一回だけ頼む」
ほんの少々髪の毛を焦がしたイッチが、ぺこぺこしながらジーニャのバリアをつつく。
「あいてっ。バリアには直接触れないな。仕方ない。打つか」
「は、はい?」
言っている意味がわからないといった様子のジーニャだったが、イッチが棍棒を構えるとみるみるうちに青ざめた。
「そんなことしても私のバリアは破れないよ」
「うん。だから安心して打てるんだ。念のため言うけど、絶対にバリアを解くなよ」
「無駄な脅しだよ。わかってるんだよ?バリアを解除させて、私を直接叩くつもりでしょ」
「え?そんな回りくどいことしないよ」
「だって、それ以外に私たちを倒す方法はないもの。よくやり合っているけど、君じゃオーガには――」
「勝つよ。俺がきっちり鬼退治をしたところでこの試合は終了だ」
ふうー、とイッチが長く息を吐いた。
「イッチ、あと五秒で次の炎が来るぞ」
「オッケェ。せぇーのっ」
「ちょっと、うそでしょ。そんな方法で本当に――」
ジーニャは言い終わらないうちに、イッチのスイングによってバリアごと吹っ飛んでいった。
イッチはジーニャを追うように走り出し、おれもまた負けじと疾走する。
そして、鬼は三度炎を吐き出す。
その炎はジーニャのバリアを飲み込んだかと思うと、バリアに接した部分の炎が霧散し、バリアを避けるように炎が二股に裂けた。
鬼は、そのバリアを掴むと、こちらへ投げ返してきた。自分を呼び出した主人の安否などお構いなしだ。
「くっ!ごめん、ジーニャ!」
イッチがバリアを打ち返すと、鬼はそれをキャッチしようと手を前に出した。おれはその赤く太い腕にしがみつき、溜めていた魔力を放出する。
「くらえ!」
鬼の身体に電撃が走るが、それもほんの数秒だった。
鬼は逆の手でおれの頭を掴むと、そのまま地面に叩きつけた。その直前、残りの魔力をすべて防御に回したのに、すぐには立ち上がれそうもないダメージ。
「サンキュー、デン。その数秒が欲しかったんだ――強振打法・修羅牡丹」
イッチと鬼の一撃が、ジーニャのバリア越しに衝突した。
二人の攻撃に挟まれたジーニャが目を丸くする。確かにバリアそのものにはヒビ一つ入っていないようだった。
その一撃が合図であったかのように、イッチと鬼の猛打が何度も交錯した。
後から聞いた話では、その打ち合いが続いたのは時間にして約一分間。
「――まいった!私の負け!」
何十回もの打ち合いに挟まれたジーニャのバリアは、虫食いのようにボロボロになっていた。
「もー無理。ギブアップ。ごめん、オーガ」
試合の終了が告げられると同時に、イッチと鬼はその場に倒れ込んだ。
「おい、生きてるか」
おれが声をかけると、イッチは寝たまま拳を突き上げた。
「デン……気のせいかもしれないがよ……、さっき、マーブルの声が聞こえた気がした」
「何?」
「幻聴かな……。デンの声は、はっきり聞こえたんだけど……」
「マーブルはなんて言ってたんだ?」
「が、がんばれイッチ……って」
ふん、と思わず鼻を鳴らした。
「だったら気のせいじゃねえよ。おれも聞こえた気がした」
イッチはもう片方の拳も突き上げた。




